第15話

自転車を漕いで、龍聖との待ち合わせ場所であるグラウンドに向かっていた。

 野球をしたあの日から数日。僕は身体全身を筋肉痛に襲われていた。軽く動かすだけで悲鳴をあげそうなほどの痛みだった。

 今はだいぶマシになったが、まだ完全に痛みが引いた訳ではない。

 龍聖との待ち合わせをしているグラウンドが視界に入ってきた。グラウンドの方を目を凝らして見ると人影が見える。まさか。そんなはずない。そんなはずあるわけないのだ。

 しかし、グラウンドに近づくにつれ、それが事実だと分かった。

「おーい」

 龍聖が僕に向かって手を振っている。ありえない。夢でも見ているのか。

 あの時間を守らないで有名な龍聖が待ち合わせ時間よりも、僕よりも早く来ているなんて。信じられない。信じられるはずがない。

 僕はグラウンド近くの駐輪スペースに自転車を置き、龍聖のもとへ急いで向かった。

「おっす。無視すんなよ。手振ってたのに」

「……お前、本当に龍聖か?」

「当たり前だろ」

 確かに僕の前に存在する男は龍聖だ。

「珍しいな。お前の方が早いなんて」

「うるせぇ。団体行動何年目だと思ってんだ」

「10年くらいか?」

「小1から野球をしているから14年だ。団体行動を熟知してるに決まってるだろ」

「お前が言うと説得力0だな」

「何でだよ」

「お前だからだよ」

「意味わかんねぇ」

「言葉のままだよ。それでなんだよ。呼び出して。打撃不振とかじゃないだろ」

「何かお前とキャッチボールしたいと思ったからだよ」

「何だよそれ。気持ち悪いな」

 ちょっと嬉しかった。

「うるせぇよ。いいから始めるぞ」

「はいはい」

 僕は鞄からグローブを取り出し、龍聖とキャッチボールを始めた。

「お前さ、将来の事とか考えてんのか?」

「はぁ?急にどうした」

「いいから言えよ」

「……全然考えてない。お前は?」

「俺はプロに決まってるだろ」

「ハハハ、お前らしいな。お前ならいけるよ」

「それしか道がないからな。こんな頭じゃどこも雇ってくれないからな」

 龍聖が投げたボールを捕球して、投げ返す。

「言えてるな。でも、お前だったら体育教師とかもいける気がするんだけどな。まぁ、教員免許取れないか」

「うるせぇよ」

 龍聖の力のこもったボールを捕球する。そして投げ返す。

「……お前、昔からそうだよな」

「何が」

「他人の事はよく見てるくせに自分の事は全然見てないよな」

「え?」

 龍聖はたまに核心をつく言葉を言う時がある。

「やっぱり気づいてなかったか」

「どういう意味だよ」

「お前は他人の為なら全力を尽くすのに自分の事になると全然力を出さないんだよ」

「…………」

 龍聖の言葉に納得した自分がいた。

「まぁ、それがお前の長所でもあり短所でもあるんだけどよ」

「お、おう」

「お前さ、他人の為に頑張れる仕事したらいいんじゃねえか」

「どんな仕事だよ」

「それはお前が見つけなきゃダメだろ」

「た、確かに」

 龍聖がボールを投げる。

 僕は龍聖が投げたボールを捕球して、力を込めて投げる。

「お前がお前に合ってる仕事を見つけて頑張ればきっと輝くと思うんだけどな」

「龍聖。お前今もの凄くクサイ事言ってる気がするぞ」

「俺は汗臭くないぞ。ちゃんとスプレーとかシートで匂い対策はしてるんだから」

 話が噛み合わない。

「違う違う。そう意味じゃない」

「冗談だよ。ジョーク」

「お前が言うと冗談に聞こえないんだよ」

「うるせぇよ。でも、俺思うんだよ。お芝居とかでさ、スポットライトを浴びてる人ってかっこいいんじゃん」

「まぁ、そうだな」

「でもさ、本当にかっこいいのってスポットライトを当ててる人だと思うんだよ」

「……龍聖」

 龍聖の言葉になぜだが救われた気がした。

「悪りぃ。柄にもなく語っちまった」

「謝るなよ」

「おう。それじゃ、この一球で終わりにしようぜ」

「お前本当に自分勝手だな」

「いくぞー」

「無視すんなよ」

 龍聖は大きく振りかぶり、全力でボールを投げた。

 龍聖の投げたボールはあっという間に僕のグローブに収まった。

「ナイスボール」

 龍聖のボールの衝撃で手が痺れている。

「じゃあな。俺、帰るわ。これから練習だし」

「え?」

「頑張れよ。馬鹿野郎」

「お、おい」

 龍聖は風のように去っていった。

「……馬鹿野郎はお前だよ……ありがとうな」

 電話でも言えたはずなのに。龍聖はわざわざ会って言ってくれた。それほど、僕が悩んでいるように見えたのだろう。やっぱり、あいつは親友だ。いや、かけがえのない大親友だ。

 僕は少しの間その場で大親友の温かい言葉を噛み締めていた。

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