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  • 第58話 漢字の読み方への応援コメント

    >これは本来「ぐどうしゃ」と読むが、今は「きゅうどうしゃ」と読まれることが多い。
    それは初めて知りました。
    言葉で「きゅうどうしゃ」なんて聞いたら、弓道者? 弓道舎? ってなりそうです^^;

    人名・地名は、知らないと仕方ない面はありますよね(;´∀`)
    もちろんテレビ番組や雑誌など、あるいは直接会うのであれば、確認するのが当たり前ですけども。

    作者からの返信

    この言葉は『宮本武蔵』で覚えました。
    「ぐどうしゃ」という発音はカッコいいと思いますが、テレビでアナウンサーが「きゅうどうしゃ」と発音していてがっかりですw。

    水上勉(みずかみつとむ)の名前の読み間違いは生前からずっとあって、本人も晩年テレビ・ラジオ・週刊誌で「わたしはみずかみです」としきりに力説していました。
    それでも結局正しい読み方が浸透しなくて、「水上勉ほどの大作家でも」とちょっと切なくなりました。

  • なんせ江夏投手は9人三振を取らず虹打席の王選手を三振に仕留めて世界記録を作ったような方ですからね。
    引退後の巨人とのOB戦を岡山県営球場で見ました(1986年)が、美味いこと打者広岡まで回して、その広岡氏を三球三振に切って取るところを見ました。広岡氏、手も出ないほどでした。あれは、圧巻でした。
    ~西武時代の遺恨を、そこで返したようなお話です(苦笑)。

    作者からの返信

    巨人阪神のOB戦を岡山でご覧に。
    それはすごい。
    86年というとまだ江夏と広岡の遺恨が充分ホットなころで、江夏も燃えたでしょうね。
    もう江夏のような投手は今後出てこない……といったら老害扱いされますが「そうはいってもやっぱり出てこないだろう」と思いますw

  • 第21話 比喩と会話への応援コメント

    いい会話、表現したいと思っていますけど、なかなかうまくできないですね。
    書いている方としては、とりあえず事実(フィクションなら、そこで起きているとされる)をもとにそれを文書化、という意識でやって行くので精いっぱいのところがあって、なかなか、全体を見ながら書ける域には達せていません。

    でも、どうせやるならいい会話の文章と言われるものを目指したいですね。

    作者からの返信

    これは自分の偏見ですが『チェンソーマン』の藤本タツキはさりげない会話があきれるほどうまいです。
    ただ漫画と小説はセリフの質が全然違うのであまり参考にならないのが残念です(苦笑)。
    一時期SF作家の冲方丁さんを「日本で一番会話がうまい作家」と思っていました。
    なんといいますか、会話だけで重厚な物語が進んでいく印象があって初めて読んだときは驚きました。
    あれを真似したいのですが、自分には無理でした。

  • 第18話 継母ものへの応援コメント

    継母ものの物語、確かにあまり見かけなくなりました。
    ただ、継母と言ってもすべてが悪いパターンばかりでもないですね。

    これは小説というにはずれ切った世界ですが、
    ビジネス啓発書で有名なナポレオン・ヒルのエピソードでは、
    血のつながった身内ではなく、途中から来た継母にのみ自分が認められたというストーリーが描かれていました。
    (本当かどうかはわからないが)カーネギーの提案を受入れたことを話して、唯一自分を認めてくれた親族は、その継母だけだったともありました。

    ビジネス書とはいえ一つの小説とみてそのストーリーを読むなら、なるほど、こんなのもありかな、と。

    作者からの返信

    ナポレオン・ヒルの話は初めて聞きましたがいいですね。
    たしかに「血が繋がっていないからこそわかるよさ」はあると思います。
    実母であっても継母であっても「自分の息子の資質を認める」のは親の大事な仕事と思います。
    これができたのだからナポレオン・ヒルの継母はきっと立派な人なんでしょうね。
    ちょっと羨ましいですw。

  • なるほど。
    司馬遼太郎さんのチャンバラが説明的であるなら、私なんかその説明のデキソコナイくらいのものしか、書けそうにないです(汗汗)。
    ~ まあその、時代劇、ましてチャンバラを書いたことがないからというのもありますけど(苦笑)。

    作者からの返信

    自分は司馬遼太郎さんの小説は中~後期のものはあまり読んでなくて、初期に書かれた霧隠才蔵を主人公にした『風神の門』が好きです。あれは全編躍動感と伝奇性があって夢中になりました。ただ『宮本武蔵』は本当に小説というよりエッセイのような文体で「あれ?」と思いました。たぶん司馬さん武蔵を好きじゃなかったと思いますw

  • 侍の作法というのはしたきりを含むもので左利きであっても右に「矯正(強制)」されるものでしょう。
    これがアメリカ伝来の野球になると、途端に左は一部で有利な要素となっているくらいですからね。
    投手の左投は、希少さゆえに昔から重宝されていました。実力が飛び抜ければなおのこと。
    打者の左打に至っては、実はあの右投手の澤村栄治も左打ちに転向したように、昔から一塁ベースに近いということもあって右打ちより重宝されています(とくにアメリカではなおのこと)。日本では昭和末期まではまだ少なかったですが、今や左打の方が投げる腕に関係なく多い時代になったくらいですからね。~それで逆に右の強打者なんてのがサウスポー投手のように重宝されるわけでして。

    作者からの返信

    侍社会は極端な右利き偏重社会ですが「本当は左利きのほうが有利」な分野はたくさんあるんでしょうね。
    野球についていうと自分が知りたいのはある野球好きの人のやり取りで「投げるのも打つのも今は左が有利」という主張が優勢な中で、ある人が「四番とクローザーだけは右にしとけ」といったことです。
    論争はそれで終わったのですが、妙に説得力がありました。
    あの「四番とクローザーは右」の論拠を知りたいです。

  • 先日は拙著にコメントありがとうございました。
    ちょっと人様の玉稿を拝読したく存じまして、やって参りました。

    「孤独の百年」なら、あ、そ。
    そんなものでも、
    「百年の孤独」とすれば、あら不思議。
    小説が売れるどころの騒ぎではありませんようで。
    高級な焼酎のラベルにもなっているくらいですからね。
    ↑ ある方にいただいて飲んだことあります。確かに、美味かったです。
     なんせ、今上天皇が皇太子時代に飲まれたという話もあるそうで。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    仰る通り「主語と述語を逆にするだけでこんなに印象が変わるんだ」と驚きました。
    同名の焼酎を飲んだことはありませんが、ちょっと飲んでみたいです。


  • 編集済

    第62話 『魔界転生』再読への応援コメント

    コメント失礼します。

    全く同感です。
    敵の陣営の顔ぶれを並べる手腕が見事なのです。
    芝居の座組に喩えると、その面々が最適であり、余人をもって換えがし。
    そう感じさせる構成。
    ワクワクしてしまう筆致。

    物語はキャラクターをちゃんと作れば勝手に転がる(のも力量ですが……)
    そんな感じがします。

    私もまた〝魔界転生〟を再読したくなりました。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    木山さんも『魔界転生』がお好きなのですね。
    自分は高校生のころまず映画で見て、それから原作を読んだのですが、映画も傑作ですが山田風太郎の小説が面白すぎて熱が出ました。

    とくに宝蔵院胤舜と柳生十兵衛の断崖絶壁の決闘は興奮しすぎて、読んでいて思わず椅子から立ちあがりました。
    ああいう読書体験はその後もないです。

    ノスタルジーの一言では片づけられない豊かな鉱脈が、まだ山田風太郎の小説群には埋蔵されたままのような気がします。
    それを掘り起こしたいなと最近しきりに思っています。

  • たしかに、言われてみればその通りですね。「百年の孤独」は、「孤独」という言葉に重きが置かれていて、全体としてひとつの雰囲気や象徴のように感じられます。それに対して「孤独の百年」となると、まるで一人の人間が「私は百年間孤独だった」と語るような、どこか回顧録や紀伝体を思わせる印象になりますね。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    「孤独の百年」だとなんだかふつうの感じがしました。
    「百年の孤独」だと神話的な凄みを感じます。
    あくまで個人的な感想ですが、この邦題を考えた人は思い切って良くこのタイトルにしたと思います。
    今の出版界では難しいのではないでしょうか。

  • なるほど。
    三島由紀夫の演説は昼食時だったのですか。
    それで昼食抜きになった自衛隊員に罵倒されたと。
    初めて知りました。
    でも、そうでなくとも、あのクーデター(?)が成功したとは、とても思えませんけどね。
    そういえば、ある本に「三島由紀夫は食の名店によく通っていたけれども、食通、グルメではなかった」と書いてあったのを思い出しました。
    一流好きではあるけれど、味や食の楽しみには疎い人だったみたいですね。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    三島由紀夫が「食通、グルメではなかった」というのはすごくわかります。
    なんというあの人の食事の場面を読んでもあまり美味しくなさそうなんですよね(苦笑)。

    自分は三島の最高傑作は実質的なデビュー作『仮面の告白』と思っています。
    仮面~は華美な文体で綴られた私小説で、スタイルはちがいますが太宰治のデビュー作『晩年』も同じ私小説です。
    三島は太宰を批判して、その後ボディビルを始めて肉体改造して作風や文体も変わりましたが、果たして三島の文学が太宰を凌駕したといえるのかどうか……ちょっと悩むところです。

  • 第36話 物書きの冬支度への応援コメント

    なにかわからないけど、情趣豊かな話でした。
    よくわからないけど、いい感じです。

  • まったく同感です。

    自分もこの二作品をかなりの熱心に観ていました。
    そして、もう一度観ようとは思えませんでした。
    悲しい話は苦手なんですよね。

  • 矢口高雄の作画の描写力は尋常ではないと言われていますね。
    私は水の表現と朝夕、季節の演出が突出しているように思いました。
    もちろん作話も詩情に溢れていますね。

  • 第17話 半神への応援コメント

    たった16ページであれを表現したのが驚異です。
    もちろんそれが最適解だったのでしょう。短ければ偉いというわけでなく、その作話の収斂度合いに寒けがします。

    萩尾望都作品はちょっと異質な完成度がありますね。


  • 編集済

    釣りキチ三平、懐かしいなあ。
    確か初登場は鮎釣りだったかな。
    お爺さんの竿師であり鮎釣り名人の一平さんの記録を破って、三平が颯爽と登場するんですよね。
    それから巨大な野鯉を釣る時は、三平が水面をはねる鯉の背中に乗っていた場面があったような……
    特に最初の頃のお話の印象が強いですね。
    それまで釣りを題材にした漫画なんて読んだことがなかったので、幼心に衝撃的でした。

    追記)失礼しました。矢口高雄さんで「釣り」だったので、つい「釣りキチ三平」のことと暴走してしまって (^^;)
    そういえば、同氏のやはり大昔の作品で「バチヘビ」っていうのもあったような。
    確か、あれからツチノコがブームになったんですよね。

    作者からの返信

    おひさしぶりです。
    ツイッターで短編『チライ・アパッポ』が評判だったのでそれ目当てに読んだのですがすばらしかったです。
    幻想的な大人の悲恋もので釣りキチ三平とはだいぶ作風が異なります。
    『釣りバカたち』の3巻に収録されているのでEvelynさんもお暇な時に読んでみてください。

  • ああ、なるほど。
    私が司馬遼太郎氏の「義経」を読んだ時の不満はそれだったんですね。
    義経が主人公なのに一ノ谷や屋島、壇ノ浦の合戦の描写が殆ど無くて、義経が頼朝と不和になり破滅していく理由、心理を追っていくばかり。
    読者としては不完全燃焼に陥りますよね。
    もしかすると司馬氏も自身の文体が戦闘描写に向いていないことを自覚していて、あのような構成にされたのかも。
    ありがとうございます。
    やっと謎が解けました。

    でも、じゃあ私の「為朝伝」の文体は何調なんでしょうね。
    ちょっと気になるなあ (^^;)

    作者からの返信

    おひさしぶりです。
    仕事がバタバタしていて返事が遅れて申し訳ありません。
    司馬遼太郎の小説は正直苦手ですが、でもものすごい人気がありますよね。
    司馬さんの作品は「半分小説半分エッセイ」が特徴と思います。
    読んでいるとしばしば「ここ小説になってない」「これはエッセイの文体だ」と思いますが、ああいうのが読者に喜ばれる。
    今人気の百田尚樹さんも「半分小説半分エッセイ」が特徴ですがすごい人気がある。
    人気があって羨ましいですが、自分はもっとけれんみのある文体が好きです。

    Evelynさんの文体は「現代の美文調」と思います。
    雅やかなリズムがあるけれど決して古臭くはない。
    まぎれもない「今」が文体に宿っていて同時に伝奇的な官能味もある。
    最初に読んだとき山田風太郎がお好きなのかな、とちょっと思いました。
    為朝伝これからも楽しみに読ませてもらいます。
    自分もがんばりますw。