自己紹介と朝ごはん

姉崎さんとの割と衝撃的な出会いから少し時間が経ち、僕は布団の中で不登校になる少し前のことを思い出していた。

あの頃は僕にもまだ辛うじて友達がいて、学校生活も少しだけど、楽しいと思ってたはずなんだけどな…


学校に行かなくなった理由は些細な事だった気がする。

誰かに虐められてたとか、何か問題を起こしたとか、そんな事は全然なくて、理由は思い出せないけど、数週間休む事になったんだけど、次に登校したときには周りの話題とか授業についていけなくなってて、休みがちになって、とまあそんな感じで…


きっと、僕以外のみんなから見ればその程度の理由なんだろうけど…そもそも僕には人とうまく付き合う能力が足りていなかったからね。

休む前から特別仲のいい友達も1人ぐらいしかいなかったし、その子のおかげでかろうじてあのコミュニティの中にいられただけで、楽しいと思ってたのもその子との会話ぐらいでさぁ


本当は…久々の登校の時もその子に頼れればよかったんだけど、僕はその時あの子と今思えばとってもどうでもいい事で喧嘩してて、頼ろうにも頼らなかったんだ。

それで、その後も二、三回は登校したけど結局嫌になって不登校になった。


ちなみに、あの子とはいまだに喧嘩中…というか、連絡の取り用がないから謝れてない、だから実質今も喧嘩中。

今後もどこかで出会わない限りは謝り用がないし、最悪ずっと喧嘩したままかもしれない…

元気にしててくれたら良いんだけど。

まぁ…余計な心配だよね、あの子は僕よりずっとメンタル強くてコミュ力の塊みたいなやつだったし

ほんと、時々不安になるぐらいプラス思考のいい子でね…


また、どこかで会えたら、ちゃんと謝って…楽しい話でもしたいな。


そんな事を考えているうちに、僕は自然と眠りについてた。



ピピピッ…ピピピッ…


今日もまた聞き慣れたアラームの音で目を覚ます。

だけど…昨日のことでちょっと疲れてるのもあるし、もう少し寝てもいい…よね?


「あら、今二度寝したら確実に遅刻ですわよ?」


「んえ…?」


おかしいな…ここは僕の家のはずなのに姉崎さんの声がする気がする。


「ほら、朝ごはんは作っておきましたから少し早めですが登校の準備を…」


やっぱり姉崎さんの声、僕まだ寝ぼけてるのかな?

そう思いながらゆっくりと目を開けると…


「ふふっ、やっと目をあけてくださいましたわね♪」


「なっ、え…何で姉崎さんが僕の家の中に!?」


「本日も早めに来て待っていようと思ったのですが、家の鍵が空いていましたので…つい。」


「不法侵入だよ!鍵かけてなかったのはこっちの過失だけどさぁ!」


「まぁまぁ、良いじゃないですか♪」


「何にもよくないよ!」


姉崎さんはそんなことを言いながらニコニコしてるけど…いや、本当によくないからね?

出会って2日も経ってない人の家に朝から勝手に上がり込むとか…普通に犯罪だし…大丈夫かな、こんな子と友達になっちゃって…


「ほら、そんな事よりも朝ごはんできてますから、早く服を着替えてきてください?」


「朝ご飯って、そんなことまで勝手に…」


「いいから、早くしてください、ご飯冷めちゃいますわよ?」


「はぁ…もう、わかったよ…」


僕は困惑しながらも、とりあえず制服に着替えて彼女が用意してくれた朝ごはんを食べる事にした。

朝食の内容は白米と美味しそうな卵焼き、そして焼き鮭に味噌汁という典型的な和食の朝ごはんだった。

だけど、こうやって一人暮らし始めてからは久しくちゃんとした朝ごはんを食べてなかったから、その光景がとっても贅沢なものに見えたんだ。


「どうですか?これでも一応、料理の腕だけには自信があるのですが…」


「美味しいよ…でも、これを家に不法侵入してきた女の子が作ってると思うとあんまり素直には味わえないけどね?」


「なるほど、では明日の予約は今日中にとっておきますね?」


「うん…もう、別にいいよ、ご飯作ってもらえるのはありがたいし」


「じゃあ決まりですね♪ふふっ、そうと決まれば今のうちから明日のメニューも考えておきましょうね♪」


姉崎さんは嬉しそうにスマホのメモをいじってた、あれで不法侵入者じゃなきゃとっても可愛く見えるのにな…ほんと危ない人だよ…。


そういえば、姉崎さんって白川先生に僕のとこ頼まれたって言ってたけど、どういう関係なんだろ


「ねぇ、姉崎さん」


「ん?どうかされましたか?」


「姉崎さんって、白川先生から僕のことを頼まれたって言ってたけどさ、先生とはどういう関係なの?」


「あぁ、そういえばその辺りの話は全くしてませんでしたね」


「ほんとそうだよ…というか、僕は姉崎さんのことほとんど何にも聞いてない…」


「あれ、そうでしたっけ?でしたら、改めてお互いに自己紹介といきましょうか♪」


「それは最初に話した時に済ませといて欲しいんだけど…」


「ふふっ、それはすみません♪では、私の方から自己紹介をさせていただきますね?」


「私の名前は姉崎萌音と言いまして、年齢は15歳、誕生日は4月の6日です。そして、昨日お話しした通り世間一般でいうお嬢様という部類に属する女の子です♪それもあってか、中学時代は少し周りから浮いていたらしく、友達と言える友達は実は宮野さんが初めてだったりします。白川先生とは中学時代に少しだけお世話になったことがありまして、そのつながりで貴方のことを事前に頼まれていた…というわけですね♪」


「友達は初めてって、じゃあ昨日の自信満々に友達の良さを語ってたあれは…」


「半分は妄想ですわ♪まぁ、全くいなかったわけではありませんけど、特に親しくしていた友人はいませんので、そう言う意味で《半分は》となるわけですわね♪」


「なるほど…つまり姉崎さんもこっち側に近い人間なのか、ちょっと安心した」


「安心してもらえたなら何よりですわ♪じゃあ、次は宮野さんの番ですわよ?」


「うん、そうだね…自己紹介ってちょっと苦手だけど…頑張るよ」


「僕の名前は宮野蓮…年齢は姉崎さんと同じ15歳。誕生日は…えっと、7月の8日。特になんの特徴も取り柄もない普通の家庭の子で…まぁ、色々あってさ…見ての通り一人暮らししてる。中学時代も特に変わったこととか無かったけど…強いていうなら今よりもちょっと楽しめてた…かな?……ちょっと、訳あって後半から不登校になっちゃったけど…。うん…まぁ、そんな感じ。」


「色々言っているようでほとんど内容がありませんけども…誕生日がわかっただけ及第点ですわね♪」


「及第点って…自己紹介ってそんな評価されるもんじゃないでしょ…」


「色々あって一人暮らし…色々あって不登校…そのあたりはもっと仲良くなってからというわけですわね?」


「仲良くなっても言わないと思うけどね…」


僕がそういうと、彼女は一瞬驚いたような目をしてから一拍置いて納得したような表情をしてた。

不登校の理由はともかく、親と不仲だから一人暮らししてる…とか、多分一生言うことないと思う…言いたくないもん。


「では、今は聞かないことにしますわね?」


「今はって、多分いつ聞かれても言わないから」


「じゃあこちらからは聞きませんわ」


「うん…そうしてくれると助かる」


そんな事を話しながら僕たちは朝ごはんを食べる、仲が悪いとはいえ、実家にいた時は毎日朝ごはん作ってもらってたから久しぶりってわけでもないけど

誰かと会話をしながらゆっくり食事をしたのはかなり久々で、正直悪くないと思った…何度も言うけど、目の前にいるのが不法侵入してきた人じゃなければだけど。


「えっと、ごちそうさま…とってもおいしかったよ」


「はい、ごちそうさまです♪では、そろそろ制服に着替えて登校の準備をしましょうか」


「……やっぱ、行かなきゃダメ?」


「無理にとは言いませんけども、できればそうして欲しいですわね」


「………」


「………」


「わ…わかったよ…着替えるから」


「はい♪では私は食器を片付けておきますね?」


「あ…そんなとこまで、ありがと…」


食器の片付けを姉崎さんに任せ、僕は1日ぶりにクローゼットの前で息を呑む。

このやけに可愛らしい制服をもう一度自分の意思で着ると思うと…やっぱり躊躇する…

せめて中性的なデザインだったら…いや、ダメだな正直制服ってだけでちょっと拒否反応があるし…。


「うぅ…やっぱ…落ち着かない…」


そんなこんなで今日もかなりの時間をかけて制服に着替えた僕は、昨日は用意すらしなかったバッグを手にとって中身を確認すると、姉崎さんが待ってる玄関までこれまた時間をかけてゆっくりと向かった


「ごめん…姉崎さん、時間かけちゃって…」


「構いませんわよ♪昨日に比べたら早い方ですもの」


「そ、それもそうだね…」


「それでは、いきますわよ宮野さん♪」


パシッ


「えっ?」


気づけば僕は姉崎さんに腕を掴まれてた、しかもやけに強い力で掴まれてるし、これ…無理にでも引きずっていかれるやつかな?


「あの、なんで腕掴んでるのかな…?」


「何故って…そんなの私も不安だからに決まっているでしょう?」


不安…?僕はともかく姉崎さんも?

あぁ…そうか、姉崎さんも中学時代は浮いてたって言ってたし、やっぱり学校にはあんまりいい感情を抱いてないんだろうな…だったら、僕も少しぐらい頑張らないと…


「私、方向音痴なのできちんと学校まで辿り着けるかと思うと本当に不安で…」


「あっえ…?そういう不安?」


「一応、今日もここに来る前にスマホの地図で何度も確認しましたし…大丈夫だとは思いますけれど…」


「そんなに不安になるって…どれぐらい方向音痴なのさ…」


「先日は最寄りのコンビニに行こうとして、気づいたら隣町のあたりまで行っておりまして…」


「あ、うん…急に不安になってきた」


思ってた不安とは違ったけど、僕だって一応学校の位置は覚えてるから大丈夫なはず…でも、もし仮に道に迷ったらどうしよう…

僕はこうやって頑張って制服を着て、外に出る決意をしたわけであって、これでもし学校にたどり着けなかったりしたら僕はそこでまた諦める自信がある…


「ですが、今日の私は宮野さんの登校を手助けすると言う大事な使命がありますから…大丈夫です、無事に送り届けて見せます!」


「ふっ、何その理屈…全然安心できないんだけど」


何でなんだろう、姉崎さんの発言はこんなに不安なのに、聞いてると外に出ることとか、登校する事の不安は和らいでく。

昨日も思ったけど、この人となら…この人の隣でなら僕も変われる気がしてくる。


「ねぇ、姉崎さん…」


「ん…?どうしましたか?」


「この手、絶対に話さないでくださいね?」


「ふふっ、もちろんですわ♪」


そして、そのまま姉崎さんに腕を引かれて外に出る

昨日と変わらぬ穏やかな日の照りつける無垢な青空の下に。


だけど今日は、不思議とその日の光を心地よいと感じた。


























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蓮とアネモネ 天ノ音 クロナ @kuro_amane

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