4-4

 ルドは肩で息をしていた。

 ヤドカリハウスのドアが壊されているのを見て、急いで私たちのことを捜しに来てくれたのだろう。

 大男はマナを小脇に抱えたまま、私からルドに向き直る。

 私に向けていた余裕は消えていた。油断ならない相手とルドを認識したようだ。

「なんだお前は?」

「そっくりそのままお返しします」

 大男が空いている右の腕を振るう。

 するとアームレットが鈍く光り、炎の球が五つ生まれてルドめがけて飛び掛かった。

 ルドはそれを眉一つ動かさず、魔法で生み出した土の壁で防ぐ。

 

「あなたはどちら様でしょうか? どうにも善良な一般の方には見えないのですが」

「そういうお前こそ、ただもんじゃないだろ?」

 ルドを守った土壁が形を崩し、いくつかの小さな塊になり浮遊して、男めがけて突進する。

 男はそれを跳躍してかわした。

 私と男との距離がさらに開く。


 ルドと男が無言で睨み合った。

 張り詰めた空気に、息が詰まりそうだ。

 少しの間があり、男はチラリと私を見てから緊張を解く。警戒を止めたわけではなさそうだけど、ルドに向かって豪快に笑って見せた。

「俺はカイテーという。テオフラストゥスに雇われて、指名手配中の盗人をひっ捕まえに来た」

「これはご丁寧に。僕はその子たちの保護者みたいなもので、ルドベキアといいます」

「保護者だって? なら、こいつがやったことの責任はお前にもあるってことだな?」

「はて、どうなんでしょうね。彼女がなにをしたのか、僕は知らないもので」

「はっ! 保護者が聞いてあきれる!」

 大男——カイテーが小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

 ルドはそれに反応しない。ただ冷静にカイテーの動きを観察している。 

 私は話の成り行きを、ただ黙って見ていることしかできない。


「こいつはな、天下のテオフラストゥスから重要な研究資料を盗んだんだよ!」

 マナはカイテーの言葉を肯定も否定もせず、ただぐったりとして動かない。

 ルドは心底興味なさそうな様子で、ほうと、相槌とも独り言の呟きとも判別つかない言葉を漏らし、軽く首をかしげた。それで? とでも言わんばかりだった。

 カイテーは苛立ちを滲ませる。

「俺も詳しくは知らないが、俺を雇った奴の話によると、こいつが盗んだ資料ってのが、どうも『賢者の石』の一部らしい」

 賢者の石。聞いたことはあるけれど、それが何なのかはよく知らない。確か、使うと金になったり不老不死になれたりする石、だったか。でも、その定義はでのものだ。

 こちらの世界で言うところの『賢者の石』とは、どんなもののことを指すのか。

 ルドは抑えきれないといったように、ニヤニヤと嗤う。

「賢者の石、ですか。それはそれは、また大層な物を……」

 心底小馬鹿にしたような物言いだ。どうせつくなら、もっとましな嘘をつけばいいのに。ルドの顔にそう書いてある。

 カイテーはますます苛立ったようで、声を荒げた。

「お前さんだって、言うほど『賢者の石』については知らないんじゃねえのか? テオフラストゥスの奴らは、現状不完全な失敗作しかないが、それでも貴重な『賢者の石』の試作だし重要な研究資料だって、言っていたぜ? ちなみにな、」

 ニヤニヤ笑いを止めないルドに、カイテーも不敵な笑みを返した。

「その材料っていうのは、こいつの兄貴だったらしい」


 賢者の石の材料が、マナのお兄さん?

 マナは首から下げた小さな袋をよく触っていた。

 以前、その袋の中身について尋ねたことがある。

 あの時、マナは何と言ったか。

 穏やかな笑顔を見せたあの時のマナは、一体なにを思っていたのか……。

「こいつの兄貴がどんな経緯でテオフラストゥスに来たか、わかるか? 実の妹に裏切られて、身代わりにさせられたんだと」

 嬉しそうにマナのことを暴露するカイテー。

 ルドはもうニヤニヤ笑いをしていなかった。

「で、どうする、保護者さん? こんなことしでかしたマーナの責任、どうとるつもりなんだ?」

「そうですね、まずは彼女の口からも話を聞いて、それから判断といったところでしょうか」

 ルドは無表情に言った。

 ——なので、ひとまず返してもらいますね。


 一瞬の出来事だった。

 カイテーの足元が盛り上がったと思ったら、土の塊が二つに裂け、巨大なトラバサミになった。カイテーはそれを平然とかわそうとする。思いっきり横に飛び、土のトラバサミの範囲から易々と抜けた、ように見えた。

 トラバサミはカイテーの移動に合わせるようにサイズを巨大化させる。カイテーが目を見開くのと、トラバサミが閉じられるのはほぼ同時だった。

 絶叫。

 カイテーが右手で左肩を抱き、獣のように雄叫びを上げる。

 左肩の先にはあるべきものが何もない。左腕も、そこに抱えていたはずのマナの姿も。

 流れ出る赤い液体をそのままに、凄まじい形相で大男は地面を蹴った。足首のアンクレットが鈍く光り、大男の加速を手助けする。

 こちらに一切の注意を向けることなく、カイテーはこの場から全力で離脱した。


 ルドはそれを、ただ眺めている。

 追撃することもなく、大男の後姿が見えなくなるまで冷静に。

 少しして完全にカイテーの気配が消えると、ルドは大きく息を吐いて、ようやく警戒を解いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る