5-3
「その日、お兄ちゃんが連れてきたのはテオフラストゥスの人だった」
テオなんとか。あの大男も言っていた言葉だ。
私はチラリとルドを見る。ルドは私の困惑を察して、視線を返してくれた。後で説明しますので、今は話を聞きましょう、と。そんな私たちのアイコンタクトに気づいたマーナが、言葉を加える。
「テオフラストゥスは最近できた団体で、レーヴに反感を持つ人が立ち上げたって聞いたよ。あー、レーヴっていうのは、魔法使いたちの組織で……えっと……」
理解が追い付いていない私に、マーナは困ったように言葉を探す。
「国と宗教と企業が絶妙な癒着と断絶をしてる状況、といったところでしょうか。この場合、宗教が魔法使いたちのレーヴ、企業が新設されたテオフラストゥスという会社、ですかね。堅苦しい教義と上の立場の者のばかりが私腹を肥やすレーヴの体制に嫌気がさした者たちが集まって立ち上げた企業が、テオフラストゥスです」
私に向けたルドの説明に、今度はマーナが困惑したようにルドを見る。
対して私は、さっきよりもなんとなくわかったような気もするけれど、でもやっぱりわからないような。
「ええと、とにかく、そのテオフラストゥスの人を連れてきたの。
お兄ちゃんはすごく興奮していた。早口で熱弁したよ。この人はテオフラストゥスの偉い人で、とても世の中に役立つ立派な活動をしていて、給金ももちろんはずんでくれて……。こんなに喋るお兄ちゃん、初めてだった。
私も荷運びの仕事をしていた頃に、噂は聞いてはいたんだ。
魔法が使えない人にも魔法の恩恵を、魔法使いじゃなくても一人の人間として尊重される社会をってね。実際、魔法が使えない人でも簡単で安価に魔法を行使できるようにいろいろな物を開発していて、売り出していたし。他にも、廃村寸前の村を買い取り、そこに孤児院を建てた、とかさ。
でも、同時に、便利な道具を造り出すためにかなり非道な実験をしている、なんて話もあった。
私は知らなかったんだけど、このテオフラストゥスで働くにはいくつか条件があるんだって。お兄ちゃんはその条件を満たしていなかった。
でも、どうしてもここで働きたいんだって、お兄ちゃんは私に言ったんだ。マーナだって嬉しいだろう? 兄貴がこんなすごいところで働けるなんて、鼻高々じゃないか。だから、わかってくれるよな? って……」
マーナはここでいったん言葉を切り、カップに口をつけた。
そしてそのまま両手でカップを包み込むように持つと、辛そうに目を閉じ、深呼吸をする。
何回か深い呼吸を繰り返し、ゆっくりと目を開けた。
「……お兄ちゃんはあたしに、人体実験に協力してほしいって頼んできたの。
健康な身体と魔力と魂、あたしがこの全てを提供すれば、お兄ちゃんの夢が叶うんだって。本気で頼んできたんだ」
人体実験って、新薬を試すための治験バイトみたいなもの……じゃ、ないよね。
魔法の存在する世界なのだから、健康な身体と魔力、まではなんとなくわかる。でも、魂っていうのは……?
困惑して、またルドに助けを求める視線を送る。
でも、ルドは難しい顔をしてなにか深く考え込んでいて、私の視線には気づかなかった。
「あたしは、断った。でも納得してもらえなくて、それで、逃げた。
仕事であちこちに顔見知りがいたからさ、頼ったよ。その時まで気が付いていなかったけれど、お兄ちゃん、ろくに仕事もしないで怪しいことに首を突っ込んでばかりいるって、あまりよく思われてなかったみたい。みんなあたしのこと、嫌な顔一つせずにかくまってくれた。
そしたら、あたしを捕まえられなかったテオフラストゥスの人は、話が違うって言ってなぜかお兄ちゃんを連れて行ったの。仕事をさせるためじゃない。お兄ちゃんを人体実験で使うために」
マーナはカップを置き、首から下げた小さな袋を両手で握りしめる。
きつく、きつく、すがりつくように握って、歯を食いしばった。
「あたしは、信じてたんだ、お兄ちゃんのこと。仕事なんかしなくたっていい、お金だっていくらでも遣ってくれてかまわない。たった二人の家族なんだから、ずっと一緒にいられれば、あたしはそれだけでよかったのに……」
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