第15話 森の声、それは季節の道しるべ
「さあ、ユウ。正しい季節の順序を進むのよ。耳をすませて」
イロハモミジは目を閉じた。
ぼくも深く息を吸い込み、森の静けさの中に意識を集中させた。
風が吹く音、葉が擦れる音、そして、何か微かな囁きが聞こえてくるような気がした。
それは、樹木たちの声・・・?
「雑・・・ざつ・・・自分は、ざつぃ・・・」
「エノキさん!シーーーーっ」
まだ凹んでいたエノキに、イロハモミジは注意した。
「うぅ、すまないっす」
「ユウ、心を開いて、森の声を感じてみるのよ」
ぼくは目を閉じ、心の奥底で、木々とつながろうとした。
すると、温かい日差しの感覚が肌に触れ、風が優しく頬を撫でた。
遠くから川のせせらぎが響いてくる。
季節・・・これが、季節というものなのか?
「あぁ、なんて心地よいんだ・・・」
「そう、その調子」
ぼくはその感覚に身を委ね、樹木たちが伝える「季節の順序」を感じ取ろうとした。
「天に逆らわず、天に順う。それすなわち季節なり」
「我らは順う不動のものなり。天の摂理。春は芽吹き。夏は成長。秋は豊穣。そして冬の静寂・・・」
「春の訪れ、それは強かな風とともに。夏の訪れ、それは大雨とともに。秋の訪れ、それは大風とともに。冬の訪れ、それは乾いた風とともに」
樹木たちのイメージが、ぼくの心に自然と流れ込んできた。
これが、季節の順序ってやつか。
「行けるわね?」
イロハモミジが確認するように声をかけた。
ぼくはゆっくりと頷いた。
「オーケー」
「私とエノキさんも一緒に行きますが、一緒にいるけれど、別々なのです。私たち一人ひとりの中に流れる時間は、同じようでちがうから。時空を飛び越えるのも、同じタイミングでもバラバラなのです。ユウ、自分を信じていくのです。あなたならできるわ。さぁ、エノキさん、シャンとして!大精霊アカガシ様の御前に出ますよ」
「はっ!」
うなだれていたエノキも正気を取り戻したようだ。
「では、行きましょう。そしてまた、あとで会いましょう。季節の谷の向こう側で」
ふわーん。
ふわーん。
すぐそばにいたはずのエノキさんとイロハ先生の姿が消えた。
「樹木の声を聞け、か」
ぼくは、目を閉じた。
目を閉じたはずなのに、目を開けているときよりもはっきりと見える。
切り株の鍵から伸びる、光の道が。
樹木たちの声に耳を傾けながら、慎重にその道を進んでいこう。
「新たな命が芽吹く時、希望がすべてを包み込む。若い力が世界に光をもたらし、未来へと進むのだよ。焦らず、ゆっくりと、まずは根を深く張ることだ」
暖かさを感じる。土の中で何かがうごめく音。これが春。春の香り。
「日差しが強く、成長の時が来る。だが、あまりにも急ぎすぎると、自分を見失ってしまうこともある。熱さに惑わされず、心を落ち着けて、己を知るのだ」
暑い。ジリジリする。火の中にいるみたいだ。でも大丈夫だ。緑の色。深緑。木陰。風。夏の色。
「実りの季節だが、収穫の喜びを分かち合うことが大切だ。自分のためだけでなく、他者のために働くことで、真の豊かさが得られる。収穫の時には感謝を忘れずに」
涼しさ。実り。あれは、森のおやつか。おじいちゃんが昔食べさせてくれた。いや、違う。でも、食べたことないのに、おいしそう。たわわに実った木がしなる。
「すべてが静まり返り、眠りの時が訪れる。だが、静けさの中にも力がある。冷たさに負けず、内なる炎を守ることだ。この静寂が次の春を呼ぶのだから」
音がない。ただ、冷たい。寒い。動きが止まる世界。白い。
ぼくは、樹木たちの声に導かれながら、
正しい季節の順序を感じながら進んだ。
いや、季節がぼくを選んでやってくるようにも感じる。
ぼくは進んでいるようで、ただ立っているだけ。
季節が勝手にめぐってきて、ぼくはそれを受け入れる。
流れに身を任せる。
漂う。
季節。
四季。
季節と季節の間には、明確な境界があるわけではないんだな。
でも、春と夏、夏と秋、秋と冬、そして冬と春の間には、
それぞれれ結び目があって、
延々と繰り返されている。
そして、ただ心地よいだけではなくて、
その場に立っているだけでも厳しい瞬間がある。
こんなのはじめてだ。
暑い。こんなにも汗をかくものなのか。
寒い。なぜかわからないけれど、吐く息が白い。
西京では、決して感じることのなかったこと。
暑くもなく、寒くもなく・・・
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