第2話 奴との邂逅

 「・・一体、何が――?」


 思わず、周囲を見渡す。

 さっきまで陽の光が降り注いでいたコンクリートの街並みは、まるで幻だったかのように影も形もなく、代わりに広がっていたのは、光ひとつ差し込まぬ漆黒の空間だった。


 「こんな・・。あり得ないだろ。まさかドッキリとかか?」


 一瞬で目の前の景色が切り替わる。

 言葉は冗談めいていたが、心の奥ではすでに「違う」と分かっていた。

 それでもあまりに現実離れした状況に、願望混じりの逃避が口をついて出る。


 瞬きしても、頬をつねってみても、世界は変わらなかった。


 「・・現実逃避をしている場合ではないか。まずは連絡を取らないと。」


 頼れる存在として、まず思い浮かんだのは矢上だった。

 スマートフォンを取り出すも、表示は「圏外」。

 GPSも反応はなく、自分の現在地すら知る術がない。

 通信が絶たれたことに、肩が自然と落ちる。


 「はあ~。ひとまずは、現状把握をしたいけど・・。現在位置もわからないんじゃ、どうしようもないな。」


 遭難したときは、むやみに動かず、救助を待つ――。

 そんな知識が脳裏をよぎる。


 「・・でも、本当にこの場所に、その常識が通じるのか?」


  ふと胸をかすめたのは、言葉にしがたい不安だった。

 遭難したときは動かず救助を待つのが鉄則だったが、この“空間”がその常識に当てはまるとは、とても思えない。。


 そもそも――光源もないのに、周囲が見えている時点で、この場所が現実の理から外れているのは明らかだった。


 「ともかく、落ち着こう。呼吸を整えて、先ずは状況を整理するんだ。」


 自分に言い聞かせるように、ゆっくりと深呼吸を行う。

 そして、混乱する頭を冷やすためにも、腰を下ろして休憩することにする。

 そう思い、腰を下ろそうとしたが、踏ん張り切れずに尻餅をついてしまった。


 「これは・・。思ったよりも、緊張しているな。」


 自分が思っているよりも、この異常事態についていけていない・・。

 気づけば、緊張によるものか、体の強張りを強く感じていた。


 「ははっ。この年になって、こんな醜態をさらすとは、人生何があるか分からないもんだ。」


 軽口を叩いてみせることで、どうにか心を保とうとする。

 だが、耳に届く自分の心音が、いかに冷静でいられていないかを告げていた。


 「・・落ち着け。まずは状況の整理、連絡手段の確保、それに――。」


 どうにかして現状を把握して、連絡手段を確保しなければ。

 命にかかわる可能性すら十分にあると恐怖する。

 そんな危機感が、ようやく思考を前へと押し出した。


 「そういえば、持ち物の確認すらしていない・・。どれだけ緊張しているんだ、私は。」


 慌てて、現在の持ち物を確認したら以下となった。


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■持ち物一覧

・スマホ(充電有) ※圏外

・腕時計

・リュック ※仕事用の少し大きめのやつ

・水(500ml) 2本

・ゼリー飲料 1個

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 「これだけか・・。」


 私は、心許ない内容物をみて、ため息が漏れる。


 「これじゃ、数日と持たない。早いとこ外にでるか、救助が来てくれないとまずいな。」


 水は熱中症対策として大目に持っていた。

 だが、一方で食料としてはゼリー飲料一つ。

 節約しても、せいぜい三日と保たないだろう。


 ――動くべきか、待つべきか。


 自身の体力、知識、そしてこの場所の異質さを鑑みて、私はひとつの判断に至る。


 「・・待とう。」


 決断は”待つ”ことにした。

 少なくとも、今日は動かない方がいい。

 もしこの状況が“誰か”の意図によるものなら、いずれ何らかの接触があるはずだ。

 体力を温存し、次に備える方が理にかなっている。


 方針を定めると、少しずつ緊張が和らぎ、改めて辺りを見回す余裕も生まれた。


 「本当に黒一面という感じだな。・・妙だな。明るくないのに、見えるってどういう・・。」


 全方位見てみたが、光源となるものはなく、建物も見当たらない。

 そうして、しばらく観察していたが、何者かの接触もイベントも何も起こらなかった。


 「動いても仕方ないか・・。体力も無駄に消耗するだけだし。」


 なるべく体力を温存するため、リュックを枕に地面に横たわる。

 安心するべき材料は何もない。

 だが、人間横になると、なぜだか瞼が重くなる。


 というよりも、一般人の私には緊張をし続けるということがそもそも無理だった。

 横になるという行動を取ったことにより、半強制的に緊張が解けてしまう。


 考えてみれば、今日は炎天下の中で、移動により疲れが溜まっていた。

 そこに来て、この拉致からの緊張の時間により、疲労をかなり感じる。


 「眠るのは流石にまずい・・気を張らないと・・。」


 だが、やはり疲労には勝てず、視界は閉じられてしまった。


 「まずいっ!寝てたか!?」


 ハッと目を覚ますと、いつの間にか眠っていたらしい・・。

 目覚めたときには、すでに六時間が経過していた。

 まさか、こんな場所で爆睡してしまうとは。


 「・・嘘だろ。こんな場所で熟睡したのか、私・・?」


 思わず、呆れ混じりの笑いが漏れる。


 「ははっ、バカみたいだな・・」

 

 「はははっ!ここで寝るとか、笑えるww」


 ――だが、そのとき。

 自分の声に混じって、どこか楽しげな、聞き覚えのない笑い声が聞こえた。

 咄嗟に起き上がり、周囲に目を走らせる。


 だが、視界には何も映らない。

 ただその声だけが、どこか楽しげに響いていた。


 「いや、まさかこの場面で寝るとは恐れ入ったね。他の人間も色々な反応をしているけど、君ほどにユニークな動きをするのはそういないよ。」


 声の主は見えなかった。

 姿はなく、ただ声だけがどこからともなく届く。

 声の感じからして、すこし子供っぽいような気がするが、得体の知れない何かが潜んでいるように感じた。


 私は慎重に言葉を選びながら、問いかける。


 「この場面で、声をかけてきたということは、貴方は私をここに連れてきた人と関係があるのでしょうか。良ければ、現状の説明等いただけないですかね。」


 「うーん、まあ面白かったから、教えてあげるよ。君をここに連れてきたのは、僕だね。そしてここは、君が元居た空間とは隔離されている。理由はいくつかあるんだけどね。こんな説明で良いかな?」


 ふざけているようにも思えるその口ぶりに、内心では警戒を強める。


 「申し訳ないのですが、もう少し詳しくご教示ください。例えば、私は元の場所に返してもらえるのか。貴方の目的は何か。そもそも貴方は何なのか。」


 少しの間があったあと、その声は軽く笑って言った。


 「僕が何か・・ね。ははっ!例えば、人ではないって思っているのかな?」


 心の内を見透かされたようで、わずかに動揺が走る。

 その不気味な質問に対して、踏み込んで聞くか迷う。

 けれど、なるべく落ち着いた声で答えた。


 「それはわかりません。ただ、こんな非常識な空間を用意できること、そして貴方が先ほど「ほかの人間も」という言葉を使用したので、貴方は「人間」以外ではないかと、思っただけですね。」


 「なるほどね。推理としては、あてずっぽうだけど、結果としては合ってたね。そう、僕は「人間」ではないね。」


 「では、貴方は・・」


 私の言葉を遮るように”奴”はその名前を口にした。


 「僕はね、君たち風に言うと”神”——ってやつ、かな。」


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