第7話 トイレの花子さんに振り回される話(3)
私たちが花子の暴走を鎮静化した後、花子は自分の過去を語り出した。
あたしが妖魔になったのは、今から大体五十年前、とある出来事がきっかけだった。あたしには当時、さっちゃん…真島幸子ちゃんっていう友達がいたの。毎日のように缶蹴りやゴム飛びをして遊んでいたと思う。そんなある日、あたしは隣のクラスの不良に絡まれていじめられてたの。初めてのことじゃないわ。さっちゃんは学校中の人気者だったから、そんなさっちゃんと仲がいいあたしが気に食わなかったのでしょうね。さっちゃんはね、とても正義感が強いんだよ?だからあたしがいじめられるなんて知ったら、きっと無理しちゃう。だからずっと隠してたんだけど、それもずっとは続かなかった。ある日、偶然あたしが殴られてる現場を見られちゃって…
「なにしてるのー!」
やっぱりさっちゃんは不良たちに突っ込んで行っちゃった。でもあたしはその時怖くてずっとトイレに籠ってて…あの不良たち、学校の人気者だろうが何だろうが容赦なく手を出すからさ。ずっとさっちゃんの悲鳴や殴られる音が聞こえてたのに、あたしは何にもできなくて…でもその時、かすれた声で聞こえてきたの。
「そこを出ないで。私を信じてそこにいて。またあとで、遊びましょ。」
あたしはその言葉の通りさっちゃんを信じて待ってた。でもいつまで経ってもさっちゃんは来なかった。日も暮れ始めたころ、誰の声もしないことを確認して外に出てみたら、そこにはさっちゃんが血まみれで倒れてたの。…もう息も脈もなかったわ。
「…さっちゃん…?」
一瞬目の前が真っ白になって、何も考えられなくなった。何度もこれは夢なんじゃないかって壁に頭を打ち付けた。血が出るまでやったけど、でもやっぱり痛くて…あたしは絶望した。そして同時にさっちゃんがたまらなく憎くなった。
「嘘つき…うそつきうそつきうそつきうそつき!!」
そのあとは、なんでこんなことしたのかわからないけど、あたしはさっちゃんの可愛い顔が原形をとどめなくなるまで殴った。泣きながら、何度も、何度も…でもそのうち、やっぱりさっちゃんはあたしに嘘をつくはずがないって思った。だから幽霊になったさっちゃんに会えるようにあたしも幽霊になろうと思って、トイレにあった洗剤を一気飲みして自殺した。それからは…あなたたちも知っての通りよ。あたしを訪ねてきた子に八つ当たりして、体中壊れちゃうまで一緒に遊んでもらった。あたしは、さっちゃんが迎えに来てくれたんじゃないかっていつも淡い期待を抱いて扉を開けるけどさ、そこにいるのは常に別人。今考えたら、その中にさっちゃんの生まれ変わりもいたのかな、どうなんだろうね?
……
「…話してくれてありがとう、花子。お前の気持ち、心中察する。ちなみにさっきの質問だが、死んだら必ずしも人間に生まれ変わるわけじゃないから、可能性は低いと思うぞ。」
「ゲンヨウさん、空気読んでくださいよ…」
「…まぁいいわ。なんにせよ、あなたたちにあたしの気持ちなんかわかるわけない…あたしにとってさっちゃんがどんなに大事な人だったかわかる?何の取り柄もないあたしのことを、誰よりも大切にしてくれたんだよ!?」
「…わかった、これ以上その幸子という人間の話はしないようにする。ここの怨念の残骸もなんとかするから、もうここを離れる必要はない。だが、もしも何か困ったことがあれば、俺たちを頼ってくれていい。俺たちの仕事は妖魔を解放することだ。これも解放に入るよな。」
そう言って私は封天寺の地図を手渡す。
「…まぁ、一応受け取っておくわ。多分行くことはないと思うけど…あ、そうだ。その、本当にあたしを助けてくれるんなら、一つ頼みを聞いてほしいの。…さっちゃんを、探してくれない?もしかしたら幽霊になってまだこの世にいるかもしれないから。」
「ああ、任せろ。」
「仕方ありませんね。私たちの仕事は正確には将門の怨念から妖魔を解放することなのですが、この際硬いことは言ってられませんから、引き受けましょう。津多さんにも伝えておきますね。」
「ん…ありがと。」
花子はこちらから目をそらしぼそっと礼を言った。その後なぜか傷一つなく再生している個室に戻り、一言も発することはなかった。
「それじゃあ、今回の任務も終わったことですし、帰りましょうか。ここの怨念の残骸に関しては、後日個人的に札を貼っておきますのでご安心を」
「そうか。...それじゃ、帰ろう」
私は再び自分の体に戻り、覚と共に寺への帰路についた。数時間ぶりに人間の体に入ったが、随分と重く感じる。こうして、私の初任務は何とか幕を下ろした。このようなことをずっと続けることは少し億劫にも感じるが、あのような未練を残した妖魔がこの世に蔓延っている以上、無視することはできない。これからも妖魔の大将として妖魔を解放していこうと私は心に誓うのだった。
深夜、封天寺・トイレ前
「トイレトイレ…」
ガチャ…
「…あ、」
私がトイレの戸を開けると、本来そこにあるはずのない顔と目が合った。
「…へ?…ぎゃあーーーーー!」
「うわぁーーーーー!!びっくりした!お前の声にびっくりした!」
そのとき、騒ぎを聞きつけた覚が目をこすりながらやって来た。
「…ん…どうかされたんですか…?」
「ああ、覚!いや、どういうわけかトイレの戸を開けたらさっきの学校のトイレにつながってて!…覚!?なんでそんな目をしてるんだ!?違うからな?俺はこんなことしないし出来ないからな!?…そうだ!きっと花子の妖力を強く浴びすぎたんだ!花子もなんとか言ってやってくれ!」
「…最低…こんな妖術を使ってまであたしのトイレを覗くなんて!死ね!!」
「ゲンヨウさん…見損ないましたよ…私たちの大将ともあろう者が、こんなセクハラ野郎だっただなんて…しかもロリコン…」
「せくはら?ろりこん?なんだそれ、その言葉はまだ知らない…じゃなくて!意味は分からないが今ものすごい勘違いをされてるよな!?…ちょ、待ってくれ!覚ー!」
この後日が昇るまで説明して何とか信じてもらえた。
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