第23話

「美味しかった」

 ご飯を食べ終え、並川の機嫌が戻った。

「美味しかったね」

「次どこ行く?」

 並川が訊ねてくる。

「ちょっとお手洗い行って来ていい?」

 僕は席から立って言った。

「早く帰って来てよ」

「うん」

 僕は答え、亜子にだけ分かるように自分の太股の側面を軽く二度叩いた。これが並川と友晴君を二人にする合図。

「私も行って来る」

 亜子は僕が出した合図に気づき、席から立って言った。

「亜子も?二人とも早くね」

「うん」

「分かってるよ」

 僕と亜子はそう言って、トイレの方に向かって歩き始めた。

 ある程度歩き並川と友晴君から見えない距離まで行くと亜子が、「これからどうするの?」と聞いてきた。

「隠れて指示を出す」

「何処から指示を出すの?」

「ちょっと来て」

 僕はそう言って、亜子と一緒にフードコートの近くの茂みに行き、二人にばれないように屈みながら隠れた。

「どう?」

「ナイスアイデアとは思うけど結構近くない?」

「大丈夫だよ。それにこれぐらい近くないとどうなってるか分からないし」

「……そっか」

 亜子は納得してくれたようだ。

「それじゃ、作戦を実行していきたいと思います」

「ラジャー……なんだか映画みたいだね」

 亜子は敬礼して言った。

「そうだね」

 僕はズボンのポケットから携帯電話を取り出して、アプリを起動させて、

ー並川さんに謝ろう作戦開始です。指示通りにしてください、とメッセージを送った。

 友晴君はズボンのポケットから携帯電話を取り出し、僕が送ったメッセージを確認しながら携帯電話を操作している。

 携帯電話の画面に友晴君から送られてきたメッセージが表示される。

ー楽しんでないか

ー楽しんでなんかいません。並川さんにはトイレが混んでて時間がかかると伝えてください、とメッセージを送り返す。

「ト、トイレ」

 友晴君が並川に言った。

「何よ、いきなり」

「トイレ混んでるらしいぞ」

「……そうなんだ」

 二人の会話が止まった。

 僕は友晴君に、

ーあのさ。これ覚えてるかと言って、交換日記をテーブルの上に置いてください、とメッセージを送った。

 すかさず友晴君からメッセージが返ってくる。

ーマジかよ

ーマジです。さぁ、早く

ー覚えてろよ

ー何の事が分かりません。さぁ、早く

 僕は催促するメッセージを送った。

「どんな感じ」

 亜子が訊ねてくる。

「これから始まるよ」

「あのさ」

 友晴君はそう言いながら、リュックのファスナーを開ける。

「何よ」

 並川は不機嫌そうに答える。

「これ覚えてるか」

 友晴君はリュックから交換日記を取り出し、テーブルの上に置いた。

「……これって」

 並川は驚いている。

「交換日記だよ」

「分かってるわよ。何で持って来たのよ」

「それは……」

 友晴君は黙ってしまった。

 僕はすかさず、

ー謝りたいんだよって伝えてください。あとは頑張れ、とメッセージを送った。

 友晴君は携帯電話の画面を見る。

「何か言いなさいよ」

 並川はキツイ口調で言う。

「……謝りたいんだよ」

「え?」

 友晴君は席から立ち、

「俺が10年前クラスメイトにからかわれて、お前の事嫌いって言って傷つけた事だよ」

と言った。

 よく言ったと思った。

「…………」

 並川は黙ってしまった。

「ごめん。悪かった」

 友晴君は深々と頭を下げた。

「…………」

 並川は何も答えない。

「本当にごめん」

「……信用出来ない」

 並川はボソッと答えた。

「え?」

「信用できない。だって、また傷つけられそうなんだもん」

 並川は席から立って、言った。

「え、嘘」

 僕はつい言葉をこぼしてしまった。

 並川も仲直りしたいと言っていたはずなのになぜ状況が悪化する事を言うのだ。理解できない。天邪鬼なのか。

「どうするの?」

 亜子が心配そうに聞いてくる。

「……祈ろう」

 他力本願しか選択肢が浮かばない。

「神頼み?」

「うん。全力で祈ろう」

 僕は力強く合掌して、祈り始めた。

「う、うん」

 亜子も僕と同じように祈り始める。

「それじゃ、どうしたら許してくれるんだよ」

「アンタが考えなさいよ」

 並川の口調がさらに強くなっている。

「やばくない」

 亜子が何度も僕の肩を揺らしてくる。

「ヤバイ、ヤバイ。計画が……」

 思っている言葉が全て口を通して、外に漏れて行く。このままいけば、高松真一史上初の依頼失敗の可能性が大いにありえる。

 どうすればいいんだ。

「…………」

「…………」

 並川と友晴君は突然黙ってしまった。二人の間には重い空気が流れている。

 今すぐ、僕が二人の前に出て仲を取り持った方がいいんじゃないかと思った。だけど、

どんな言葉でどんな風に仲を取り持てばいいか思いつかない。

「……10年前から」

 重い空気を打破しようとしたのは友晴君だった。

「…………」

 並川は何も言わず友晴君を見ている。

「10年前から、いや、10年前以上前から愛花の事が好きでした」

「え?」

 並川はあまりの衝撃に固まってしまっている。

「え?」

「え?」

 僕と亜子は不意を衝かれ、見つめ合ってしまった。

 友晴君の口から出た言葉は謝罪の言葉ではなく告白だったのだ。予想外だ。

「もう傷つけないし。嘘もつかない。何があっても愛花の味方になる……だから、許して

ください」

 友晴君は深々と頭を下げた。清清しいほど気持ちがこもっているように見えた。

「何で謝罪が告白になってるのよ」

 正論だ。でも、並川、君も素直になれと僕は思った。

「…………」

 友晴君は頭を下げたまま何も言わない。

「……それじゃ、私も正直に言うわ……私も……私も、10年前以上から友晴の事が好きでした……だから……だから、ずっと一緒にそばにいてくれるって約束してくれるなら許してあげる」

 並川は目を赤くしながら、何度も言葉を詰まらせながらも、自分の正直な思いを友晴君にぶつけた。

「……え?」

 友晴君は頭を上げて、並川を見た。

「どうなのよ」

「……約束する。絶対に破らない」

 友晴君は力強く答えた。

「それじゃ、許してあげる」

 並川は満面の笑みで言い、大粒の涙を流し始めた。10年間溜めていた思いが溢れ出て

いるかのようだった。

 友晴君は涙を流している並川に歩み寄る。そして、そっと抱きしめた。

「……ずっと……ずっと待ってたんだから」

「悪りぃ」

 友晴君は包み込むように優しく言った。

「……これってさ、成功でいいんだよね」

 驚きの連続で頭が思うように動かない。自分の判断が正しいか分からない。

 僕は亜子に訊ねた。

「そうだと思う」 

 亜子は頷いた。

「仲直り出来たって事だよね」

「うん」

「やった!」

「やった!」

 僕と亜子は嬉しさのあまり立ち上がり、ハイタッチをした。

「……何してんのよ」

 並川と目が合ってしまった。

 僕と亜子は隠れていた事を忘れていた。

「いや、それは……」

 必死に言い訳を考える。

「……えーっとね」

 亜子も言い訳しようとしている。

「……えーっとですね。逃げる」

 僕は亜子の手を掴み、その場から走って逃げた。二人に見つかるまでに言い訳を考える

時間稼ぎをする為に。


 夕方になった。疲れた僕らはファンタジーランドから出た。あの後、僕は嘘を並べて、並川に納得してもらった。

「見せつけられてるね」

 亜子が僕に言う。

「そうだね」

 僕は手を繋いでいる並川と友晴君を見ながら答えた。

「何か言ったか?」

 友晴君が睨みながら聞いてくる。しかし、睨みの中に照れが入っているのか全然怖くない。

「何でもないよ」

 僕はとぼけながら答える。

「……そっか」

「うん。それじゃ、もうお開きにしよっか。みんな疲れてるだろうし」

「そうだな」

「それがいい」

「うん」

 三人が僕の意見に賛同する。

「よし、解散」

 並川と友晴君は仲良く去って行った。

 僕は二人の背中を見て、単純に羨ましく思った。そして、10年間互いを思い続け、思いが実った現場に立ち会えた事が奇跡だとも思った。

「私達も帰ろっか」

「そうだね。家まで送るよ」

「いいよ。気遣わなくて」

「危ないから」

「……分かった。それじゃ、家の近くまでお願いします」

「了解しました」

 

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