4-2

 ヤドカリハウスはもともと、ただの貝殻だった。

 私がまだ小学生の頃、学外実習で立ち寄った海で偶然拾った、ただの巻貝。

 私の魂とアルマの魂を交換することを了承してくれた対価だと、私をこちらの世界に引き込んだ悪魔がその貝殻に魔法をかけて、ヤドカリハウスにした。

 あの時、悪魔はとてつもないドヤ顔をして言ったのだ。

「水も火も電気も日用品も食材も無限湧きの使い放題で建物家電家具エトセトラが老朽とも故障とも無縁な住処だよ、すごいでしょ、私にかかればこんなものさ!」


 扉が火炎に押され、吹っ飛んできた。

 フフンと胸を張り自慢げだった悪魔の様子が回想され、私はやり場のない感情に混乱する。……悪魔さん、なんか簡単に壊され故障しちゃったのですが。

 扉を壊した張本人が、ぎろりとこちらを睨んでくる。

 その男は他の大人の人よりも一回りも二回りも大きく、強面をした大男で、見覚えがあった。

 マナとおつかいに行った日に、迷子になった私を助けてくれた人だ。

「アルマ、こっち!」

 呆然とする私をマナが引っ張って、貝殻の奥へと逃げる。

 でも、外への出入り口は男の壊した扉だけだ。奥へ逃げれば、かえって自ら袋小路にはまり込むようなものではないのか。

 一番奥まったマナの部屋に飛び込み、ドアに鍵をかける。気休め程度にしかならない時間稼ぎだ。

 どうするつもりなのかと見れば、マナが手招きする先には窓があった。私やマナの身体ならなんとか通り抜けできそうなサイズの窓が。

 部屋の外で男が何事か叫んでいる。

 私たちは急いで窓を通り抜け外へ脱出し、森の中へ逃げ込んだ。


 少しでもあの男から離れようと走るも、子ども二人、しかも私は驚くほど体力が無い。私なりには頑張ったのだけれど、森に入って早々に力尽きてしまった。

 マナが私を引っ張り、引きずるように走ろうとする。でも、息も絶え絶えで今にも倒れ込みそうな私の歩みはあまりにも遅い。逃げ切るのは無理だと判断したマナは大きな木の物陰に私を押し込んだ。

「じっとして、静かにしてて」

 抑えた口調で言うと、マナ自身も物陰にすべり込む。そして、無意識にだろう、ぶつぶつと小声で「なんで」とか「しつこい」とか言っている。

「マナ?」

「違う、あたしは知らないから、あんなやつ知らない」

 釈明するかのように、必死で訴えてくるマナ。

 ……よくわからないけれど、これは何か知っている人の言動のように見える。


 ルドが帰って来るまでの辛抱だ。

 帰ってきたら、きっとすぐにこの状況を解決してくれるはず。

 そう励ましてマナに落ち着いてもらおうと、口を開いた瞬間。

「かくれんぼにしては雑な隠れ方だな?」

 いつの間にか、男は私たちの隠れる物陰を覗き込んでいた。

 足音も、人の動くような気配もなかった。

 驚き固まってしまう私とは対照的に、マナの判断は早かった。

「……っ!」

 私を置いて物陰から飛び出そうと動く。が、男はそんなマナを見逃さない。

 あっけなく大男に抱え込まれて、身動きできなくなるマナ。

「いい加減観念しろよ、この盗人め」

 男がうんざりしたように吐き捨てた。マナは男の腕の中で暴れながら、きっと睨みつけ、うるさいと叫ぶ。

「あたしから先に盗ったのはお前らだろ! あたしの大切な家族を取り返しただけだ!」


 話がまったく掴めない。

 でも、マナが乱暴な男に捕まって困っている、ということだけはわかる。

「嬢ちゃん、悪いことは言わねえから、友だちは選んだ方がいいぞ」

 うんざりした顔の男が、状況を掴めずにいる私にどこか同情するような視線を向けて言う。

「こいつはな、実の兄を——」

「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい! あたしは何も悪くない!」

 マナは男の言葉を遮るように声を張り上げ、狂ったように暴れた。

 舌打ちと同時に、男の腕に装着されたアームレットから炎が生まれる。先ほど扉を吹っ飛ばしたのと同じ炎だ。それがマナを包むようにして燃え盛る。

 悲鳴が上がった。

「連れて戻れとは言われたが、別に、生き死にまでは指定されてないからな」 


 ルドを待つなんて、悠長なことを考えている場合ではない。

 私が、今、何とかしないと。


 とっさのことだった。

 知らない。でも、この体が使い方を覚えている。

 それは不思議な感覚だった。


 気付けば私は、魔法を使っていた。

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