第31話 今はヒモ生活を続けたい
「ただいまー」
翌日、朝になって、佳織姉さんは打ち上げから帰宅し、足早に彼女を出迎える。
「へへ、ごめんね、遅くなって」
「いえいえ。お疲れ様でした」
「うん。終電間に合いそうになかったから、友達の家に泊まっちゃった♪ と言っても、桜さんのマンションなんだけどね」
なるほど、桜さんのマンションはあの近くだった気がする。
都心のど真ん中のタワマンに住むとか、どんだけセレブなんだか……佳織姉さんとあんまり年が変わらないはずなのに、凄い人だ。
どうすれば、そんなに稼げるようになるんだろうな……才能なのか、美なのか、運なのか、とにかく世の中は不公平なのは変わりない。
「んで、感想は?」
「はい? ああ、新刊のですか? えっと……あの主人公の彼女って……」
「由梨奈ちゃんのこと? 可愛く描けていたでしょう? でも、メインヒロインの真理ちゃんの方がキレイだったんじゃない?」
「いや、はは……あの、最後ってどうなってるんですか? 続きあるんですか?」
この作品の登場人物が、佳織姉さんや米沢さんがモデルになっているのか、聞き出すのが怖かったので、ひとまず先の展開を聞いてみる。
「んー? まだ、決めてないなあ。ここで終わるかもしれないし、反響があれば続きも描くかも。裕樹君はどうして欲しい?」
「え? どうって……?」
「続きが見たいなら、最後は主人公の貴輝君は同級生の彼女と親戚のお姉さん、どっちと結ばれて欲しい? 裕樹君が決めて良いよ」
「そ、そんな事を言われても困るんですが……」
いきなり、俺が結末を決めて良いとか言われても、悩んでしまう。
ツイッターとか見る限りは、佳織姉さんの新刊、かなりの反響があるみたいだが、そんな人気作品の同人の展開を軽々しく決めるのは、勇気がいる。
「私としては、親戚のお姉さんの方と結ばれて欲しいなあって、思うけど、やっぱり男の子は同年代の子の方が付き合いやすいのかな?」
「そんな事、ないです! 年上好きな男子もたくさん居ますよ!」
「ふーん、本当? なら、私を選んでみる?」
「え?」
佳織姉さんが俺の手を握って、そう迫ってくる。
「だから、あの元カノじゃなくて、何でもないんですって、あの子とは?」
「うん。だから、あの米沢さんだっけ? あの子と私、どっちと付き合うかって言われたら、どっちにする?」
そ、そんなことを言われても……そもそも、米沢さんから告白もされてないのに、どっちを選べとか言われても困るんですが。
「米沢さんを選ぶなら、同級生の彼女エンド。私を選ぶなら、親戚のお姉さんエンドで、あの新刊の続きを描くよ。どう?」
「どっちも選ばないってのはナシですか?」
「その時は続き描かない。いや、二人から捨てられて、最後はショックで飛び降り自殺エンドにしようかなあ」
「バッドエンドじゃないですか! うう……どうしよう……」
ある意味究極の選択だが、あの同人の続きをそんなことで決められるのは責任重大すぎる。
いや、佳織姉さんはどういう意図で言ってるんだ?
「俺、米沢さんとは本当何でもないんですよ。告白とかもされてないんですって」
「告白されたら、付き合う?」
「つ、付き合いま……せん……よ」
言葉を詰まらせながらも、答えるが、即座に断言出来なかった。
彼女に告白されたら、どうするか? 俺には他に好きな人がいるって言って、断れるのか?
出来ない……いや、佳織姉さんは好きだが、米沢さんが傷つくと思うと、その場で断言出来る勇気がなかったのだ。
「じゃあ、私を選ぶってことね。それじゃ、真里お姉さんエンドで、話を描くから。いやー、やっぱりそっちの方が……」
「ま、待って下さい」
「ん?」
そう言って去ろうとした佳織姉さんの腕を咄嗟に掴む。
「俺、佳織姉さんのことは好きです。でも、このまま付き合って良いのかはまだわからなくて……でも、一緒には住みたくて……」
目を泳がせながら、あまりにも自分勝手な気持ちを告白する。
佳織姉さんと付き合ってしまったら、今の生活が破綻してしまう……そんな予感がしてきてならなかった。
仮に付き合って、結婚までしても、今の生活が維持出来るとはとても思えなかったからだ。
彼女とのヒモ生活を続けたい……そんな生活は、絶対に長くは続くとは思えないし、男としては最低かもしれない。
それでも俺は……佳織姉さんと一緒に過ごしたいのだ。
「んもー、しょうがない子だなあ。そんなに私のヒモでいたいの?」
「う……はいっ! 佳織姉さんのヒモ生活続けたいです。でも、いつかは必ず自立しますのでっ! 約束しますっ!」
「そ、そんなハッキリ言われても……じゃあ、わかった。しばらくは今のままで良いよ。その代わり、キスして」
「う……は、はい……」
そう言って、佳織姉さんは目を閉じてきたので、俺もせめて彼女の好意に応えようと、ゆっくりと顔を近づける。
「ん……」
軽く二人の唇が触れ合う。
それは彼女との親愛の情を確認しあったもの。
でも、俺はやっぱり佳織姉さんが……。
「んじゃ、今日も夕飯宜しくね」
「は、はい」
顔を話すと、頬を少し赤らめて満面の笑みで、俺にそう言う。
まだまだ彼女との同棲生活は続きそうであった。
受験に失敗してニートになりそうだった俺、人気イラストレーターのお姉さんのヒモになってしまう @beru1898
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