第39話 辛勝
よ、よかった……なんとかギリギリ勝てた……。
俺はサンダイさんの参ったという言葉を聞いて、心から安堵した。戦闘態勢を解いて、たまった疲れを吐き出しながらその場に座りこむ。
「いやー強いね君たち。新宿じゃなくて渋谷だったらおじさんが負けてたよ」
「そんな、もったいない言葉です。……ありがとうございます、私の我儘に付き合っていただいて」
「とんでもない! 俺も久々にしっかり動けて楽しかったよ。ありがとね」
こんなにちゃんとひりつく戦いをしたのはいつ以来だろう。ここ数年はずっと新宿で清掃作業してただけだったから、心地よい疲労感だ。
変動が終わり、辺りがプルートジャングル特有の鬱蒼とした密林地帯へと変わる。乱立する木々の向こうから、リリカさんとアンジュさんが歩いてやってくる。
「芝崎さんマジで強かったっす! ね、リリカさん!」
「……本当に。サンダイがあれだけおかしくなるのもわかるわ」
「そりゃ、私が推してる人だからな! でも、こんなにコテンパンにやられるとは……」
コテンパンというほど差があった戦いだとは思えないけど、サンダイさんは少し自信を失ったように下を向いている。
「あの、芝崎さん……私って今より強くなれますか……?」
「なれるでしょ」
「え」
「そうだな、君はその能力の割に生身の肉体に囚われすぎてる節はある。もっと自由でいいんだよ探索者って」
サンダイさんがぽかんとした表情で俺の方を見ている。この言葉だけじゃわかりにくかったか。ちょっとアドバイスが曖昧過ぎたな。
「あのあの! それってどういう意味っすか?」
「うーん、例えば……」
「ま、待った!」
俺が説明を続けようとすると、サンダイさんが勢いよく遮ってくる。そして、一人の世界に入ったようにブツブツと呟きだす。
「そうか、なるほど……私は他の探索者を手本にし過ぎていたんだ。スキルっていうのはもっと拡張性があっていい……移動法の応用? いや、もっと曖昧な力で……じゃあ、あれも行けるのか!?」
頭に湧いてくるアイデアが止まらないっていった感じだな。その姿に昔の自分を重ねてしまい、少しだけ懐かしさを感じる。
ここで下手に声をかけるのは無粋だな。
リリカさんもそれを察して、サンダイさんに邪魔にならないように俺に話しをする。
「そういえば芝崎さん、勝負の前にサンダイに言ってた例の賭けはどうすればいいでしょうか」
「ああ、勝ったら頼みを一つ聞いてもらうってやつか」
「何でもやります! 何でも言ってください!」
一人の世界に入っていたはずのサンダイさんが急に話に食いついて来る。
どうしてこの子はこんなノリノリなんだ……。
「いや、俺のことを他言無用でお願いしたいってだけだよ。あんまり広めて欲しい話題じゃないんだ」
「最初からそのつもりです!」
「それならよかった」
「というわけでノーカンです! 他に頼みたいことを言ってください!」
「ええ……じゃあ保留でお願いします……」
「はい!!」
うん、元気のいい返事だ。
「それと芝崎さん、もう一つお願いしたいことがあるんですが!」
「なんですか?」
「名刺交換したいです!」
「それは、別にいいけど」
「ああ、なるほどっす。サンダイさんがあの時ネゴみんのことめっちゃ睨んでたのってそう言うことだったんすねー」
という訳で何故か名刺交換をした俺たち。やることもやったので、サンダイレンはここを離れるそうだ。
「私たちはこれで失礼します! せっかく来たんだし、新宿ダンジョンの深層をもう少し潜ってみます!」
「そう、なら気を付けて」
「芝崎さんはこの後どうするんですか?」
「俺は残った仕事をやらないといけませんので」
「え、そのデッキブラシでやるんですか?」
「あ……」
そうだ、勝負の途中で興奮して壊しちゃったんだ。どうしよっか、うーん。
「あー……やっぱ今日は帰ろうかな。なんか疲れたし」
「そうですか! ではまたどこかで!」
「本日はありがとうございました」
「芝崎さーん! さよならっすー!」
手を振りながら離れていく三人。面白い人たちだった。
ダンジョン清掃の仕事は緊急性を要するものではない。ほぼ毎日やっているのは、毎日やらないと死ぬほど仕事量が溜まってしまうという悲惨な現状故だ。まあでも、明日二倍頑張れば何とかなる量だし大丈夫か。はあ……。
とりあえず舞華ちゃんに帰還するって伝えないと。インカム切ってたんだったな。
そう思って俺はインカムの電源を付ける。だが、向こうからは応答が無い。トイレかな?
「舞華ちゃーん、いるー?」
『……』
舞華ちゃんの息遣いがマイクを通して聞こえてくる。よかった、いるにはいるんだ。
「舞華ちゃんごめんね、急に切っちゃって」
『……サンダイ様とはどうなったの』
「どうって、ちょっとお喋りしただけだよ」
『……芝崎さん、嫌い!』
「ええ!?」
き、嫌い!? なんでそんなことを……もしかして反抗期!?
なんて思っていたけど、舞華ちゃんは悲し気な声色でそっと呟く。
『私、気にしないから、お母さんの事』
「……」
『もう15歳なんだよ。そんな弱くないよ』
「……ごめん」
知っているよ、強い子だということは。なんせ、あいつが産んだ子供なんだ。
「10年か」
そうか、あいつが死んでからもう10年も経ったのか。
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