32話 「音の海で溺れながら」


「さて……ここからが本番だ。」


録音を終えて帰った4人を尻目に、俺は一人スタジオに残った。

机の上にはコーヒー、ヘッドホン、PC、そして無限に積み上がる“トラック”。


“ボーカルテイク_拳王_12”

“ボーカルテイク_青藍_修正版_最終_本当の最終”

“ボーカルテイク_ルリ_3_mix済っぽい”

“ボーカルテイク_ミラ_テンション高すぎver”


「……ファイル名の時点でカオスなんだよ。」


溜息をつきながら、ひとつずつ波形を並べていく。

まるでパズル。しかもピース全部が微妙に形違うやつ。


再生ボタンを押す。


♪「これ〜か〜ら〜の〜に〜ち〜じょ〜〜〜♪」


「ルリ息多すぎ!」


波形がスカスカ。息の塊がデカい。

コンプレッサーをかけても、息の方が勝ってる。

“息に芯がある”ってどういう現象だ。


次、拳王。


♪「おらぁぁぁぁ!!」


「まだ叫んでんのかお前はぁぁぁ!」


波形、真っ赤。

波形っていうかもう火山。ピーク超えすぎてクリップしてる。


快晴。


♪「これから〜の〜♪(ビブラート×∞)」


「ビブラート、止まれぇぇぇ!!」


音が蛇のようにうねってる。

もはやホラー。AutoTuneが泣いてる。


そしてミラ。


♪「ら〜♪(楽しそう)」


「歌詞ぃぃぃぃ!!!!」


モニター前で頭を抱える。

4人分のボーカル、どれも個性が強すぎて混ざらない。

まるで性格そのまんま。


「……これ、合うわけねぇよな」


仕方ない。EQで整え、リバーブをかけ、ノイズを消す。

ハモリを重ね、定位を調整。


一瞬だけ、音が“曲”になる瞬間が来た。


「……お?」


その刹那、ミラの“ら〜♪”が全部を破壊した。


「お前ぇぇぇぇぇぇ!!!」


拳を握りしめながら、俺は思った。

音楽って……人間の耐久テストだな。


数時間後。


「……ふぅ」


夜中の2時。

目の下のクマが深くなり、PCファンの音が脳に染みる。


再生。


♪「僕らの〜これからの日常を〜♪」


あれだけバラバラだった声が、

今はちゃんと“ひとつ”の音楽になっていた。


……多分、俺が限界ギリギリで精神を削ったおかげだ。


保存ボタンを押して、立ち上がる。


「できた……!」


その瞬間、Discordの通知音。


【拳王】


なあ月見、明日ミックス確認いける?


【ルリ】


ルリも聞きた〜い!


【快晴】


わたくしも修正箇所、メモしておきますね


【ミラ】


あたしの“ら〜”もうちょい目立たせてほしい!


「………………やっぱり地獄は終わらねぇな」

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