笹の葉に鈴といちごみるくを

矢神うた

第一章「星空の下の出会い」

 由崎ゆさき市には、駅前周辺にある申し訳程度のショッピングモールとスーパーが隣接する商店街以外には特に目新しいものが無い、と笹川三実ささかわみみは思っている。

 奥に進む度に、田んぼと畑が続き、緑や茶色が一面に広がる風景を見つめながら、私はこの町の今後を勝手に危うく思っている。

 自然豊かな町であるとも言えるのかもしれないが、利便性が少ないこの町並みを、私はそこまで好んでいない。

 唯一、自分がこの町の利点を挙げるのならば、高い建物が無い為、空一面を覆いつくすものが無いということだ。

 やけに敷地の広い家が点在しているのも目立つが、そのどれもが背の低い建物であるため、空がより広く大きく感じられる。

 それだけが、この町の本当に良いところだと思っている。


 七月七日。七夕の日、望月もちづき塾からの帰り道。

 いつもなら二十時には帰れるところが、今日は二十一時半を回っていた。遅くなったことを母にショートメッセージで伝え、スマホの光を消して目を上に向けると、星々の帯が広がる夜空が私を待っていた。

 織姫と彦星が無事に会えたのか心配になることも杞憂なほど、今日は幸運にも、真上に輝く星々が広がっていた。

 つい頭に血が上ってしまうほど、時折立ち止まり空を見上げ、またゆっくり歩を進め、また止まり……と、長く見惚れてしまう。

 夜空に夢中で、気づかぬうちに自分の口は開いていたらしく、喉がからからに渇いてしまった。

 星から目を離し、学校から塾にそのまま持ってきた学生鞄の中を手で探ってみたが、残念ながら空のペットボトルしか入っておらず、肩を落とす。

「飲み物が欲しいです、織姫さんか彦星さん」

 笹も短冊も見当たらないまま、上で再会を果たしたであろう織姫と彦星に願ってみたが、当然、届くはずもない。

 渋い顔をして口を閉じ、早く家に帰って麦茶でも飲もうと思い、黙々と歩を進めようと視線を前に戻したその時だった。


「きら、きら、ひかる……おそらの、ほしよ……」


 地面に、まるで天の川が広がっているようだった。

 驚いて目をこすり、再度見ると、それは金髪のツインテールを結んだ彼女の姿だった。

 大の字に寝転がっている彼女は先ほどの私と同じように、空を見上げながらきらきら星を歌っていた。

 降ってくるような星たちだけが私と彼女を見下ろしている。

「まばたき、しては……なんだっけ」

「『みんなを、みてる』」

「え?」

「あ」

 自身の心の中で唱えたつもりだった声はつい口先からこぼれてしまっていたらしい。

 慌てて口をつぐんだが、そのとき、寝転んでいた彼女は勢いよく起き上がり、長い金色の髪を振り乱すように一回転させて、こちらを見ていた。

 目を合わせないように自分の重たい前髪を武器に彼女の視線を遮ろうとしたが、自分の身を隠す前に彼女は私の前にやってきた。

 まるで流れ星が私に興味を持って目の前に落ちてきたかのような眩い存在だった。

 星を詰め込んだように輝く瞳が、私をじっと見つめてくる。

 その視線はあまりにも強烈で、息を飲むほどだった。

「笹川ちゃんじゃん。笹川三実ちゃん!」

「うっ、え?」

「だよね、だよねぇ!? 同じクラスの笹川ちゃんでしょ! あたし、覚えてる?」

「……鈴山すずやまさん?」

 よくよく見ると、同じクラスの『鈴山天音すずやまあまね』であることに気付いた。

 鈴山天音は、学校でも特に目立つ存在だ。地毛だと豪語する金髪のツインテールは、誰もが一目で彼女を認識できる目印だ。

 今でも、高く結わえた金髪は天の川のように空に輝く星よりも輝いている。

 艶やかな肌に、強気で大きく意志の強い瞳が印象的。唇には紅が微かに乗っていて、すらりとした長い手足は歩く度に注目の的だ。

 誰ともつるまず、ただ一人で過ごす孤高の存在のような女の子。

 羨望や妬みも一緒くたにして跳ね飛ばしてしまうような美貌を持つ彼女は、校内でひときわ輝くスターのような存在。

 到底手に届かない星のような彼女が向かい側で歩いているのだから、つい見とれてしまうのは無理もない。

 そんなはずの彼女が、今何故か私の目の前で溌剌とした表情で話している現実に、私は目を白黒させた。

「わからないわけ、ないけど……でも、どうしてここにいるの」

「夜のお散歩! あんまりこの辺りまで知らなかったからさ。ほら、今日本当に夜空綺麗だったし。あっそうだ」

 彼女は私の手を握り、何か重みのあるものを手渡した。

「きらきら星の歌詞、教えてくれたお礼にこれあげる!」

「なにこれ、いちごみるく……?」

 突然学校で売っているいちごみるく片手サイズの紙パックを渡され、うろたえている間に、彼女は「またねっ!」と瞬く間に私の視界から飛び出し、軽やかに飛んで先へと行ってしまった。

 後ろに流れる金色の髪を目で追いながら、私は不思議な気持ちを隠せず、ストローを口に運んだ。

 いちごみるくの甘さが、喉にやけにまとわりつき、心の中にほんのりとした温かさが広がる。

 あの瞬間、流れ星のような彼女と交わした言葉が、私の胸に深く残った。

 飲み物が欲しいという私の願いは、まるで流れ星のような彼女によって、予想もしない形で叶ったのだった。

 夜も更け星々が夜空で見守っている中で、鈴山天音と言葉を交わした特別な七夕の日。

 彼女と天の川と、いちごみるくの甘さが絡み合う記憶は、今でも私の心に深く刻まれている。

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