第16話 玉藻前に振り回される話(2)

 …それからのことは覚えていない。気が付くと私たちはどこかの洞窟で横になっていた。



 (ここは…どこだ…?どうなった?…あ、そうだ、覚は?)



 覚を探そうと周りを見渡すと、誰かが炊いたのであろう焚火の側に覚は横になっていた。安心しながら起き上がると、そこにはもう一つ、見覚えのある顔があった。



 「ああ、起きたか?これだからお前たちは甘いと言ったんだ」


 「お前は…天野…クラマ…?」



 そこにはつい先日知り合った天野クラマという半妖がいた。私たちとは水と油のような関係だ。あの場所にこの男がいたのには大方見当がつくが、一つ疑問に思うことがある。



 「なぜ俺たちを助けた。俺はともかく、覚を助ける義理はないはずだ」


 「…別に。俺の使命はあくまで暴走した妖魔を祓うことだ。それ以外の存在に危害を加えるつもりはない。だが勘違いするな。俺の邪魔をするならば、お前たちは容赦なく殺す」


 「そうか。なら俺たちもお前が除霊するのを全力で阻止する」


 「…勝手にするといい」



 すると、そうこうしているうちに覚ものそっと起き上がった。私同様、困惑している様子だったが、すぐに状況を飲み込むと、座ったまま少し後退りして天野クラマを睨みつけた。



 「…!どうしてあなたが!…何の目的ですか…場合によってはあなたをこの場で!」


 「落ち着け覚。こいつに敵意はない。あの女性から俺たちを助けてくれたんだ」


 「そう…なのですか?まぁ、ゲンヨウさんが言うなら信じますけど…」



 覚は若干警戒しつつもやっと肩の力を抜いて焚火の近くに体を寄せてきた。



 「…あ、そうだ!あの女性は…!?」

 


 私はふとあの女性のことを思い出した。あの後どうなったのだろうか...天野クラマに祓われてしまったのだろうか...

 


 「お前、あんなことされておいて、まだあいつが人間だと信じているのか?」


 「あっ…ああ…そうか…流石に分かる。あれは人間なんかじゃない。元々怪しいとは思っていたが、さっきので確信が付いた。…あれが玉藻前…そうだろう?」


 「ああ、そうだ。ちなみに、安心していいぞ。俺はあいつを取り逃がした。今もどこかをさまよっているだろう」


 「じゃあ、まだ解放の余地はあるってことか…」


 「そうだな。じゃあ急いだほうがいいぞ。あれからもう三時間は経ってるからな」


 「…!覚、急ごう」


 「はい!」


 「…天野クラマ…今回のことは礼を言う。だが今この瞬間からは敵だ。お前が玉藻前を見つけるよりも先に俺たちが玉藻前を見つけて、解放、保護する」



 洞窟には眩しく朝日が照りつけてきていた。もう時間が少ない。私たちは天野クラマを背に洞窟を駆け出していった。


 洞窟から出ると、そこは殺生石周辺から少し離れた場所にある森林のようだった。私たち二人をここまで運んでくるのは普通に考えれば難しいことだと思うのだが、天野クラマはどんな方法を使ってここまで運んできたのだろうか。それよりも今は玉藻前の行方が気になる。あれからかなりの時間が経っているため、もう遠くに行ってしまっているのだろうか。



 「覚、現在地はわかるか?」


 「はい、ちょっと待ってくださいね…」



 覚はスマホを取り出して地図アプリを開いた。今の時代は本当に便利になったと心から実感した。



 「…よかった、電波は繋がるみたいです。現在地は…あ、そんなに遠くはないようですね。いったん戻ってみますか?」


 「そうしよう。まだ妖力が漂っているかもしれない。ただ、少し待て。この先は人間の体では危険かもしれない。幽体離脱を頼む」


 「あ、そうですね。では、やっておきましょう。…沙羅仏沙羅仏…」



 幽体離脱を終えた私たちは私の体を近くの安全な茂みに隠し、地図アプリを頼りに殺生石周辺へと戻ることにした。一方そのころ天野クラマはというと、私たちが洞窟を離れたことを確認し、静かに空へ飛び立っていた。


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