第13話 ボコボコにされた!

 カラオケでしばらく盛り上がってワチャワチャしていたおれたちだが、気づいたら夜になっていた。

 そのまま流れ解散となったのだが、あやちゃん、レーカちゃん、そして聖哉せいやまでがニヤニヤしながらおれと舞愛まいあちゃんを2人っきりにした。


 「じゃっ!」


 と言って早足で去っていた3人の顔を思い出す。ニヤニヤしていた。

 そういう関係じゃないんだけどなぁ。

 カラオケを出ると、外はすっかり暗くなっていた。街灯がつき、居酒屋のキャッチが大量発生している。

 5月に入ったばかりで、夜はまだ寒い。

 隣を見ると、舞愛ちゃんが信じられないほどニコニコしていた。や、やはりヤンキーとは夜の生き物なのか......


 「なんか失礼なこと考えてないか?」


 ジト目の舞愛ちゃん。


 「いや、考えてないです。舞愛ちゃんがニコニコしてるから珍しいと思っただけだよ」


 「え?私そんなに笑ってたか?」


 「笑ってた」


 「恥っず」


 「なんか良いことでもあった?」


 「うーん。カラオケが楽しかったからだな」


 ヤンキーのくせに、サラッと恥ずかしい台詞を吐く。夜風に当てられておかしくなったのだろうか。

 ともあれ、今日のカラオケは顔見知りのメンバーだったが、レーカちゃんと聖哉がいたことで、舞愛ちゃんに綾ちゃん以外の友達が出来たことは収穫である。

 それに......おれも楽しかった。


 「舞愛ちゃん」


 「ん?」


 「いっしょに歌ってくれて、ありがとね」


 「な、なんだよ急に」


 彼女は髪をくるくるさせて目を背ける。

 どうやらおれも夜風に当てられて恥ずかしいことを言うメンタルになっているようだ。


 「お、お前がマジメなこと言うと調子狂う......」


 「おれがマジメじゃないときなんてあったか?」


 「本気で言ってんの?」


 そんな話をしていると、前から取り巻きを引き連れた学生っぽい男が歩いてきた。こっちをガン見してきているが、見覚えがない。舞愛ちゃんの知り合いだろうか。


 「うぉーい。舞愛ぁ!」


 男はやたらデカい声で舞愛ちゃんに挨拶した。彼女は露骨に嫌そうな顔をしている。

 彼はおれなど目に入らない様子で舞愛ちゃんに近づき、顎クイをする。


 「こんなところでなぁにしてんだ?舞愛」


 「お前には関係ないだろ」


 舞愛ちゃんはキッと男を睨んで彼の手を弾く。


 「知り合い?」


 おれは舞愛ちゃんに聞く。


 「一応な。でも市野はこんなヤツのこと知る必要はない」


 彼女はおれを手で制して下げる。


 「一応なんてヒドいねぇ。てかお前誰?舞愛のなんなん?」


 男は急におれに振ってくる。ずいぶん喧嘩腰だ。

 

 「コイツは関係ないだろ」


 舞愛ちゃんは前に出る。


 「なに?付き合ってんの?」


 「と、友達だ」


 「へぇ〜。友達、ね」


 男は不敵に笑う。

 次の瞬間、いきなり駆け寄ってきた男が、右ストレートをおれの右頬に放った。速い。避けられず、まともに食らった。口の中が鉄の味で満たされる。


 「な、なんだお前......?」


 おれはあまりにも唐突な行動に驚く。

 しかしその間に男はアッパーを狙ってくる。これを食らったらマズい。さすがに見切って避ける。その勢いで間合いを取る。


 「ほぉ。やるね。お前ら、下がってろ」


 男は取り巻きたちを下げさせた。


 「市野っ!」


 舞愛ちゃんがすかさず男に一発かまそうと振りかぶる。

 しかし、おれはその腕を掴んで止めた。

 舞愛ちゃんは驚いた顔でおれを見る。


 「手、出しちゃだめだ。ヤンキーやめるんだろ?」


 おれはゆっくり舞愛ちゃんの手を下ろさせた。


 「それとこれとは別だろっ!?」


 「いや、別じゃない。それに、ケンカを売られたのはおれだ」


 「でもっ......!それじゃあ市野が!」


 「大丈夫。まぁ見てなって」


 話していると男が距離を詰めてくる。


 「余裕ぶっこいてんじゃねぇ!」


 この手のヤンキーしろうとは基本、打撃技頼みだ。絞め技を使ってこない分、相手にしやすい。

 彼は前蹴りを繰り出して来た。ギリギリかするくらい当たって下がる。しかし、すかさず踏み込んできてジャブ、ストレートが飛んでくる。ガードした腕が痺れる。


 「......っつぅ〜!」


 結構重いパンチだ。いつの日かのノーコン野郎とダーツ野郎の何倍もキツい。


 「その程度かよ!」


 男は打撃を行いながらどんどん前に出てくる。コイツ、ケンカ慣れしている。

 おれは腕や足でガードしながらジリジリ後退する。


 「オラオラぁ!」


 一方的に相手を殴る快感に酔いしれ、調子に乗っている。自分がボクサーだと思っているのか、シュッと言いながら殴ってくる。

 このままではジリ貧だ。殴られているだけでは最終的におれが倒れて終わりだろう。

 ガードをやめる。


 「へ?ワケわかんなくなっちゃった?ザコが」

 

 男はそれを見ると、バカにして笑う。


 「テメェ......!」


 しびれを切らした舞愛ちゃんが出てくるが、おれは止める。

 舞愛ちゃんは泣きそうな顔でおれを見た。そんなにボロボロだろうか?


 「余裕よ」


 努めて笑顔をつくっておいた。

 彼は攻撃を止めない。回し蹴りがおれの脇腹に刺さる。

 しかし、おれは一歩前に出た。


 「は?」


 男の顔が歪む。

 ジャブ、ストレート、ミドルキック、ローキック......

 殴られ、蹴られるたびにおれは前進した。


 「な、なんだよ......」


 男に困惑の表情が浮かぶ。 

 おれはキツいが、やせ我慢して無表情をつくる。


 「気持ち悪ぃ!」


 右フック、さらに左フック。

 口のなかに血がたまる。

 男はおれが殴ってこないと踏んで完全にガードを下ろしている。

 おれは口をすぼめ、唾と一緒に血を吐き出した。

 男の顔面は毒霧を受けたように真っ赤に染まった。


 「う、うわぁ!?き、汚っっ!」


 彼は狼狽して手で顔の液体を払おうとする。

 その間もおれは前に出続ける。男が顔を上げると、鼻と鼻がくっつくぐらいの距離だった。


 「な、ななななんだお前!?」


 男は数歩後退りすると、背中を向けて逃げていった。

 急に視界がボヤけ、頭がクラクラする。さっきまでアドレナリンが出ていて気にならなかったが、打撃を受けた部分が痛みだした。

 おれはたまらず膝をつく。


 「市野っ!」


 舞愛ちゃんが駆け寄ってきて、支えてくれる。


 「ヘヘ。どうだい?ヤンキーやめるなら一発も殴らずに相手を追い返さなきゃだぜ?」


 「分かった。十分分かったから......」


 舞愛ちゃんが肩を貸してくれて、おれはなんとか立つことができた。


 「とりあえず市野の家に帰ろう」


 おれたちはキャッチや通行人たちの視線を受けながら、帰ったのだった。



 つづく

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