第159話 悪化の一途
田中からの連絡を受けた剛志は、さっそく臼杵とイチロイドに相談を持ちかけた。
「今、同期の田中君から連絡があってさ。どうもバーサーカー使いの権蔵さんが俺を訪ねてくるらしい。今、組合も騒然としてるみたいだよ。さすがにただ挨拶に来るってわけじゃないよね。どうしよう?」
「マジかよ! 藤原権蔵っていえば、万葉ちゃんと並ぶ日本最強格の一人だぜ? そいつが今回の刺客ってわけかよ! なんでそんなに落ち着いてんだ⁉」
剛志の話を聞き、事態の深刻さに焦る臼杵。しかし、当の剛志はいたって冷静だった。
「そうだね、本来なら慌てる場面なんだろうけど……なんか落ち着いてるんだよ。確かに相手が強いのは分かってるけど、動きが杜撰でさ。こっちは準備する時間がいくらでもあるから、案外どうにかなるんじゃないかなって思っててさ」
「どういうことだ?」
そう言われて、剛志は田中から聞いた詳細を臼杵に伝える。その一連の流れを聞き、臼杵も少しだけ冷静さを取り戻した。
「確かに、剛志の言うとおり、完全にこっちを舐めてるな。でもそれだけ、向こうが格上だという自信の表れでもある。こちらの準備を、上からねじ伏せられるって思ってるんだろう。もしくは、権蔵自身が陽動で、裏で何か別の動きをしてる可能性もある。罠を張ってるかもしれない。だからこっちも、できる限りのことはやっておこう」
そうして、今できる対策についての話し合いが始まった。
権蔵はどうやら1階層から順当にダンジョンを攻略しているようで、このダンジョンに来るのは初めてなのだろう。しかし、彼ほどの実力者が周囲を無視して進んだ場合、階段を見つけるまでにかかる時間がすべてとなる。イチロイドの試算によれば、地下60階層に到達するまでの猶予は、およそ1時間程度とのことだった。
この「1時間」という時間も、普通に考えれば異常なほど早い。だが、探索を瞬時に終えるようなスキルやアイテムが存在するなら、決してありえない数字ではないらしい。
その短い時間で何をするべきか。まずは何より、宮本万葉の招集が必須だ。彼女は剛志の仲間の中でも唯一、同格で戦える存在であり、すでに地下60階層に登録済みのため、権蔵よりも早く現場に到着可能だ。
次に必要なのは、権蔵を倒すための作戦。この前、格上を倒すために構築した戦法が、ついに実戦で使われるときが来たのだ。思ったよりも早い出番となったが、「備えあれば憂いなし」である。提案してくれたイチロイドには、感謝の言葉しかない。
そうして、剛志は準備を進めながら万葉に救援を要請した。
数分後、ダンジョンの転移陣から万葉が姿を現した。剛志は今も大量のゴーレムを召喚して準備中だった。
「ここまで一斉にゴーレムを見るのは久しぶりね。壁建設以来なんじゃない?」
そう言いながら近づいてくる万葉。言葉こそ柔らかいが、すでに戦闘態勢に入っているようで、どこかいつもよりも鋭い雰囲気を漂わせていた。
「万葉、来てくれてありがとう。君がいるといないとじゃ、安心感が全然違うよ」
そう言う剛志に、臼杵が茶々を入れる。
「おいおい、俺だけじゃ心もとないってか? まあ、俺も万葉ちゃんがいると助かるのは確かだ。今までは、基本的に万葉ちゃんがいない時を狙われてたからな。今回は初めから一緒にいるし、こっちも準備万端だ。相手は過去最強クラスかもしれないが、これまでのほうが危険だった気もするぞ」
緊張感はありつつも、今回は事前に情報を得て準備も整えられている。しかも、最強戦力の万葉が最初からいる。そうした状況から、臼杵はいつもとは違う安心感を抱いていた。それは「準備」の重要性を実感している証拠でもあった。
「あのクソ親父には、前回まんまと逃げられたからね。今回は、きっちり息の根止めてやるわ」
万葉の意気込みは本物だ。前回の新宿ダンジョンでのクーデターを根に持っているのか、今回の決意はいつにも増して強い。
着々と準備が進んでいく剛志たち。敵は強敵だが、今回は勝算のある戦いになりそうだった。剛志たちの総力が試される――。
~権蔵Side~
一方、横浜第三ダンジョンに単身乗り込んでいる権蔵は、今まさに爆速でダンジョンを攻略している最中だった。
「ダンジョンの中を移動するたびに、いちいち1階層からってのは面倒じゃな……。だからやりたくなかったんじゃが。仕方ない、さっさと終わらせるか」
各階層に到達するたび、広範囲エコーを使用できるゴーレムで次の階段の位置を特定。そして、そこに向かって一直線に、壁を破壊しながら進んでいく。
単純ながらも力技による強行突破で、権蔵の階層攻略スピードは常識外れの速さを見せていた。移動の際に壁を破壊して進むこと、そしてその直線上に人がいようが気にしないこと。この二点はイチロイドの予測にはなかった要素であり、1時間の猶予すらも縮めてしまうスピードで、権蔵は地下60階層に到達しようとしていた。
剛志たちは、それまでにどこまで準備を整えられるのか――。これは、スピード勝負の側面も孕んでいた。
~三雲Side~
権蔵が堂々とダンジョンに現れ、その場で目的を口にしたという情報は、三雲のもとにも届いていた。
「……あのクソ野郎、どこまでふざけてやがる……!」
いつもは冷静な三雲だったが、さすがに権蔵には思うところがあるのか、珍しく声を荒げていた。
そんな三雲を見て、ジュリアが面白そうにからかってきた。
「あなたも、そんなふうに感情を表に出すことがあるのね? だから言ったじゃない、あの老いぼれは邪魔でしかないって。わがままで傲慢、そのうえ頭も悪いと来たら……いくら実力者でも、A.B.Y.S.S.には不要よ。今回の件で、一緒に“消して”しまいましょうか?」
冗談めかしてはいたが、その目は本気だった。
それを受けて三雲は、少し冷静さを取り戻し、恥じるように話し出した。
「すまない。少し頭に血がのぼっていたようだ。権蔵の処遇については、俺が決めることじゃない。ボスがそう命じるなら、そうするまでさ」
そう言って、ジュリアには曖昧な返答にとどめる三雲。すると、思いがけない人物が現れた。
「なんだか面白い話をしてるみたいだね。あのおじいちゃん、また“おイタ”をしたの?」
現れたのは、A.B.Y.S.S.のリーダー――ギデオンその人だった。
「ギデオン! ちょうどいいところに来たわ。権蔵の抹殺命令をいただけないかしら? さすがに目に余るのよ」
ギデオンが現れたことで、ジュリアの声は少し高くなった。そんな彼女に、ギデオンはいつものように楽しげな笑みを浮かべながら答えた。
「別にいいよ。それは君の判断に任せる。でも、僕たちの理念に背いていない限り、命は取っちゃだめだよ。そこを曖昧にすると、いろいろと面倒になるからさ。あと、サポート役としてこの子を預けるよ。きっと役に立ってくれるはずだよ」
そう言ってギデオンは、自らの横にゲートを開き、そこから仲間の魔物を出現させた。その魔物は、禍々しくも大きな弓を背負った、全長3メートルほどの大男だった。
肌は白く、筋骨隆々。だが、その顔立ちは驚くほど整っており、尖った耳も相まって、いわゆるファンタジーでの“エルフ”の典型だった。
「ん? 主、お呼びか?」
「ああ、リモンド。君の力を貸してほしい。これから彼らについていって、少し手伝ってくれないかな?」
「承知した」
そう短く返したリモンドは、そのまま指示が来るまで静かに控える態勢に入った。
そして三雲とジュリアは、今のギデオンの発言から「二人で後始末をつけろ」というメッセージを理解し、軽く挨拶をしてその場を後にする。
彼らに続くように歩き出すエルフ。そして、その背中を冷たい笑みで見送るギデオン――。
事態は、着実に悪化の一途をたどっていた。
そして、それをまだ剛志たちは知らない。
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