第45話 フェザーカンパニーにて

 フェザーカンパニーの社長室はビルの最上にある。暗い空を地上の明かりが眩く照らしている様相を窓から眺めていた羽和うわは、社長室の扉が開かれると待ちかねたように立ち上がった。


「やあやあ! 良く帰ってきたステンドホークの諸君!」


 入ってきたのは4人の男女。昨日みたいに探索用の服装を乱雑に着ているのではなく、全員が会社員らしくスーツを着用している。その姿と彼らの顔立ちを見て、上手くいったようだと羽和は内心でほくそ笑んだ。


「いやなに、既に事の顛末は聞いているよ。災難だったね、あの男がまさかそれほどまでに強いとは。我が社の誇るA級パーティの君たちでも勝てないなんて!」

「……そういう茶番はもう大丈夫です。羽和さんと芝崎さんが知り合いなことは聞きましたので」


 アナーキーが羽和のわざとらしい喋り方に辟易しながらそう答える。それを聞いた羽和は、つまらなさそうに椅子に座った。


「社長は俺たちと芝崎さんを戦わせるために新宿に行かせたんですね」

「まさか。私はただあの男を連れてこいと言ったまでだ。確かに抵抗するなら力づくでもいいとは言ったが、戦闘に発展するとは思ってもみなかったよ」


 羽和はデスクからたばこを取り出し、口にくわえ丁寧に火をつける。フッと吹いた煙は少しのたばこ臭さを残し、たちどころに部屋の中へと溶け込んでいく。


「……まあ、もし仮に、万が一君たちの誰かが我慢できずに戦おうとするなら、確実に負けるとは思っていたけどね」


 ステンドホークたちは何も答えない。羽和が彼らにこの仕事を任せたのも、彼らが羽和の思惑通り芝崎と戦闘をしてしまったのも、自分たちの未熟さ故のことであると理解しているからだ。 


「……芝崎さんが過去に何度か羽和さんの部下に稽古つけてるって言ってましたけど、本当なんですか」

「そうだな……最近だと、ラインバードには似たことはさせたな」


 羽和の口から出て来た名前に4人は戦慄する。ラインバードはフェザーカンパニーの中でもトップクラスの戦闘力を誇るパーティ。稀に戦闘風景を撮影したものが動画サイトに上がると瞬く間に拡散されるほどの、戦闘に長けていることで有名になった探索者たちである。同じA級パーティでもステンドホークと天地の差がある彼らなのに、それをまるで自分たちと同列のように語るのだから、今日相手した清掃員の底知れなさを思い知らされる。


「社長の思惑は何となく理解できます。……今回の件で俺たち全員が自分の至らなさに気づきました。でも、それなら直接言ってくれればいいじゃないですか。なんであんな回りくどいことをしたんですか」

「さあ、果たして君たちが私の命令を素直に聞いてくれるだろうか。私は普段から君たちの評判を聞いていた。目上の者に物怖じしない態度も含めてね。そんな君たちが探索者として積み上げてきた年月を否定するには、相応の力と衝撃が必要だと考えるのも普通の事だと思わないかい?」

「……」

「苦い経験こそが良薬になる。いい言葉じゃないか」


 羽和は吸い始めたばかりのたばこを灰皿にこすりつけると、おもむろに両肘をデスクに立て、組んだ両手を口元に持ってくる。空気が変わったと、その前に立つ4人は感じた。


「それで、君たちは何の用でここまで来たのかな。先にも言ったが、報告は既に済んでいるぞ」


 いつも以上に真剣で無機質な声。押しつぶされそうになるステンドホークだが、リーダーのアナーキーが一歩前に出る。


「……俺たちステンドホークは今日限りで解散し、4人全員フェザーカンパニーを辞めさせていただきます」


 そう言って頭を下げ、差し出した封筒には辞表の二文字が書かれている。アナーキーに合わせるように、他の三人も同じポーズを取る。


 一方の羽和は特段驚いた様子も無く、淡々と彼らに理由を問うた。


「ふむ、その心は」

「芝崎さんと戦って、目的のための道が見えました。俺たちは探索者として未知領域に挑戦したい。そのために4人で強くなりたいんです。フェザーカンパニーにはこれまで良くしてもらっていたのはわかってます。……それでも、ここだと不必要なこともしなきゃならない」

「そんなにアイドル業が嫌いかな」

「いえ、……いや、そうですね。言われるがままやってきましたが、キラキラした服を着て多くの人前に出るのは俺たちの性に会いません。やっぱり俺たちはできるだけ長い時間ダンジョンにいたいんです」


 アナーキーの言葉に、他の三人は異論を一切挟まない。全員同じ意見なのだとわかった羽和は、その結論よりもそこに至った過程に思いを馳せる。あの、ただパーティの形を保っていただけの4人が、今はこうして一つの生命体のように動いている。それだけで十分な成果であると羽和は感じていた。


 だからこそ、彼らに伝えねばならないことがある。羽和はフッと息を吐く。


「やはり青いな。現実が見えていない」


 それを聞いたアナーキーは、苦虫を嚙み潰したように顔を上げる。羽和は彼らの思いを正しく理解していた。ステンドホークを解散すると言ったのも、フェザーカンパニーから借り受けている名を降ろし、一から4人でやり直したいがためだろう。


 だが、探索者としての使命がこの4人にあるように、羽和にも経営者としての使命があった。


「君たち4人の思いは知らないが、知っての通りフェザーカンパニーはステンドホークを様々なメディアに広告塔として露出させている。その結果、今や君たちは名の知れた有名探索者という地位を確立している。そうなるまでにどれほどのコストが必要で、無くなればどれほどの損失が発生するかわかっているのかい?」

「……わかっているつもりです」

「いいや、わかっていない。フェザーカンパニーの名を背負った君たちが簡単に辞めると言われて、はいそうですかと答えるわけにはいかない。そして、辞めたとしても、これまで築き上げたものは簡単に捨てられない。君たちがいくら辞めたと公言しても、フェザーカンパニーとステンドホークの名が影のように付き纏うだろう。残念だが、その選択を取ったとしても君たちの望むような結果は得られない」

「……」

「とまあ、ついこの間まではそうだったんだが、状況が変わった」


 羽和がそれまでの口調と打って変わってそうポンッと軽く言うものだから、重く苦しい表情を浮かべていたステンドホークたちは狐につままれたような表情を浮かべる。羽和はそれを楽し気な様子で眺めていた。


「これは今日の出来事なのだが、とある配信者の配信に君たちとある人の闘いが映っていた。そこではなんと、君たちが爽快なまでにぶちのめされている映像が載っていて、世間のトレンドそれ一色だ! はは! 自分たちが負けるところが話題になるなんて、素晴らしく不名誉だなこれは!」

「……嫌味ですか」

「だが、この配信のおかげで二つの良いことが起こった。一つ、世間が君たちに抱く印象が、よく見かける有名人から泥臭く戦う探索者へと変わったこと。色々言われているが、判官贔屓ってやつだろう。批判もあるが君たちを応援する声も多い。音声が切れてたことが功を奏したな」

「……はあ」

「そしてもう一つは、それに伴って”探索者として強くなる”を理由にアイドル活動を縮小しても、ファンが受け入れてくれる流れが出来たこと」


 羽和はデスクの引き出しから4枚の紙を取り出し、彼らの前に並べる。


「辞める前に一つ提案がある。フェザーカンパニーは君たちの未知領域探索のための支援がしたい。アイドル活動をすぐに全て辞めるのは難しいが、今の流れで徐々に縮小させていき、君たちの望むように探索者として専念できる環境を作ると約束しよう」

「ボス、それって……」

「私たちのやりたいことがやれるってこと……?」

「いいことづくめ、です」

「でも、いいいんですか。そんなことしてもフェザーカンパニーには大したメリットは……」

「メリットはあるさ」


 少しの不安を蹴散らすように、羽和は大げさに両腕を広げる。カリスマとは、人が恥を感じる一歩向こうの行動にこそ宿るものだと彼女は知っていた。羽和はまるで舞台の中央に立っていると錯覚するほど恰好つけ、声を荒げる。


「青いのは若者の特権だ。現実が見えてなくて結構! 現実を見て無難な選択をする者より、力の限り夢を追いかける者の方が強く、魅力的だ。そして、夢をつかみ取る力が君たちにはある。少なくとも、私はそう確信している」


 そこまで一息でそう言うと、4人を見てニヤリと笑う。


「そんな優良物件を、経営者である私がみすみす逃すと思うかい?」


 社長室には一枚の額が飾られており、そこにはこう書かれている――


 『最もふさわしい場所へ魂を運ぶ運命となれ』


 ――それこそが経営者の、いや、探索者へより良い環境を創り上げるためにフェザーカンパニーを設立した、彼女の使命だった。


 彼女の笑みは、決して嫌味なものではなく、何故か希望に満ち溢れている錯覚してしまうものだった。

 羽和の言葉を聞いた4人は、少しの間顔を見合わせる。そして、一つの結論を出す。短い時間で言葉も交わしていなかったが、今の彼らにそれ以上は必要なかった。


「――わかりました。この辞表は撤回させていただきます。ステンドホークを今後ともよろしくお願いいたします」

「いいね、その言葉が聞けてよかったよ」


 4人が順にデスクの紙を受け取る。ただ、アナーキーだけが渡される時に怪訝な目を羽和に向けた。


「……社長はここまで読んで俺たちを新宿に向かわせたんですか」

「いやいや、それは私を買い被りすぎだ。あの人が深層でも配信ができる人間と随伴していたなどわかるわけもない。ははは! やはり、こういうことはあの人に投げておけば想像以上の結果が出る! 素晴らしいな全く!」


 どこまでが本心かわからない声でそう叫ぶ羽和。アナーキーは羽和のこの調子をどうにかして崩してやりたいと思い、ふと、とあることを思い出す。


「あ、そういえば芝崎さんが社長に伝えて欲しいことがあると言っていました」

「ほう、なんだね」

「部下に稽古つけてほしいならお金取らないからせめて事前に連絡くれって」

「ああ~……まあ、善処しよう」

「あと、今度会ったらただじゃおかないから、と」


 カシャン、と灰皿が床を叩く音が部屋に響く。


 一見するといつもの様子と変わらない。が、芝崎からの伝言を聞いた羽和の腕は面白いくらい震えていた。それを見たアナーキーは、この人もちゃんと人間なんだと変な安堵感を覚えた。


「芝崎さんが言ったことは以上です」

「……は、はは! そうか、ならできるだけあの人と顔を合わせないようにしないとな……」

「それは俺から逃げるってことか?」

「逃げるわけじゃないさ。これはそう、戦略的な回避だよ。…………え?」

「よく口が回るね羽和。ビビりでがめついお前が偉くなれた理由がよくわかるよ」

「……せせせ、先輩ぃぃぃ!!?」

「え、芝崎さん」

「師匠!!」


 社長室の扉の前には、この場の雰囲気に似つかわしくない作業服を着た一人の男が立っていた。それを見たステンドホークはパァッと顔を明るくし、一方の羽和は音を立てて椅子から転げ落ちた。


「ちょっ、先輩いつの間に、ていうか何でここに先輩が!? 私に何の連絡も来てないぞ!!」

「名前を言ったら通してもらえたぞ」

「そうだったあああ! 下手に突っぱねると後が怖いから通した方がいいって過去の私が判断したんだったあああ!!」


 大げさに頭を抱える羽和に、芝崎はこつりこつりとわざとらしく足音を立てて近づく。そして、うずくまる羽和の肩を優しくぽんと叩く。


「ああ、羽和も俺に会いたがってたようで本当に良かったよ。俺の話題が出ると震えるくらいだから、嫌われてるかと思ったからさ。でも待てよ? 嫌われていたらそもそも会社の部下を俺のところに押し付けたりしないか。あはは、すまんな、あの羽和が俺の事嫌うわけないもんな」

「芝崎さん、キレてる……?」

「なんだかすごくこわい、です……」


 4人の位置からは芝崎の表情が良く見えない。けれど、誰一人として彼の顔を覗こうとする者はいなかった。好奇心でも、触れてはいけない領域がある。


「さて、羽和。今日はお前に頼みがあって来た。結構難しい頼みだけど、俺のことが大好きなお前なら、この頼み事をきっと快く引き受けてくれるよな?」

「は、はいぃ……」

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