第14話 ワタシワタシ、メリーさん詐欺に気をつけよう(3)

 私たちが寺を出たころ、泣いて出て行った座敷童はいまだ寺の玄関付近にとどまっていた。



 「…覚さんのばか…あんなに言わなくたっていいのに…はぁ、これからどうしよう。勢いあまって飛び出てきちゃったけど行く当てもないし……あっ!?」



 座敷童は物陰に隠れた。ちょうど私たちが通りかかったのだ。



 (たいしょーと覚さんだ…メリーさんを探しに行ったのかな…わらしの心配なんてしてないんだろうな……びっくりしたらトイレに行きたくなっちゃった…トイレ行こう…)



 座敷童は寺の外にあるトイレに向かった。この寺はなぜか外にもトイレがあるのだ。昔の名残だろうか。そして座敷童がトイレの引き戸を開けた時、座敷童は本来あるはずのない顔と目が合った。



 「…あ、」


 「へ…?…ぎゃあーーーーー!」



 なんだかどこかで見たような場面である。そこにはなぜかトイレの花子さんがいたのだ。トイレの中まで学校のトイレに変わっている。これは一種の空間転移妖術なのか…?



 「うわぁ!びっくりした!あなたの声にびっくりした!…で、あなたは誰?」


 「…ちょっと待って!今トイレしてる最中なんだから!」


 「あ、うん。どうぞ…」


 「どうぞじゃないでしょ、閉めなさいよ!」


 「あ!ごめん!」



 座敷童は戸をそっと閉めた。しばらく待っていると水が流れる音と共に「開けていいよ。多分こっちからじゃ行けないから」という声が聞こえてきた。座敷童が戸を開けると、花子は恐る恐る出てきた。



 「えっと…わらし、座敷童。あなたは誰?」


 「あたしは花子。聞いたことない?トイレの花子さん。はぁ、どうせまたあの人たちのお寺なんでしょ?今回は外みたいだけど。それより座敷童って...あなた、そんなすごい妖魔だったの?」


 「まぁ、一応…」



 座敷童は気恥ずかしそうに笑う。



 「あ、でも、座敷童って家の中にいるものじゃないの?どうかしたの?」


 「いや、そうでもないよ?普通に出かけたりするし。でも、今回はちょっと特別っていうか…」


 「…詳しく聞かせてくれる?」


 「…うん」



 座敷童はこれまでに起きたことをすべて花子に話した。



 「…そう…辛かったわね…」


 「大体覚さんはいつもそう。赤の他人のくせに母親みたいな顔して…」


 「そうね…でも、それもあなたのことを思ってのことじゃないかしら?」


 「ほんとにわらしのことを思ってくれてるんだったら、馬鹿とか脳みそ詰まってないとか言わないでしょ?」



 座敷童は目に涙を浮かべながら言う。その表情には、怒り、悲しみ、失望…はっきりとはわからないがいくつもの複雑な感情が入り乱れている。



 「…ねぇ座敷童…私もね、昔友達に裏切られたって思ったことがあったの。その時はほんとに心の底から彼女を憎んだけど、すぐにこの子は私を裏切るような人じゃないって思えた。覚さんのこと、信用してたんでしょ?だったらさ、もう一回信じてみない?あなたにもその気になればそれが出来るはずよ」


 「わらしは…うん、わかった。もう一回、信じてみる」


 「そうしてみて。きっと覚さんも、いろいろ溜まってたんだわ。一度会ったことがあるけど、悪い人には見えなかったから」



 その時、ちょうどメリーを捕らえて寺に帰ってきた私たちが座敷童の近くを通り過ぎた。



 「ほら、行っておいで。あたしはまたいつでも相談に乗るわ。なぜだか知らないけど、ここのトイレはあたしのトイレに繋がりやすいみたいだから」



 そう言って花子は微笑む。座敷童もそれに微笑み返し、寺の中へと駆けて行った。


 一方私たちは、メリーを牢屋に入れた後、いなくなってしまった座敷童を探すための作戦を立てていた。



 「どこに行ったか見当がつくか?」


 「…いえ、わらしちゃんは度々外に出かけていますが、どこに行っているのかもわかりませんし…見当など...」


 「そうか…わかった、津多に連絡してみよう。いずれ見つかるかもしれない」



 私が津多へ連絡を入れようと固定電話に向かうと、ちょうど玄関の方から戸を開ける音が響いた。



 「…!もしかして!…覚!」


 「はい…!」



 私は覚と玄関に走った。するとそこにいたのは紛れもなく座敷童だった。私たちと目が合った座敷童は目に涙を浮かべたが、ぐっとこらえ話し出した。



 「覚さん…ごめんなさい…わらし…!」



 それを見てこらえきれなくなったのか覚は突然涙を流しながら座敷童を抱きしめた。


 「私こそごめんなさい…わらしちゃんのこと、本当は馬鹿だなんて思ってませんよ。この間だって、私たちはあなたに助けられたんですから。…わらしちゃんは今日も、私たちの役に立とうとしてくれたんですよね」



 「…もう…わらしが我慢してるのに、覚さんが泣いてどうするのさ…うう…うわぁーーーん!」



 とうとう座敷童も泣き出してしまった。この二人はいつ見ても本当の親子のようだ。この後数日間座敷童は覚にべったりとくっついて離れなかった。それを見て微笑ましく思えていたのは私だけではない。ある日のトイレからは「ええ話や…」と呟く声が聞こえてきたという。

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