偽物聖女の失墜

「はあ。ラーニヤちゃんを殺さずに済んで、わたしが魔王だってこともバレなかったのはいいけれど、あれだと勇者の意味がないね」

 ラーニヤが去ったあとの大広間で、豪華な椅子に座っていたわたしはため息をついた。


 今回、わたしは顔を隠すヴェールを備えた純白のドレスを着ている。これは、場合によっては架空の「聖女」を演じて、ラーニヤを勇者として解放してあげるシナリオも考えていたからだ。その場合、わたしは正体を明かして、勇者vs魔王軍の戦いをちょうどいい感じにセットアップする予定だった。これなら人類側にも希望があるように見えるし、混乱は最小限に抑えられると思っていたのだ。それに、この方法ならばいずれ勇者に倒されることができるかもしれないという打算もあった。

 まあ、それは全部おじゃんになったんだけど。


「勇者がお嬢様に歯向かえないのは、喜ばしいことではありませんか?」

 アミナが甘みのある紅茶を淹れながら言った。そう、問題はこれなのだ。わたしの手で生み出された勇者は、どうやらわたしに敵対することができないようなのである。

 どういうわけか、ラーニヤはわたしの配下として魔王の紋章に認識されているようで、奴隷化の魔法を使った状態よりもさらにひどい状態になっている。具体的には、わたしのことを一切攻撃できず、命令には絶対服従になっていて、わたしの意志ひとつで魔物に作り替えられるようになっているのだ。しかも、勇者の力にはもともとわたしを崇拝させるような精神影響があったみたいで、ラーニヤはわたしのなすことを全肯定するようになってしまった。ラーニヤには悪いことをしちゃったな、と今はちょっぴり後悔している。


「まあ、こうなってくるといよいよ世界支配の計画を立てないといけないっていうか……」

 しっとりとしたバターたっぷりのクッキーをつまみながら、わたしはアミナに愚痴った。これまで考えないようにしてきたけれど、いずれはわたしの正体がバレて、人間と敵対することになるだろう。そのときに人間側の勝ち目が存在しないことを考えると、ソフトランディングの計画は必要だ。そうぼやくと、アミナはなんということもないという顔で答えた。

「そのような些事にお嬢様が心を煩わせることなどございません。すべてわたくしやリーシャに任せればよろしいのですよ」

「それはそれで不安なんだけど」

「我々がお嬢様の真に恐れる事態の発生を許すことはございません。お嬢様の幸福を常に願っておりますから」

 まあ、なんだかんだ言ってアミナたちはわたしの希望を叶えてくれているとは思う。いろいろと大げさなことをしているけれど、それでも魔王城の外では人間に手を出さないでくれている。わたしは再び正体がバレそうになったときに武力に頼らずに穏便に解決できる方策を準備するように伝えて、ファーリスたちのいる宿屋に戻った。







 *********







 無事、ラーニヤはファーリスたち騎士によって保護され、聖女ご一行は帰路に就いた。ラーニヤはみんなに勝手な行動を叱られてぺこぺこ謝っていたけれど、命令通りわたしの正体に繋がる情報は口にしていないようなので、一安心だ。

 まあ、ちょくちょくわたしを崇めるような目でラーニヤがこちらを見てくるのだけど、これに関してはわたしの責任なのでしょうがない。

 そんなわけでまた長い船旅かと思っていたら、途中で停泊した港から、陸路で別の場所に移動することになった。どうも、聖女教会の偉い人たちにあいさつに行くらしい。


 聖女教会はほとんどすべての国に存在するものの、その本部はここ、ジュムフリア共和国に位置している。そのわけは、ジュムフリア共和国が永世中立国であることから、国家間のしがらみにとらわれず、どの国で聖女が誕生したとしてもサポートできるからである。同様の理由で国際的な活動を行う各種ギルドや、国際銀行の本店なんかもこのジュムフリア共和国に多く設置されている。

 それら重要施設が存在する首都サラームは二重の防壁に囲まれた城壁都市で、中に入るためには都市内外の保証人による署名が必要であり、また一人当たり三千フィダを超える高い入城料を要求される。しかも、それだけでなく、武器や魔道具の持ち込みは制限され、申告して許可を得なければならないのだ。


「そういうわけだから、持っている武器をここに書いてこの箱に入れてくれ。魔道具を持っている人はそれもだ」

 これからサラームの都市に入るための所持品検査が行われることを伝えたファーリスが、持ち込み品のリストを回しながら言った。

 各国の有力者が集まる場所だから、セキュリティに厳しいのは理解できるけど、そんなことがあるなら早く教えてほしい。わたしの身に着けているアクセサリーは全部、値段がつけられないほど強力な魔道具なのである。


 幸いなことに、今着ている服は魔道具ではない。シャツやキュロットは魔王城産の綿で作られていて、素材の魔法効果によって葉っぱよりも軽く、魔鉄よりも強靭だけれども、これは魔道具ではないのでセーフだ。ほかにもクイーンシルクモスやブラックリバーヒッポなど、オークションでのみ流通するような魔法素材もたくさん使われているが、申告義務はない。

 持ってきた短剣も模様が浮かび上がる魔鉄鋼で作られているけど、土のダンジョンの中で手に入れたと言えばぎりぎりごまかせる。ムナーファカやファーリスに目を付けられないように、ファーリスの剣よりは劣った性能になっているのだ。

 問題なのは、指輪やイヤリング、そして靴だ。どれも宝石自体は小さいけど、肉眼で見えないくらいに細かく魔法陣が書きこまれていて、とても言い逃れできるとは思えない。指輪とイヤリングは異空間に保管できるけど、靴をどうするかが難しい。


 わたしが悩んでいるうちに、武器と魔道具の持ち込みリストが回ってきた。ひとまず短剣を箱に入れながら、必死に解決策を考える。

 あっ、そうだ!

 わたしはひらめいたアイデアを実行するため、持ってきた魔道具をリストに書き込んでいく。そして、周囲に気づかれないように、持っている宝石に火と水のダンジョンコアの力を注いでいく。火の力で宝石をかし、水の力で刻まれた魔法陣を再構成する。とても繊細な作業だけど、わたしの能力が上がっているからか、さほど苦労せずにできた。

 そう、魔道具がすごすぎて隠さざるを得ないならば、見せられるくらいに効果を落とせばいいじゃないか作戦である。もともと宝石の質は最低限に抑えてあったから、魔法陣さえ普通のものに書き換えてしまえば大丈夫という寸法である。魔道具の効果がなくてもわたしは困らないのだし、完璧な作戦である。


 こうしてわたしは何事もなくボディーチェックを突破した、はずだった。

「セキラ嬢、これは一体何だ!?」

 わたしは魔道具が入った箱の前で、ファーリスに思いっきり詰められていた。なんでも、魔道具に使われた宝石が売れば一生遊んで暮らせるほど質が高いらしい。しかも、刻まれた魔法陣が解析不能で、危険な効果が隠されていないか判別できなかったそうだ。魔法陣の大きさと申告された効果が対応しているし、ファーリスが有事の際の責任をとると検査官を説得したことで、どうにか所持が許可されたようだ。


 わたしは頑張って当たり障りのない返答をする。

「自作の魔道具ですよ。ダンジョン攻略とかもあって最近いい宝石が手に入ったので、作ってみたんです」

 ぎりぎり嘘はついていない。魔道具を用意したのはアミナだけど、魔法陣を書き換えたのはわたしだ。ダンジョン攻略でいい宝石(ダンジョンコア)を入手したのも事実だし、その宝石をこのアクセサリーに使ったとは言っていない。

 しかし、ファーリスは納得がいかない様子だった。

「百歩譲って指輪とイヤリングはいいとしても、あの靴はなんだ!?魔道具の靴なんて俺は初めて見たぞ」


 なんでも、魔力を通す糸を使って編まれた、魔物革のブーツはそれだけで貴重らしい。そこに宝石を加えて魔道具に変えたものは、数億フィダ、もはや小国の国家予算ほどの価値があるのだそうだ。魔王討伐の際の勇者の装備でもなければ作られることはなく、普段使いするなんて気が狂っていると言われた。

「そんなこと言われても、作った魔道具は使ってみたいじゃないですか。素材があったらファーリス様にも作りますよ」

 わたしはなんとかごまかしてこの場を乗り切ろうとする。幸い、宝石以外の素材の価値については追及されなかったし、魔道具を作るだけで疑いの目をそらせるなら御の字だろう。

「ちょっと待つのですわ!ファーリスなんかのために魔道具を作るくらいなら、わたくしの勇者たちのために力を尽くすべきですわ」

 そこにムナーファカが乱入してきて、ファーリスをめちゃくちゃに叱ったことで、わたしは難を逃れることができたのだった。魔道具とかセキュリティとかについての理解があまりにも的を外しているのが気になるけれど、今回は助かった。







 *********







 サラームの街の中は、普通の街とは大きく様相が異なっていた。お店は全くなく、いろんな団体の本部の建物がきっちり区画分けされて並んでいた。どの建物も大貴族の邸宅のように大きく、何十人もの人が泊まり込みで仕事ができるようになっていた。まあ、ここに集まるのは各国の重要人物ばかりだし、物資の出入りは厳しく管理されているみたいだから、お店を開いても客がいないのだろう。

 聖女教会の本部は、その中でもひときわ大きな建物が、二区画分並んだ場所であった。片方はステンドグラスが目立つ教会らしい建物のある区画で、もう片方は、広い庭を備えた宮殿のような場所になっていた。魔王城暮らしのわたしはそこまで緊張しなかったけれど、ムナーファカが連れてきたほかの「勇者」たちはかちかちに固まっていた。


「ここが、聖女のわたくしのために、数百年かけて準備された宮殿ですわ!ここには勇者のみなさんの住む場所もありますの。ここを拠点にして、わたくしたちは魔王を打ち倒すのですわ!」

 ムナーファカがこの宮殿の設備を自慢するけれど、もともと高位貴族と関わるのも畏れ多いような低位出身の「勇者」たちは、まったく落ち着かない様子でびくびくしている。

 ……懐かしいなあ。わたしが魔王になったばかりのころを思い出すよ。

 とはいえ、これから聖女教会の重役に謁見するのだから、失敗できないというプレッシャーは大きいだろう。魔王城では別に失敗しても問題なかったけれど、今回は失敗すると首が飛ぶかもしれないのだ。一応わたしも気を引き締めるべきだろう。

 えっ、ムナーファカのほうが地位が高いって?それは禁句だ。間違っても本人がバカすぎて威厳がないとか言ってはいけない。聖女様はこの聖女教会のトップなのだから。


 一応わたしの部屋を確認してダミーの荷物を置いたところで、ムナーファカ一行は教会らしい建物の中へと向かった。聖女教会というには暗く、ステンドグラス越しの光が揺らめく礼拝室に、偉そうなローブの人たちが並んでいた。

 そんな中我らが聖女ムナーファカ様は、後ろで左手と左足を同時に前に出すほど緊張している「勇者」たちには目もくれず、ずんずん礼拝室の真ん中を歩いていった。ムナーファカは聖女の泉で手に入れた丸く透明な宝石を掲げて、高らかに宣言する。

「これが予言の力を持つ宝石ですわ!こそこそ隠れて逃げ回っている魔王の姿をこの宝石の力で暴き、虐げられてきた者たちの手で打ち倒せというのが、女神様のお告げですわ」

 実際はムナーファカに女神のお告げなんてなかったはずなのだけど、ローブの人たちは多くが納得したように首肯している。しかし、そこにファーリスが待ったをかけた。


「お待ちください、ムナーファカ様が宝石を持ち出した結果、聖女の泉には瘴気があふれ、魔物の湧き出す区域となってしまいました。これが女神様のご意志であるとは、私には到底思えません」

「ムナーファカ様を疑うのですか!?」

「そこで、この魔道具を用いて判別します。これは、通常のものの十倍以上の瘴気を集めた瓶。しかも、つい先日聖女の泉で採取したものです。これに触れれば普通の人間は苦痛を受けますが、聖女ならば簡単に浄化できるはずです。そうですよね?」

 どうやら、ファーリスはこのチャンスを待っていたようだ。明らかにムナーファカは偽物くさいけれど、聖女が偽物だと公言するのは自殺行為だ。それだけ聖女には権威があるのである。そこで、聖女教会の重鎮が集まった場所で、魔道具を用いて白黒つけることで、有無を言わさぬ状況を作り出そうとしているのだ。

「もしムナーファカ様が本物の聖女だと証明されたときは、わかっているな?」

「当然。聖騎士団長の座を賭ける覚悟はできています」


 さすがにギャラリーの人々も魔道具を使うことを拒否はできず、ムナーファカは瘴気がたっぷり閉じ込められた大きな瓶に手を入れることになった。じっと固唾をのんで見守る聖女教会の面々。しかし、瓶の中の瘴気は少し薄くなったくらいで、消えることはなかった。

「どうして消えませんの!?まさか、これはファーリスの陰謀!?」

 ムナーファカは必死に言い訳を並べ立てたけれど、周囲の視線はどんどん厳しくなっていく。ついに、教皇らしき一番偉そうな男が口を開いた。

「聖女をかたった不届き者を捕えよ!死刑にするだけでは生ぬるい、一族郎党火あぶりに処せ!」

 物騒な命令のもと、控えていた騎士たちによってムナーファカはこの礼拝室から引きずり出されていく。巻き込まれた一族には同情するけれど、ムナーファカ本人は聖女の肩書を盾に好き放題やっていたので、自業自得だと思う。


 わたしが一連の出来事を他人事のように眺めていると、ファーリスがこちらに歩いてきた。

「セキラ嬢、この魔道具を使ってはくれないか?俺の知る限り、セキラ嬢が一番光属性の魔法をうまく扱える。実は本物の聖女だった可能性は高い」

「いや、そんないきなり言われても……」

「なに、瓶に手を入れるだけだ。なにも難しいことはない」

 周囲の視線が一斉にこちらを向いた。ここで拒否するなんて、わたしが魔王だと自白するようなものだ。わたしは覚悟を決めて、ファーリスにうなずいた。

 ええい、こうなったらお望み通り瘴気をあふれさせて、ここにいる人間を皆殺しにしてくれようじゃないか。


 わたしは目をつむって腕を瓶の中に突っ込んだ。一瞬の静寂が広がる。次に聞こえてきたのは、しかし、悲鳴ではなかった。

「おお!やはり、セキラ嬢が聖女であったか!」

 ファーリスの声が聞こえた。続いて、次々に歓喜の声が上がる。わたしがゆっくり目を開けると、魔道具の瓶の中は、空っぽになっていた。

「ええええっ!?」

 当事者であるわたしが、一番大きな声で叫んでしまった。しかし、そんなわたしに構わずローブの人たちは動き出していた。

 わたし、魔王なのに、聖女になっちゃったよ!?

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