ガアシュ火山に行こう
「よし、準備万端!いざ、ガアシュ火山にレッツゴー!」
「セキラ様、乗せていくから」
いろいろと下調べをして、必要な道具も準備したわたしは、満を持してガアシュ火山に向かうことにした。一応明日とあさっては休みの日だから、うまくいけば講義に支障は出ない。
本当はわたしとアミナの二人で行くつもりだったのだけど、当日になってクァザフが行きたいと言い出した。
「一応、クァザフは認知されているから見られるとまずいんじゃないの?」
「むしろ、姿がみえないと、怪しい」
確かに、クァザフのような巨体のドラゴンが、探してもずっと見つからないのは不自然だ。だからどうしたという話ではあるが、あの聖女ムナーファカなんかは胃が痛い思いをするだろう。
「わかった。途中まではクァザフに乗せてもらうことにするよ。でも、行き先がバレるのは嫌だから、途中から人間の姿になってね」
「いいよ」
クァザフとの話が終わったところで、わたしはアミナにくぎを刺した。
「アミナ、わたしは山に入る前に麓の村に泊まるつもりだから、そのつもりで用意してね」
さすがに何日も経てばわかる。アミナは、この遠出に際して魔王オーラ全開の豪華な衣装をわたしに着せるつもりなのだ。さすがに山に入った後はしょうがないとしても、移動中にそんな服を着ていたら観光ができないではないか。あくまで穏便に、人の入らない火山以外にはなるべく手を出さないようにしたいのだ。
アミナがしぶしぶといった顔でうなずいたので、わたしは満足して魔王城の扉を開いた。
「わあ、早いね」
大きなドラゴンの姿になったクァザフの背中の上で、わたしは快適な空の旅を楽しんでいた。
ガアシュ火山は、マディーナ王国から国境を三つほど超えた先にある。陸路では何か月もかかるし、船を使っても数日かかる道のりだけど、直線的にびゅーんと飛んでいけばあっという間だ。雲の上を飛んでいるから、天候にも左右されない。
クァザフの翼はオーロラのように実体がなく、純粋に魔法によって飛んでいるから、とても静かで穏やかな旅である。
今日の衣装はかわいらしいブラウスとスカートであるが、ちょっと丈が短めだ。それだとこんな高高度を飛んでいて寒くなりそうだけど、温度を保つ魔法陣なんかが縫い込まれているため、とても快適だった。露出している足が冷えることもない。素材や刺繍こそ世に出せるものではないけど、見た目は貴族のお忍びという感じになっていて、けっこう気に入っている。まあ、学園だと着づらいけど。
「あの湖とか、水のダンジョンを作るのにいいかもね」
わたしは下で流れる景色を眺めながら、ほかの属性のダンジョンを作れる場所がないか探す。といっても、半分は観光気分である。そんな簡単にいい場所が見つかるとは思っていない。それでも、景色がころころ変わっていくのを見るのは楽しい。
わたしがのんびりと空の旅を楽しみながらアミナが出してくれた黒いお茶を飲んでいると、アミナがぼそっと言った。
「ダンジョンの候補地を探すならば、配下を利用されてはいかがですか?例えば風のダンジョンを作るのに、もう一つの城を管理している眷属は適任でしょう」
確かに、あいさつくらいはしたほうがいいかも。でも配下を魔王城の外で活動させるのは、ちょっと不安だ。わたしが魔王だとバレないか、とか、人々に悪さをしないか、とか。
そうこうしているうちに、もうガアシュ火山が見えてきた。調べたとおり雲を突き抜けて余りあるほど高くそびえ立つ山で、そこを中心にして、ひとつの島ができていた。火山活動によって生まれた島で、海に面した部分に小さな港町がある。今日はそこで一泊する予定だ。
わたしはクァザフから飛び降りて、自分の魔法で飛行する。クァザフも人間の姿になってわたしについてくる。徐々にスピードを落としていって、村のはずれにそっと着陸する。わたし、アミナ、クァザフの三人は、観光客を装った服装で村に入った。もちろん、クァザフの角は帽子で隠している。
「シーフード!おいしそう!」
村に入ったわたしは、さっそくよさそうな宿をとり、そこで夕食のシーフードパスタを食べていた。黒くない料理は久しぶりだ。
最近はアミナもハーブなんかを使って彩りをつけようとはしてくれているのだが、やはりメインディッシュは真っ黒なままである。味はおいしくても、やっぱりいまだに抵抗感がある。
そんなわけで久しぶりにふつうの食べ物を食べたわけだが、この宿のパスタ、大当たりである。この村特産の新鮮なシーフードがふんだんに使われていて、海老やいか、たこの味がしっかり出ている。パスタもにじみ出たシーフードの味をよくからめとるような絶妙な太さと硬さで、正直、家で誕生日に食べたディナーよりおいしい。
「どうだ、嬢ちゃん。おいしいか?」
「とってもおいしかったです。ここに来て正解でした」
「そうか!そう言ってくれると、作った甲斐があるな!」
だいたい食べ終わったころに、宿屋の主人兼料理人がやってきた。わたしが観光に来たと伝えると、彼はいくつかのお店を紹介してくれた。ガアシュ火山は遠くから見るだけなので、村で楽しむならシーフードだと言っていた。
話の流れで、宿の主人がわたしを心配して忠告をした。
「けど、気をつけな!最近、あの山に棲むドラゴンが活発化しているって噂だ。ひょっとしたら、大噴火が起こるかもしれねえからな」
来る前に調べた情報によると、噴火が起こる直前には火山に棲む赤竜の目撃回数が増えるらしい。理由はわかっていないけれど、一説にはマナの流れが関係していると考えられている。まあ、天変地異にやられた魔王の話は聞かないし、わたしは噴火に巻き込まれても平気だろうけど、この村の人たちは被害を受けるかもしれない。
「おじさんも気を付けてね。何かあったら、早めに避難したほうがいいよ」
わたしもこの主人に言うと、彼は笑って返してくれた。
宿の部屋は、村の大きさの割には質がよかった。もちろん、魔王城の部屋ほど広くもないし、調度品に装飾なんてついてないし、使われた跡が残っているけど、それは比較対象が悪いのだ。昔の寮の自室よりは広いし、椅子やベッドもきれいに整えられている。お風呂がないのがちょっとだけ残念だけど、今のわたしにとっては嗜好品でしかないので、問題はない。
アミナはあまりいい顔をしなかったけど、わたしとしては満足だ。せっかくなので、二人も一緒に寝るように提案してみた。わたしを含め、魔王の眷属は基本的に睡眠は不要なのだけど、ベッドでぐっすり眠るのは気持ちいい。たまの旅行のときくらいはいいじゃないかと言ってみると、クァザフはベッドのわたしに抱きついてきた。アミナは遠慮したけど、ひとりじゃないベッドは新鮮で楽しかった。
翌日、わたしは朝早くに宿を出ると、ガアシュ火山の麓にある竹林に入った。この竹林の竹は成長がはやく、それゆえ地形がよく変わるので迷いやすい。めぼしいものがあるわけでもないので、村の人間はここには近づかない。そこで、わたしはこのあたりに魔王城へのポータルを設置することにした。
わたしの魔王城は異空間に存在しているから、ポータルさえあれば、世界中のどこからでも出入りできる。ひとたびポータルを設置すれば、いつでも一瞬でその場所を訪れることができるようになるのだ。ただ、ポータルは複雑な魔法陣だし、魔王城に出入りするところを見られるのは嫌なので、なるべく人目につかない場所に設置したいのだ。ちなみに、わたしとその眷属にしかポータルを開くことはできないので、魔物が侵入してくるような心配はいらない。
これから世界中にダンジョンを作るにあたって、魔王城へのポータルも設置していくつもりだ。単純に移動が楽になるし、それに、旅の途中でも魔王城に戻ってリラックスできるというのは大きな利点だ。野宿をする必要なんてないのである。
ポータルの設置が終わったら、いよいよ登山だ。わたしはアミナによって、魔王城にいるとき以上に禍々しいオーラを放つドレスを着せられていた。わたしはアミナにもうちょっとグレードを落としてほしいと頼んだけど、断られた。
「ねえ、やりすぎじゃない?」
「セキラお嬢様の魔王としての大仕事なのですから、普段着で行うなどありえません!本当はもう少しアクセサリーを増やしたかったのですが、村の人々にお嬢様の存在を気取られるため、泣く泣くこの程度に抑えました」
柔らかな炎のような布によって織られた赤紫色のドレスは、ふんだんにフリルがあしらわれていて、それがまるで炎を思わせるようなシルエットを作り出していた。その上に普段の倍以上のアクセサリーが、絶妙なハーモニーのもとにちりばめられていた。頭の上のティアラから靴のリボンに至るまで、ひとつひとつが点描のような計算された造形美のアクセサリーは、どれもそれだけで国一つを混乱に陥れるほどの価値があるが、その真価は魔法効果にある。
わたしが一歩踏み出すだけで、鈍い地響きが起こる。竹藪はその身をよじらせ、石は泥のように流れる。わたしの道をさえぎるものが、ひとりでに道を開けていく。わたしを取り巻くあらゆるものは、魔王の力を示す衣装の一部になって、わたしの意志に従属する、わたしを引き立てるための飾りでしかなくなっていた。しかし、その絶大な力でさえ、
「でも、ハイヒールで登山する人なんてふつうはいないよ」
わたしはアミナに軽く冗談を言いながら、風に運ばれてガアシュ火山の頂上へと昇っていく。今のわたしにとって、地形など無意味だ。充満する有毒ガスも、金属が溶けるような熱さも、ただ心地よいものでしかなかった。
あっという間に頂上に降り立ったわたしの前に、赤いドラゴンが現れる。わたしは、そのドラゴンの末路を想像して、すこし哀れな気分になった。この山の生態系を崩すわたしを追い払おうとでもしたのだろうけど、離れていればなにもしなかったのに。
赤竜の体に、赤紫の瘴気がまとわりつく。赤竜が苦痛の叫び声をあげる。きれいな赤色だった鱗に、黒い紋様が刻まれていく。肉体が肥大し、炎禍の竜として生まれ変わっていく。
叫び声が止まると、その竜は、わたしに服従の意を示すように頭を下げた。赤紫の瘴気に侵食されたようなその姿に、先ほどまでの面影はほとんど残っていない。周囲には、同じく肉体を作り替えられた魔物たちがわたしに侍っていて、いまだ尽きぬ瘴気は、新たに魔物をぽとぽとと生み出し続けていた。
「うへえ、魔王ってやっぱり怖いね」
わたしは今の惨状を見て、そう呟かざるを得なかった。なぜなら、現在ガアシュ火山を覆い、今も増え続けているこの瘴気は、わたしのドレスから生まれたものだからだ。
このドレスは、多少は略されているとはいえ一応は魔王としての正装である。それを魔王であるわたしが身にまとえば、禍々しい瘴気が生み出され、周囲を魔物の湧き出る、魔王の領地に変える効果があるのだ。さっき見たように、瘴気に触れてしまったあらゆるものは、最終的にはわたしの配下の魔物へと変貌してしまう。
本来、魔王やその城というのはただ存在するだけで、徐々に周囲に瘴気が拡散していく。わたしの場合は魔王城が異空間にあるし、意識的に瘴気を漏らさないようにコントロールしていたので、例外的に周囲の平穏は保たれていたのだ。ふつうは魔王の生活圏だった場所なんてすぐに壊滅する。
とはいえ、アミナが「魔王として活動なさるのに瘴気を感じられないなんてありえません!」とか言うものだから、しぶしぶわたしは瘴気をまとった衣装を受け入れたのだ。でもまさか、山に登るだけで周囲一帯が支配下になっちゃうとは思わなかった。まだダンジョン、作ってないのに。こんな状態では、いずれわたしに挑むことになる勇者が心配でならない。
とりあえず、わたしはダンジョンを作るため、溶岩に飛び込んでそこに瘴気を流し込んでいく。垂れ流されていたものとは比べ物にならないほど濃度が高い瘴気が、この山を飲み込まんとするほど大量に流れ、混じりあった溶岩はまるで意志を持ったかのように集まっていき、真っ赤な正四面体の透き通った宝石へと変わっていく。
わたしはその宝石に向かってさらに瘴気を流し、そしてダンジョン生成の呪文を唱えた。そのほうが、無詠唱よりはっきりと魔法を発動できる。
「アブニーズィンザーナ」
宝石がまばゆい光を放ち、火山が鳴動した。宝石が地下へと沈んでいくのを見届けながら、わたしは山頂へと飛んで戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます