美しくない私はさよならを告げる

 穴の空いた金色が吸い込まれていく。私はぱちんぱちんと手を打ち鳴らして頭を下げた。二礼二拍手一礼だったか、うろ覚えの礼儀作法を頭に思い浮かべ、拍手の前にし忘れていた礼を追加する。

 私が散歩ついでに訪れるのは住宅地の中に佇むこの小さな神社だ。少し離れた所にある大きな神社の方が有名だけれど、こっちの方が何となく、近所の顔見知りに挨拶する気分になる。


 ここに祀られている女神は美しい妹をもつ美しくない姉。共に同じ神様へ嫁いだが、美しくないという理由で姉だけが拒まれたという。妹は妹でお腹の子どもが夫の子かどうかを夫に疑われたというから今流行りの『ざまあ系悪役令嬢モノ』だと、笑って言ったのは私の妹だった。

 私より美しく賢い妹がどんな気持ちでその話をしたのか、私には分からない。ただ選ばれなかった姉の話が頭に残っていて、彼女が祀られている神社が近所にあると知ってからは気持ちがざわつく度にここを訪れていた。


 ここからは富士山が見えない。

 富士山の化身である妹の姿が見えないところでこの姉は、荒ぶる雄神――元彼の従者にあたる神を諌める役割を担うという。上司が身勝手な理由で振った女に見張られていると思うとちょっと雄神が可哀想な気もするけれどそれより何より、妹と比較されない環境で暮らす姉が羨ましかった。


 神社に背を向けかけた私はふと思い直して境内の奥へ足を踏み入れる。小さな社と背の低い鉄棒だけがある空間は神社と呼ぶほど厳かではなく公園と呼ぶにはにそっけない。錆の浮いた鉄棒は私の腰よりも低く、触れてみるとざらざらして指先が黒く汚れてしまう。

 前回りも逆上がりも豚の丸焼きもぜんぶここで覚えたし、真似をしたがる妹につきっきりで教えて、夕方五時のチャイムが鳴るまでここで遊んでいた。


「お姉ちゃん」


 十数年聞いてきた、鈴を転がすような愛らしい声。制服姿の妹の肩で艶やかな髪がさらりと流れる。


「やっぱりここだった。帰ろ」


 ブレザーの似合う女子高生になっても私を呼ぶ甘えた声は昔のままだ。伸ばされた手に応えようとして、絆創膏を巻いた上に錆で汚れた自分の指先に躊躇ってしまう。

 絆創膏は荷造りの時うっかり切ってしまった痕だ。

 明日、私は進学のために県外へ引っ越す。私は妹と比べられず自分の人生を生きられる。そうなるのをずっと願ってきたはずなのに、胸のざわつきを抱えてここへ来てしまった。


「いいじゃん、今日ぐらい」


 妹の手が強引に私の手を握る。

 からんと一度だけ、笑いをこらえるかのように、神鈴が音を立てた。

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