第35話 レセプション②

部屋の真ん中にテーブルが置いてあり、その上に大盛りに盛られた料理がいくつか並べられていた。

 よく見ると、本日提供される予定の料理っぽい。


「???えっ…もう出来上がった?」

 料理に目を奪われていたが、部屋の隅に以前セドリック様がエスコートされていた例の女性諜報員の方が立っていた。


「とにかく、入れ」

 プジョル様にグイグイと背中を押されて押し込まれるように部屋に入った。

 部屋は料理の匂いが充満していたが、料理はすっかり冷めているようだった。


「プジョル様、これは?」

「なあに、調理部が怪しいって話だったから、ミクパ国のヨゼフ皇太子殿下が自らミクパ国の料理を例のレストランで用意してくださった。今回、これもミクパ国側からのお土産として披露することになった」

「では、調理部が作ったものは?」

「ミクパ国のお土産云々は伏せておいて、毒味をする体でこの部屋に持ってきて、交換をする。そして、製造者責任で奴ら達で食していただこうではないか!」

 そういうと、プジョル様は綺麗なお顔をニヤッと悪そうに歪めた。

 

 製造者責任で食べてもらう??

 もし、毒が混入しているとして、食べるとなると…

 とんでもない地獄絵図だ。

 思わず、ブルッと身震いする。


 そんなプジョル様を横目に例の女性と目が合うと、彼女もそんなプジョル様を見て、苦笑いをした。


「彼女と面識があると思うが、諜報員だ。とりあえず、この料理の護衛を頼んでいる」

「わかりました」


 その時、扉がノックされてプジョル様が呼び出された。


「悪いが少し席を外す。ここで待っていてくれ。私が戻ってきたら調理部に行くぞ」

「はい!わかりました」


 例の女性と料理を挟んで、部屋でふたりきりになってしまった。先日のこともあるので、勝手に嫉妬していたとはいえ、なんとなく気まずい。


「今朝は早朝から料理の護衛をされていたのですか?」

 わたしが突然、彼女に話しかけたので、一瞬肩をビクッと震われた。

「そ、そうですね。夜明け前には待機しておりました」

「それは早いですね」

 会話が続くこともなく、沈黙となってしまった。


「あ、あの… アトレイ様とご結婚されていたとお聞きしまして、この間は仕事だったとはいえ、嫌なお気持ちになられたのではないですか?気になっていまして」

 怯えるような眼差しで彼女は恐る恐るわたしに尋ねてきた。


「全然大丈夫ですよ。お気になさらず」

 即座に笑顔でそう答えたが、語尾は自分だけが気づくぐらいだが声が小さくなった。


 そのたったのひと言なのに、諜報員のような人の機微に敏感な仕事柄の彼女はすぐに気づいたようだった。

 彼女の顔が心配そうに曇る。


「あの…いや…その…」

 言い訳をしようとしたがしどろもどろとなった。余計に変だ。

「やっぱり、喧嘩でもされてしまいましたか?」

「いや…そうではなくて… あなたには隠し事ができませんね。お恥ずかしいお話ですが、実はあなたのおかげでセドリック様に対する自分の気持ちに気づくことができました」

「へっ??えっ??」

「わたし、仕事が最優先で仕事を愛していると自負しているんです。でも、仕事中だったのにセドリック様に肩を抱かれているあなたに嫉妬して泣いたんですよ」

 彼女は困惑している様子だ。

 そりゃそうね。

 思わず、ひとりでクスッと笑ってしまった。   


「実はですね…」


 下手に言い訳を並べるよりも、正直に話したほうが真意が伝わるだろう。

 そして、彼女は気にしてくれていたようだし、悪い人ではないと思える。


 いままで恋をしたことがなくて、結婚をして初めて人を好きになったこと、初めて嫉妬という感情を知ったことを話した。


 

「………だったんです。今ごろですよね」

 

 ひと通り説明して、自虐的に笑って締め括った。

 それでも彼女は真剣に聞いてくれていた。


「そうだったんですね。嫉妬はわたしもですよ。プジョル家の影で貴女様の護衛をしていたのはわたしの主人です。貴女様は意識しておられなかったと思いますが、主人といつも一緒にいられる貴女様が羨ましかったです」


 彼女からの予想外のことを明かされて、驚きを隠せない。

 目を白黒させていたら、彼女と視線が合った。

 少しの間を置いて、ふたりで顔を見合わせて吹き出すように笑った。


「こんなことってあるのですね」

もう、驚きと可笑しさで笑いが止まらない。

「本当にすごい偶然ですよね」


 ふと、思った。

「あの… もしよろしければ、わたしとお友達になってもらえないですか?わたしは、シェリー•アトレイと言います。シェリーと呼んでいただければ」

「そんな、恐れ多いです。次期侯爵家夫人ですよね。わたしは平民ですし」

「身分なんて関係ないですよ。わたしは仕事をしている女性の友達がいません。もちろん、共働きされているような。あなたとわたしだったら共通点も多く、良いお友達になれると思いませんか?きっと、あなたもきっと仕事を愛していますよね」

 彼女は笑いながら誇らしげに口角を上げた。


「ええ!とても愛しています」


 また、再びふたりで笑ってしまう。


「フィーア•アットです。フィアと呼んでいただければ」

「よろしくお願いします。フィア」

「こちらこそ。シェリー」


 まさかの展開だったけど、勇気を出してお願いをして良かったと心の底から思った。


 和やかな空気で包まれた部屋の扉が遠慮がちにノックされて、プジョル様が顔を覗かせる。


「シェリー嬢、出陣だ」

「はい。すぐに行きます」


 いよいよ、調理部へ。

 わたしはプジョル様を追いかけるように廊下に出て後に続いた。

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