遠く離れた幼馴染と
ナナシリア
遠く離れた幼馴染と
二年ぶりに会う彼女は、三個下だとは思えないくらいに大人びていた。
二年前はあれほど仲良くしていたのに、今となっては話しかけることすら躊躇ってしまう。
「……あの、優花、だよね?」
引け腰で話しかけた俺の様子を見て、彼女はぱあっと表情を明るくする。
身長も少し伸びて、顔つきも大人びて、すっかり成長してしまっても、そういう素直なところは変わらなかった。
「翔太さん! お久しぶりです」
「久しぶり。東京は、どう?」
「どこ行っても島よりずっと都会ですよね。何となくわかってたことではありますけど」
「それに関して言えば、島がド田舎すぎるっていうのもあると思うけどな」
彼女の話し言葉には、まだほんのり関西弁が残っていて、島での記憶が懐かしく思い出される。
「っていうか、なんで敬語?」
「二年ぶりだし、もう大きくなってきたので、年上には敬語かなーって思って……」
「そっか。まあ敬語でもタメ語でも、好きな方使えばいいよ」
嘘だ。
本当は、敬語を使われるとどこか距離を感じるから、タメ語を使って話してほしいし、翔太さんなんて余所余所しい呼び方をしないでほしい。
しかし、彼女の大人びた顔つきをちらりと伺うと、それは叶わないように思える。
寂しさを隠すように、俺は下を向きながら、家に向かう歩みを進める。背後にはっきりと彼女の気配を確かめる。
「翔太さん、こんな都会に住んでるの?」
「まあ、山手線沿いが良かったから。駅から徒歩六分らしいよ」
「めちゃくちゃ大都会じゃん。駅から徒歩何分とか、実在するんだね」
「ははは……。島には電車なかったもんね」
はしゃいだ様子の彼女が東京に慣れるのは、いつになるだろう。
俺はたぶん、一年経ってもまだ慣れてはいなかったと思う。
「それはそうとして、わたしの夢! 山手線に乗ること! 叶いそうだね」
「そうだね。この家に住んでたら山手線が一番便利だから」
「こんなに都会で駅近で、しかも2DK風呂トイレ別! めちゃくちゃ家賃高いんじゃないの?」
彼女は親の金で払うことになるから、どれだけ高かろうと無関心なのだろう。だからこそ浮かべた悪いことをするような表情が、島の記憶を呼び起こす。
「家賃十二万……。毎月死ぬほどバイトしなきゃ生きていけなかったから、正直来てくれて助かってる」
俺のバイトは時給およそ千三百円なので、毎月九十二時間バイトすることでようやく家賃が払える。食費諸々合わせると、かかる費用はさらに高くなり、平気で十五万を超えてくる。
そのため、親からの仕送りを加算したうえで、一日六時間週四日でバイトをするという生活を送っていた。
そんなことをしているともちろん大学の講義には置いて行かれ、何とか進級しているが常に卒業が怪しいという状態に。
そんな生活を続けていたある日、親から電話が。何かと思い電話に出ると……。
『幼馴染の優花ちゃん覚えてる? あの子が東京に住みたいって言ってるやけど、翔太の部屋2DKやろ? 一部屋貸してくれへん? あ、家賃は優花ちゃんの親が払ってくれるらしいから。全額払うって言ってたけど半額でええよって言っといたで』
なーにが「半額でええよ」じゃボケぇ。
はじめはそう思ったが、逆に半額もらえるということに気づき、慌てて計算を行った。月に必要な生活費は、およそ十七万だが……家賃の半額の六万と、親からの仕送りの五万を引くと……。
六万。これを時給の千三百で割ることで計算した、ひと月あたりに必要なバイトの時間はどうなるだろうか。
四十、六……?
一か月を四週間として扱うと、週に必要な労働時間は十二時間弱である。なんと土日それぞれ六時間バイトすることによって、これを賄うことができる。
「部屋貸します。貸させてください」
計算を行う俺にずっと喋りかけていた母は、唐突に敬語で話し始めた俺の言葉を聞いた。先ほどまでキレ散らかしていたのに、「う、うん……」とだけ言って電話を切った。
「つまり翔ちゃんは、わたしには興味なくてわたしが払うお金にだけ興味があるってこと?」
翔ちゃん、という言葉を聞く。
内心で飛び上がったが、おくびにも出さない。
「優花じゃなくて、優花の親な」
「そう思ったでしょ? 聞いて驚け、わたしもバイトして家賃とその他諸々を払うことにしたんだ。初期費用はお父さんに払ってもらうけど……」
真っ先に思ったのは、優花を苦労させたくない、ということだった。
俺も高校生時代にバイトをしていたが、やはり高校生くらいの若さから働いているといつか心を病む。
「あれ、そういえば優花って何年生だっけ? 今は高校三年?」
「そうそう。来年から三年生になる代」
「ってことは優花もあと一年で卒業なのか……。転入して一年で卒業って、大丈夫?」
彼女は、高校一年と二年の間は島の高校に通っていたという。
「うーん、たぶん? 勉強面は大丈夫だよ、島の高校よりずっとレベル高いところに転入するから」
「それに関して言えば島の高校がカスなだけだと思う」
あの島の高校の最高偏差値は、なんと六十である。もしかしたらまあまあ優秀だと思うかもしれないが、普通に大間違いだ。県で一番頭のいい高校は偏差値七十四なのに、島に住んでいるせいで通えないのははっきり言ってカスだ。
「あそこわたしたちの家からもクソ遠いじゃん。めちゃくちゃストレスだった」
「田舎だけあってバス絶対座れるからそこだけはよかった」
「そんなんあの島だったらどこでもそうでしょ」
「まあ、優花には俺と同じ思いしてほしくないし、いい高校行けるならそれでいいけど……友達できないかもよ」
脅しのような言葉をかけてみると、優花は唇を尖らせた。大人っぽい顔つきの彼女がそんなことをすると、妙に色っぽい。
「冗談だよ。関西人珍しいだろうし、すぐ友達出来ると思う。東京都民は人間関係に飢えているから」
「ええ、そうなの? 東京の人友達多そうじゃん」
「表面上の友達は多いだろうけど、俺たちみたいに毎日俺の家に入り浸るような友達はほとんどいない」
……まあ、俺も東京の高校生事情に詳しいわけではないんだけど。
「懐かしいなあ。よくスマ〇ラやったよね」
「優花はどうぶ〇の森の方がいいっていつも言ってたじゃん。あれ二人プレイのゲームじゃないからな」
「それは昔の話でしょ、掘り返さないで」
「先にス〇ブラの話してきたのはそっちだろ……。あ、あれが俺の家だよ」
自分の家を指さして、優花に見せる。
「そして、今日から優花の家」
遠く離れた幼馴染と ナナシリア @nanasi20090127
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