聖女とドラゴン討伐

 眷属たちとの会議が終わると、わたしはジャーミアに魔石ゴーレムのジュナリを紹介して、その日はさっさと寝た。旅帰りだし、なにより衝撃の展開すぎて疲れた。

 それからしばらくは帝国の侵略の影響で学園はお休みになり、わたしはジャーミアの図書館で本を読んだり、魔道具を作ったりして過ごした。

 いや、魔王城には時間操作の魔法があるから暇をつぶす必要はないよ?けどさ、それはやっぱり違うよね?人間らしい生活を忘れたら終わりだよ、多分。

 まあ、実際にかかった時間はともかく、わたしはいろいろと研究を行った。まずはジャーミアが回収した貴族たちの本を読んでみたけど、ほかの分野はともかく、魔法については役に立つ情報はなかった。『魔道具大全』の魔法陣を読むほうがよっぽどためになる。


 でも、魔道具作りはいろいろとハプニングも起きて楽しかった。せっかくだし火属性を使う魔道具を作ろうと考えていると、いきなりジュナリが自分の指を差し出してきたのだ。「よろしかったら、これを使ってください」って。どうも、自分の体の魔石を使った魔道具がどうなるのか気になって、アミナに頼んで切ってもらったらしい。

 しょうがないのでなにかよい使い道はないかなと思って考えた結果、わたしは調理用の温度調節の魔道具を作った。見た目はオーブンのついたコンロなのだけど、ジュナリの意志で非常に細かく温度調節ができる。例えばお肉の中心を何度、外側を何度、といった感じで、熱が伝わるムラもなく、直接焼くことができるのだ。しかも、冷やすのにも使える。

 その魔道具で焼いた魔物鳥の丸焼きは、食べると肉汁がじゅわーって口いっぱいに広がって、塩コショウだけでとっても幸せな味がした。ジュナリにも食べさせたら、めちゃくちゃ口が緩んでいて、それはそれはかわいかった。

 ちなみに、ジュナリの指は一日で再生したのでご安心を。


 ほかにも無限に炎の矢が撃てる弓とか、そんな感じの武器を作ってはみたものの、まあ、使い道はない。そもそも弓なんて使うより魔法を使ったほうが明らかに強いのだ。ジュナリでも、視界にあるものを内側から燃やす、最上級の魔法を使うことができる。わざわざ外から、面倒な道具を使って炎をぶつけるなんて、酔狂なことをする必要はまったくないのだ。だから作った武器は全部処分するように言っておいた。







 *********







 そんなこんなでつかの間の休息が終わると、わたしは学園に戻った。貴族がいろいろ処分された影響で、学生の数がずいぶんと減っている。まあ、わたしの実家サウダアバイド家は弱小すぎて、全然影響がなかったようだが。

 教授陣もずいぶんと変わり、半分以上は帝国から新しくやってきた教員だった。ただ、さすがに帝国から来た学生はいなかったが。そういう理由で、講義の内容も変わり、一緒になるメンバーも変わったのだ。


 わたしはこれをチャンスと見て、新しく教会や聖女に関する講義をとることにした。一応は魔王の天敵ともいえる存在だし、光属性の魔法についても知りたい。そういう理由だったのだが、それが、思わぬ結果をもたらしたのだった。

「あなたは、確か貧乏貴族サウダアバイド家に生まれてしまった、悲劇の天才魔道具職人だったかしら?お時間、よろしくて?」

 講義が終わった後、なんと聖女ムナーファカがわたしに話しかけてきたのである。


「セキラには、わたくしのドラゴン討伐を支援するための魔道具を作ってほしいのですわ」

 ムナーファカの要望は、わたしの魔道具作成の腕を見込んでのものだった。ここから数か国離れた場所に棲む金竜を討伐するため、武器となる魔道具の作成を依頼されたのだ。もちろん、報酬は出るし、学園を休むことになる分はいろいろ融通をきかせてくれるらしい。

 なんでいきなり金竜を討伐する話になっているのかというと、どうも魔王討伐のための装備を整えるためらしい。新しく出現したドラゴン、つまり、クァザフの実力はムナーファカたちには知られていないみたいだけど、その巨体(に見えること)や、一瞬でシュネイ王子たち王国の騎士団三百人ほどを全滅させたということから、非常に強力な魔物だと判断しているようだ。

 うん、間違ってないね。でも、金竜の装備程度であのクァザフに勝てるのかな?


 わたしがどうするか悩んでいると、ムナーファカは金竜討伐の必要性をわたしに訴えかける。

「それに、今になっても魔王の居場所がつかめないというのも不気味ですわ。言い伝えによれば、魔王が誕生した国は一瞬で滅びるとされているのに、それらしき兆候も一切ないのですもの」

 ムナーファカがあんまりにもまじめに言うものだから、わたしは笑いをこらえるのに必死だった。あなたの目の前にいますよ、国もこの前滅びましたよね、とツッコみたくなる衝動を頑張って抑えた。


 まあ、とりあえず、収穫はあった。魔王陣営こっちは聖女の居場所や正体を突き止めているのに、聖女陣営あっちは目の前に魔王がいてもわからないくらいには情報格差があるみたいだ。それなら、今のうちに聖女について調べたほうがよさそうだ。

「わかりました。その話、受けます」

 わたしはムナーファカの話に乗った。別に魔道具を作るくらいはどうということもないし、何より、金竜との戦いに同行させてもらえることになっている。聖女の戦いを見ることができるのは大きいし、それに、金竜の住処はわたしが土のダンジョンを作る候補地の一つなのだ。その意味でもちょうどいい。


 わたしの承諾を得たムナーファカは、いきなりわたしに頼んだ。

「早速ですけど、あの子、ラーニヤのための武器と防具を作ってほしいのですわ」

 そう言って、予算と報酬を説明したあと、前金を渡してきた。前金だけで結構な額である。最近は全然お金を使わないけど、奨学金の返済もあるので、あるに越したことはない。

 わたしはそのままラーニャのところに向かった。確か、闇属性を持っているせいでいじめられていた平民の子だったはずだ。わたしが武器と防具を作ることを伝えると、ラーニャははにかんで笑った。

「セキラさまが装備を作ってくれるんですか!?うれしいです!」

 わたしは、ラーニャの得意な武器、戦い方、苦手な魔物なんかを聞き出す。武器も防具も、その人にあったものを、というのがムナーファカの依頼なのだ。

「へー、属性は闇以外には火で、使う武器は片手剣かあ。じゃあ、盾は使うの?」

「いえ、使ったことがないです」

 なんでも、ラーニヤは田舎の小さな村の出身で、珍しく魔法が使えたので村の後援によって学園に通うことになったそうだ。だから、戦闘の訓練とかは全然やっていないらしい。せいぜい、村にやってきた魔物を追っ払うのを手伝ったくらいなのだとか。


「うーん、ちょっと戦闘スタイルを見せてくれる?」

 わたしは実際に見てみて、盾を作るかどうか、鎧の重さはどのくらいがいいか、というのを考えることにした。正直、ラーニヤは経験不足で、本人の話だけだと適正がよくわからなかったのだ。

 わたしはラーニヤを連れて決闘場の森へと向かうと、彼女に剣を素振りするように言った。でも、全然フォームがなっていない。正直、杖を使ったほうがまだマシだ。魔法も一通り使ってもらったけど、どれも普通にイマイチだ。魔王になる前のわたしでも、もっとうまく戦えたと思う。

 正直、ラーニヤをドラゴンとの戦いに参加させても、足手まといになるだけだと思ったわたしは、思い切って彼女に訊いてみた。

「これで本当に魔物と戦えるの?これじゃあ、オークだって倒せないよ」

「でも、ムナーファカさまは言ってくれたもん。私には才能があるって」

 聖女の目は節穴か?そう思うくらい、ラーニヤには戦いの才能があるようには見えなかった。


 そこでわたしは、最後に実戦の様子を観察するために、こっそり瘴気を操って、小さなフォレストウルフを生み出した。極限まで弱くしたから、ケガの心配はないだろう。

「えっ、魔物!?なんで学園に!?」

 フォレストウルフを発見したラーニヤが、慌てた声を上げる。彼女は剣をでたらめに振って戦おうとするけれど、フォレストウルフはすばしっこく避けて、一撃も当たらない。

「ナール!」

 ラーニヤは火の魔法を放ったけど、その弾速は遅い。当然、回避されて、そのままフォレストウルフは彼女にとびかかった。ラーニヤは剣で防ぐこともできず、押しかかられて倒れてしまう。

 やっぱり、弱いね。

「ゾラーム」

 わたしは闇の玉を放つ魔法をあえて詠唱つきで使って、フォレストウルフを倒す。そのままラーニヤを起こすと、ケガを光属性の回復魔法で治す。

「シファー」


 わたしは、回復したラーニヤに言った。

「今のままでは、危険すぎるから、明日、ムナーファカに言ってあなたをドラゴン討伐のメンバーから外してもらうね」

 唇を震わせたラーニヤであったが、わたしが本気だとわかると、黙ってうつむいた。







 *********







 翌日、わたしがムナーファカにラーニヤの件について話したら、なんといきなり却下された。

「本気ですか!?学園に迷い込んだフォレストウルフも倒せなかったのに、無謀ですよ!」

「でしたら、あなたが守ればすむことですわ。闇も光も使えるのでしょう?その魔法と魔道具があれば、大丈夫なはずですわよね?」

 そんなこと言われても、普通は無理だ。少なくとも、魔王になる前のわたしではできる気がしない。わたしが言うのもなんだけど、この聖女はドラゴンをなめているのか?

 仕方ないので、わたしはもう一つの切り口から攻めてみる。しかし、ムナーファカは決定を変えない。

「だったらそもそも、なんでただの足手まといを連れて行くんですか?」

「ラーニヤは勇者となる資格があるからですわ!あんなに厳しい境遇を必死に耐えて、それでも必死に生きて……あなたにはそれがわかりませんの!?」

 うん、これっぽっちもわからない。というか、あんなのが勇者だったら、わたしは殺さないようにするほうが大変だろう。わたしが魔王だと気づかないことといい、実は聖女、見る目がない?


 まあ、いくらわたしが主張しても、リーダーのムナーファカが決定したことは覆らない。こんなリーダーについていく人たちは大変そうだ。特に、戦えないのに強制参加のラーニヤは気の毒だ。わたしはひそかに彼らに同情した。




 そんなわけで、わたしは金竜の住処へ出発するまでの間、せっせと魔道具を作って過ごした。もちろん、予算で購入した一般的な素材を使うけれど、作るのは魔王城のわたしの工房である。そこで、わたしは転がっている素材を使って、こっそり秘密の魔法陣を追加することにしたのだった。


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