7-1
ヤドカリハウスのヤドカリは、普段は貝の中で眠っている。
でも、移動する時には貝から体を出して、のしのしと目的地へと歩いてくれる。ルドが目くらましの魔法をかけてくれるのと、ヤドカリが猫のように器用に障害物を避けて歩くことができるので、移動の時には、人目を気にせず堂々と道を利用したり村を突っ切ったりしていた。
私とルド、それからマーナはヤドカリハウスでマーナの村へ向かっている。
いつの間にやら指名手配は解除されていて、マーナは晴れて自由の身になっていた。
ルドにあの後、研究所を潰したことについて尋ねたが、のらりくらりとかわされて詳しいことはなにも教えてもらえていない。マーナに聞いても濁されてしまう。
あの日からマーナの様子はずっと変なのだ。
朝の誘いも無くなった。挨拶をしても無視されることの方が多いし、話しかけてもそっけなかったり睨みつけられたりする。
最初は怒っているのだと思っていた。私がマーナの誘いを断ったから。
でも、なんだかそうではなさそうなのだ。
怒っている、というよりも、警戒して避けられている、ように感じる。
私がいない間に何があったのか。ルドはもちろんマーナに聞いても教えてはもらえない。
このままでは、いけない。
このまま変な空気のまま、マーナとお別れなんて嫌だ。
私は自分から動いてみることにした。
とにかく自分からひたすらにマーナに話しかけに行く。少しでも、また以前のようになれたらと、私は必死だった。
でもそれはマーナにとって苦痛以外の何ものでもなかったようだ。
「あんた、うるさいよ」
苛立った棘のある声音で、マーナに言われてしまった。
「あんただって、結局はあたしを騙して裏切ったじゃないか。今更なんなんだよ、これ以上あたしに構うな!」
騙す? 裏切る?
私は困惑してしまう。心当たりが全く無いのだ。
困惑する私にマーナはさらに怒りを募らせる。
「どうせそうやって、なんにも知らない振りして、陰であたしのこと笑ってるんだろう?」
吐き捨てるように言うと、マーナはさっさと自室に引っ込んでしまった。
気まずいまま時間だけが過ぎて行き、あっという間にマーナの村の近くに着いてしまう。
さすがにヤドカリハウスで村に乗りつけるわけにはいかず、ここまで来ればもう大丈夫だろうということで、村からほど近い所でマーナはヤドカリを降りることになった。
「マーナ、その、今までありがとう。元気でね?」
名残惜しい私と、清々した様子のマーナ。
私は自分でもなにがこんなにモヤモヤするのかわからない。
マーナの誘いを断ったのは私の方なんだから。マーナに未練が残っていないのはいいことのはずなのに。
「あたしにはお兄ちゃんだけがいてくれた。これからも、ずっとそうなんだ。お兄ちゃんだけがあたしの味方で、お兄ちゃんだけがあたしの思う通りにして、あたしのことを見守っていてくれる」
ずっと一緒だよ、お兄ちゃん。
マーナは言って愛おしそうに首から下げた小さな袋を撫で、私たちには見向きもせずに行ってしまった。
何も悪いことは起こっていない。
マーナを助けられたのだから、これでいいはずだ。
なのに、この後味の悪さはなんなのだろう。
「アルマ」
ルドの呼びかけにハッとする。
私はマーナを見送ったまま、呆然と立ち尽くしてしまっていた。
行ってしまったマーナの姿は、すでに見えなくなっている。
「いろいろあって疲れたでしょう。ダイニングで待っていてもらえませんか。今、飲み物を用意します」
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