【旧作】親善試合で負かしたお姫様が婚約者になった件について

天宮終夜

第一巻

第一巻「序章」









 ――じゃあ君は……何のために刀を振るうの?








 この一年。

 ずっと頭から離れなかった元主と最後に交わした言葉。

 俺――風見かざみ隼人はやとは未だにその答えを出せずにいた。

『今の君は何者でもない』

 手紙と共に送られてきたのは愛刀と狐の面。

 目の前にいたら間違いなく『当時の装備を送っておいてどの口が言っている』とクレームを言っていただろう。

「時間か」

 しかし、断ればどんな面倒事になるかわからない。

 もう仕えていなくても赤い便箋が届いた時点で俺の選択肢は一つしか許されない。

  



 

 極東の国――大和。

 武芸に秀でる者が集う国として知られるこの国で唯一の教育機関である大和学園。

 この大和学園に通う者なら一度は夢見ることがある。

 それは魔法で発展した友好国。

 アトリシア公国からの留学生との親善試合の代表選手に選ばれること。

 その誰もが羨む代表選手の代打で選ばれておきながら、俺よりもやる気のない人間は大和国民にはいないだろう。

 午後八時。

 夜桜が舞い散る武舞台に登場すると割れんばかりの拍手と歓声が響き渡る。

 鬱陶しい雑音。

 そう思ったのは一瞬だった。 

「あなたが紅葉姫が言っていた大和一の剣士ですか?」

 月明かりに照らされた銀の髪。

 闇夜を映す淡い青の瞳からは怒りの感情が読み取れる。

 西洋の甲冑に身を包み豪華絢爛な装飾が施された細剣を携えた少女の名前はアリシア=オルレアン。

魔法ではなく剣技で名を轟かせるアトリシア公国の姫君。

 視界に入った途端に目を離せなくなった。

「……そうだと言ったら?」

 こういうのを一目惚れというのか。

 ただ残念ながら彼女の整った容姿やスタイルではない。

 達人と呼ばれる武人の最高位に属する者たちと似たオーラに惹きつけられた。

「剣の腕はわかりませんが人間としては失格ですね。そんな仮面で神聖な親善試合を愚弄するなどもっての外です」

 どうやらこの親善試合を重要視しているのは大和側だけではないらしい。

 彼女の佇まいから研鑽が読み取れたため、失礼とは思うがこちらにも事情がある。 

「生憎と急遽代理を頼まれた身分不相応な故。どうかご容赦願いたい」

 刀を抜いて正眼で構える。

 あの日から刀を握ってこなかったが案外身体は覚えているものだと感心する。

「せめて剣の腕だけはまともであってほしいものです」

傲慢な態度は上流階級特有なもの?

否、今の彼女は姫としてではなく、一人の騎士としてここに立っている。

「ご期待に沿えれば幸いです」

 せっかく、面倒事を頼まれたのだ。

 アトリシア公国の騎士の実力を堪能しても罰は当たらない。 

『いざ尋常に――始め!』

「参ります!」

 開幕速攻と言わんばかりに姫君は常人を越えた敏捷性でこちらに近づき雨のような連撃を披露する。

 突如、観客席から聞こえる称賛の声を聞きながら足捌きだけでコレを避ける。

「速度は申し分ありませんが剣筋が素直すぎますね。これでは避けてくれと言っているようなものだ」

 どれだけ速い攻撃も来る場所がわかっていれば捌くのは容易い。

「単なる小手調べです」

「必要を感じませんね」

 さっき感じたオーラは気のせいか?

「それを決めるのは私です」

直線的な動きから華麗なフットワークで緩急をつけてこちらを翻弄する動きに切り替わる。

 アイデアはいいが視線で狙いがわかってしまうのが勿体ない。

「……っく!」

 特に苦労することなく彼女の細剣を払い除けた。

「まだです!」

 息つく暇のない連撃を丁寧に叩き落しながら観客席の最上段の御簾に視線を向ける。

 御簾越しにこちらを見ていると思われる元主は何故俺をこの試合に出るように仕向けたか……何となくわか――。

「よそ見とは余裕ですね!」

「これは失礼しました」

 そこまで余裕があるわけではないので余計なことを考えるのを止める。

 まったく余計な世話を焼いてくれる元主だ。

「どうですか? 私の余裕に免じて降参していただけませんか?」

 これ以上やり合っても俺にメリットはない。

 欲を言えばもう少し鍛錬を積んだ彼女と戦いたかった。

「侮辱されて退く騎士がどこにいるというのです」

「まぁ、そうですよね」

 観客は剣戟に沸いているが相手をしている方からすればたまったものではない。

 戦意が削がれた今は騎士ではなく姫君として見てしまっている。

 もし傷を付けようものならどんな制裁が――。

「また考えことですか!」

「御心配には及びませんよ」

 細心の注意を払い横薙ぎ一閃。

 彼女は細剣で防いだが足が地面から離れて十数メートル吹き飛んだ。

「もう悩みは晴れましたから」

 刀を鞘に収めて居合いの構えを取る。

「……もうこれっきりにしてくれ」

 対戦相手の少女ではない誰かさんに向けて呟く。

 怒っているつもりはない。

 変に構われたようで気分が優れない。

「ようやく本気というわけですか」

 何かを感じ取った姫君は嬉しそうに不敵な笑みを浮かべている。

 先程の攻防から読み取れるがどうも速度勝負に自信があるらしい。

「ええ、ですから降参するなら今ですよ」

 これで刀を振るうのも最後。

 悔いのない一刀を以って終わりにする。

「ご冗談を。むしろその仮面を引き剥がして敗者の顔として晒して差し上げましょう」

「申し訳ありませんが…………そうはならねえよ」

 観客の声が遠のき姫君の呼吸のみが聞こえてくる静かな空間。

 必殺の一刀を放つためにタイミングを窺う。

 姫君は先程とは段違いの加速力を発揮して真っ直ぐ仮面目掛けて突きを放つ。

「なっ!」

 それよりも速く姫君の横を通り過ぎ――姫君の持つ細剣を切り刻んだ。

 豪華絢爛な装飾品が粉々になって宙を舞い。

 スポットライトが反射して舞台をキラキラと彩る。

 姫君を含めてほとんどの者が起こったことを認識できずに静寂が訪れる。

 俺は止まることなくそのまま真っ直ぐ歩き。

 武舞台を降りた。

『勝者――大和学園!』

 実況の声の後に歓声が聞こえてきたのは武舞台を降りたと同時。

 金輪際関わることのない姫君の顔を見ずに会場を後にした。

 

―――――――――――――――――――――

挿絵

アリシア=オルレアン

「ようやく本気というわけですか」

https://kakuyomu.jp/users/haruto0712/news/16818622171122339443

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る