第44話 光に背を向けて

 教師という人種、それこそ校長にとって最も気まずい瞬間は、学校とは別の面を生徒達に目撃されるところだ。


 例えば、普段はビシッとスーツを着こなしているのに、プライベートはチャラかったり。

 例えば、厳しい体育教師が子供と満面の笑顔で我が子と戯れていたり。

 そして、今にも死にそうな程に血を大量に流している校長は誤魔化すことは難しい。


「‥‥‥え!? え!? 安藤さん!!? 大丈夫ですか!?」

「いやいや、こんな満身創痍の人間が大丈夫なわけないでしょう! 安藤さん、何があったか知らんけど、すぐに病院に行こう!」


 心の底から心配している様子の大橋桜と里中杏奈。今日は土曜日の上に部活も無かったはず。それでも一緒にいるとはさすがだ。

 不幸中の幸いで、辺りにはこの2人以外はいない。


(どうするか。気絶させて何処かに運ぶか‥‥‥?)


 そこまで考えて、安藤は思い直す。


(いや、もう俺は生徒に暴力を振るえない。この2人を含めた放送部員達には特に)


 安藤の武器の一つである「冷血さ」が失われつつある。

 それはつまり、これ以上秘密を隠すことができないことを示していた。


「‥‥‥済まない。君達が今の私に近づくと大変な目に合う。どうかその前に立ち去ってほしい」

「何言ってんの!? 意味分かんないって! とにかく病院!」

「私は、殺し屋なんだ」


 いきなりのカミングアウト。普通は信じてもらえない。


 しかし、つまらない冗談は言わない安藤の口から発せられたとすると話は変わってくる。

 桜と杏奈は顔を見合わせる。

 只者ではないとは気づいていた。しかし、そんな映画みたいな秘密を持っていると、ベタすぎて逆に予想してなかった。


 ヨロヨロと、スマイルの事務所に戻ろうとする安藤に、2人は何もできない。

 何かしたいけどできない。人間にとってこれだけ悔しいことはない。特に杏奈は安藤に大きな貸しがあるため尚更だ。

 頭が回らない中、杏奈は勢いで叫ぶ。


「頑張って下さい!」


 頑張れ。

 既に頑張っている者に対して言ってはいけない台詞だとは、世間にも浸透している。しかし、自然と口から出ていた。


「‥‥‥」


 自分の凡ミスに青褪める杏奈。

 もしかしたら、これで最後になるかもしれない恩師に、なんて軽薄な言葉を吐いてしまったのだろう。


(あぁ。なんで自分はいつもそうなんだ。間が悪い。間が抜けている間抜けだ)


 自己嫌悪に苛まれ、下を向く。安藤と目を合わせる自信がなかった。


「ありがとう。頑張ります」


 しかし、安藤はいつも通りの真顔でこう返した。

 生徒にバレた。もう学校という居心地の良い表舞台には戻れない。しかし、最後に生徒から声援をくれた。

 これに応えなかったら、男じゃないだろう。


 激痛に耐えながら事務所に戻る。

 2度と戻れない表舞台に背を向けて、死と隣り合わせである戦場に再度挑む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る