6-3

 ルドの魔法を思い起こす。

 温かな火と柔らかな風。あのイメージで私も、水の魔法が使えないだろうか。前回使ったような、壊して水浸しにしてドロドロにしてしまうようなものではなく、力を増幅させるものでもなく、ただおだやかに鎮めるような魔法。

 

 カイテーの義手に意識を集中させたけれど、木や草と違って、あまり上手くいかない。

 力み過ぎず、でももっと強く強く、義手に集中する。義手に使われているサラマンダーの皮と水の魔法との相性が悪いのだろう。相性が悪いと、こうも魔法が上手くいかないものなのか。

 私は赤い腕に直接触れてみる。熱いから本当に少しだけ、かざすように手を置き、さらさらと流れる涼し気で澄んだ水をイメージし続けた。

 どれくらいそうしていたのか、手の下にある熱気に変化が出てくる。熱いは熱いのだけれど、ほんの少しだけ、その熱が和らいだ気がするのだ。

 私はさらに集中した。

 義手はゆるゆると熱気を和らげていき、やがて触れても平気なくらいには温度が下がった。


 カイテーの顔色も幾分よくなったように見える。

「すげえな、嬢ちゃん。あんがとよ、かなり楽になった」

 目を丸くしたカイテーに労われて、私はホッと気が抜けてしまった。

 この人も、もう大丈夫そうだし、私も義手から手を離して休もうと思った。想像以上に体力を消耗していたので、できれば少し眠ってしまいたい。

 手を動かそうとした。でも動かない。あれ、と思い今度は引きはがすつもりで力を込めるが、まるで張り付いてしまったかの如くびくともしない。

 私の魔法が途切れたせいか、再び義手が発熱し始め、黒い靄が出てくる。

 慌ててもう一度水の魔法を使おうとしたけれど、上手くいかなかった。集中が切れてしまい、急激に熱くなってくる義手に焦りを感じ、思うようにいかない。


 義手から立ち昇る黒い靄が、私を離すまいとするかのように、触れている手から腕、肩、と這い登り、包み込んでくる。

 視界が黒く染まり、私はますます焦ってしまって、手を義手から離そうとがむしゃらに暴れた。体中にペタペタと触れられているような不快な感触がして、耳元で声が聞こえてくる。

 ——イタイ。

 声はかなり悲痛な響きを持っていて、繰り返し繰り返し私に訴えかけてくる。

 ——イタイ、イタイ、ナンテコトヲシテクレタンダ、ユルサナイ、イタイ、カクゴシロ。

 強い疲労と熱気、得体のしれない靄。

 よくないことが起こった、取り返しのつかないことが起こった。混乱する頭でも、それだけははっきりとわかった。

 ——ニガサナイ、ユルサナイ、イタイイタイ、ツライ、カナシイ、ニガサナイ。


 怨嗟の声を聞きながら、私は頭の全く別の部分で何かを思い出しかけていた。

 私の記憶じゃない。これはたぶん、この身体の記憶。

 誰かが悲鳴を上げている。その誰かは、瞬く間にブクブクに膨れていき、水風船のように破裂して大量のアカをまき散らす。その誰かは、一人二人の数ではない。たくさんの誰かが、例外なくみんな膨れて破裂する。いつか私が木に向けて使った魔法と同じものが、たくさんの人間に向け使われていた。

 

 遠のきかける意識の端で、怒声が聞こえてくる。

 次いで、ものすごい力で突き飛ばされるのを感じ、身体が宙を舞ったのに気が付いた。

 床にたたきつけられた痛みで、朦朧としていた意識が戻る。

 痛いのをこらえて顔を上げると、黒い靄に包み込まれ、暴れているカイテーの姿があった。


 咆哮を上げながら壁に身体をぶつけ、義手を掻きむしり、のたうち回る。

 黒い靄はカイテーの抵抗を一切無視して、その色をどんどん濃くしていた。

 しだいにカイテーの姿は黒に覆われ尽くし、トカゲのような姿へ変形していく。

 

 私は呆然とするばかりで動けない。

 逃げないと、と頭では思うのに、身体が言うことを聞いてくれなかった。

 黒いトカゲは、ぐんぐんとその体積を増やしていく。気づけば部屋いっぱいに膨れ上がったトカゲは、大きな動作で尻尾を振り回し建物の壁を破壊していく。


 崩れる部屋の中、逃げることもできずにいる私の頭上から大きな石の塊が降ってくる。

 あ、と思った次の瞬間、崩れる建物にとどめを刺すように外から赤いハサミが繰り出され、黒い大きなトカゲと落下する石の塊のことごとくを吹っ飛ばした。

 

「アルマー、無事ですかー?」

 ルドの声がする。

 強烈なパンチを繰り出したのは、巨大なヤドカリのハサミで、ルドはそのヤドカリに乗ってこちらを見下ろしていた。

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