憧れの狐耳神絵師が、いつの間にか僕の家に住み込んでメイドをしている件

長根 志遥

第1話 再会

「うわっ、今日は一段と目立つね。彩乃あやのセンセイのそういうところ、尊敬するわぁ」


「その『彩乃センセイ』って呼び方やめてよ。恥ずかしい……」


 久しぶりに会ったっていうのに、顔を合わせた瞬間そう言い放った姫華に、私は苦笑いを返した。


「ごめんごめん。それじゃ――菰乃こものちゃん、久しぶり」


 姫華が言い直すと、私もちょいっと手を挙げて挨拶を返す。

 でも……。


(確かに姫華の言う通りかも……、かなぁ?)


 そう思って、自分の服を見下ろす。

 黒に近い濃緑のワンピース。その上にはフリルの付いた白いエプロンドレス。

 自分では見えないけれど、頭にも同じようなフリルのホワイトブリムまで付けている。

 うん。どこからどう見ても、いわゆる『メイド服』っていうものですねぇ。カンペキに。


(でも……)


 私は肩をすくめながら、ぐるりと周りを見る。

 広いホールには、通路を含めて多くの若者(だけではないけれど)がいっぱい。

 だけじゃなく、私のようなコスプレをしている子だったり、中にはもっと際どいコスチュームの子もちらほらと。

 私なら赤面しちゃうな、あれは……。


 ま、まあ……それはそれ。

 いずれにしても、こんな格好が許されるのも、この会場がいわゆる『同人誌の即売会』という特殊なイベントだからこそだ。

 それに――


「私にはこのほうが都合が良いの。知ってるでしょ?」


 私は目を少し細めてそう返す。

 その言葉に、姫華は視線を少し上げてから、バツが悪そうに小声で答えた。


「……そうだったね。ごめん」


「べつに良いよ。……生まれつきだし、もう慣れたし」


 私はそう言いながら太い尻尾をくるっと丸めて見せる。

 こうして冗談めかして振る舞えるようになったのも、ここ数年の話だ。

 『外見だけ』を見られることには、ずっと慣れないままだったけれど――少なくとも、ここはそれを気にしなくていい場所だ。


「でも、あんまり動かさないほうがいいと思うよ? それ……」


 姫華の指摘に、私ははっとして、力を抜いて尻尾をだらんと下ろす。

 あぶないあぶない。

 この尻尾が『本物』だとバレたら、せっかくこんな格好をしてきた意味が無くなっちゃう。

 それにこの耳も……。


「ありがと。気を付けるね」


「うん。……にしても、CaToneZキャットーンズの影響ってすごいよねぇ」


 姫華はあきれた顔で会場を見渡す。

 私も釣られて視線を向けた先には、猫耳のアクセサリーを付けたゴスロリ風の女の子が何人か。

 それは最近デビューした5人組猫耳アイドルグループのコスプレのようだ。


「そうね。私にとってはありがたいわ」


 そのグループの存在も、私にとってはとても助かっている。

 なにせ、『グループの子たち全員が生まれつき猫耳の少女』だからだ。


 この現代でも、なぜ突然そういう耳や尻尾を持った子が生まれるのかはわかってない。

 でも、猫耳や犬耳の子がクラスに一人いるかいないか、そのくらいはいる。


 ただ、こうして芸能界にってのはこれまでなかったことだった。


(って言っても、私みたいな狐耳はこれまで数えるくらいしか見たことないけど……)


 彼女たちのおかげで、最近は街中でも猫耳を付けるアクセサリーが流行り、私もあまり目立たなくなった。


(――ま、私はジロジロ見られたくなんてないから……)


 だから小学校の頃から必死に絵の練習をした。

 おかげで今はこうしてイラストレーターとしてひとりで生活できるようになって、周りの目を気にすることも少なくなった。


 目の前の姫華はそのことを知っている数少ない友達だ。

 漫画を描くのが好きで、今も高校に通いながら、こうして即売会で同人誌を出しているってところも私と似ている。

 だから私も仕事の合間に顔を出した、というワケ。


「新刊、一冊買うね」


 私は姫華の前に並べられた薄い本を一冊手に取る。

 値札には500円と書かれていたから、お金を出そうとポケットに手を入れた。


「あー、お金なんていいよ。持って行って」


「そういうわけにもいかないでしょ。親しき中にも礼儀あり、なんだから。それに私のが――」


 そのあとを言いかけて、口ごもる。

 高校に行かずプロとして活動している私のほうが、多少使えるお金は多い……と思う。

 でも、それを口にするのは良くない気がして。姫華なら、大丈夫だとは思うけど……。


 姫華はちょっと眉を顰めつつも、小さく頷く。


「……それじゃ、お言葉に甘えて。ありがとね」


 私は500円玉をちょんと姫華の掌に載せ、少し口角を上げて笑顔を作った。


 ふと――

 話に夢中で気付かなかったけど、後ろを見たら何人かのお客さんが待っているみたい。

 まだ話したいことはあったけど、あんまり邪魔するわけにもいかない。

 それに姫華となら、べつにこの場所じゃなくても機会はあるだろうし。


「それじゃ、また今度ね。ばいばい」


 私は手を振って姫華のブースにくるりと背を向けた。

 できるだけ、尻尾が自然に動くように意識しながら。


 ◆◆◆


「あの子……」


 僕が何気なく人混みを眺めていたとき、その中を歩くひとりの少女に目を奪われた。

 顔ははっきりと見えなかった。

 けれど、この同人誌の即売会という特殊な場所でさえ、彼女の明るい金髪と濃緑のメイド服は存在感が際立っていたからだ。


「本格的だな、あの耳と尻尾。……狸じゃなくて狐か? 本物じゃないだろうけど……」


 横に立っていた朝倉が呟いたのが耳に入る。

 朝倉は大学の同期で、この即売会の手伝いを頼んでいた。

 偶然にも同じ少女を見ていたようだ。


「そうだね」


 彼女のプラチナブロンドの尻尾は僕も見た。

 今流行っている猫耳アクセサリーとは違い、大きく太いその尻尾は、確かに朝倉の言うように狐のようにも見えた。

 ただ本当に狐の尻尾を持つ人を見たのは、これまで子供の頃に一度だけ。

 そのくらい、珍しいのだ。


(だから、たぶんコスプレだよね……)


 でも、なんとなくその姿が目に焼き付いて離れない。

 もう一度その少女を視線で探すけれど、人混みに埋もれてしまって見つけられなかった。


「すみません。試し読み、良いですか?」


 不意に声を掛けられて、僕は現実に戻る。

 見れば、ブースの前に僕と同じ大学生くらいの男がいた。


「あ、はい。もちろん、良いですよ」


 僕は笑顔を作り、手で促す。

 頑張って作った同人誌が手に取られ、パラパラとページが捲られる様子をぼーっと眺めていた。


 ◆


「榊葉、そろそろ片づけの準備を始めるか?」


 僕の横でちらっと腕時計を見た朝倉は、人の減り始めたホールを見ながら口を開いた。

 釣られて僕もスマートフォンの時計を見る。

 14時30分過ぎ。


 イベントは15時までだから、そろそろ目当てのものを手に入れていたら、帰ろうと思う頃だ。

 こんな地方都市での即売会だから、ブースの数もそんなに多くない。

 昨年末の冬コミからまだ1か月しか経ってないしね。


「ま、そんなに急がなくてもすぐ終わるよ」


「そっか。……なら、ちょっと周ってきていいか?」


「いいよ。ごゆっくり」


 僕はそう促す。

 ブースに来てくれる人もほとんどいないだろうし、僕ひとりでも大丈夫だろう。

 そう考えながら、朝倉の背中を見送った。


 そのときだった。

 視界の端で何か光ったように感じたのは。

 慌てて振り向きながら、僕は無意識に小さな声を漏らしていた。


「あ……」


 そこには数時間前に人ごみの中で一瞬見かけた、あのメイド服の少女が立っていた。

 女性の年齢なんて正確にわかるわけないけど、たぶん僕よりも若い。高校生くらいかな。


 真っ赤なアンダーリムの眼鏡の中から、日本人とは思えないライトグリーンの瞳が、まっすぐに僕のほうを見ている……ように見えた。

 でもそれは僕の勘違いだとすぐに気づく。


(……見ているのは、ポスターか)


 ちょうど僕の後ろ。

 僕のブースの紹介のための吊りポスターを見ているようだった。

 そのポスターには冬コミの新刊の表紙――去年アニメ化されたメディアミックス作品の二次創作の――を大きく印刷していた。


 ――ごくり。


 ポスターを見て本に興味を持ってくれる人はそれなりにいる。

 だから『いつものこと』なんだけど、なぜか蛇に睨まれた蛙のように、僕は身動きができなかった。


 彼女が一歩近づく。


 ようやくそれで金縛りから脱した僕は、震える声を絞り出す。


「……よ、よければ見本誌ありますよ」


 その声に、少女の大きな耳――狐のような――が、ピクリと動いたように感じた。


「……ふぅん。それじゃ、見せてもらいますね」


 ブースの前まで近づいてきた少女に見本誌を手渡す。


「ありがとうございます」


 小さく頭を下げながら受け取った彼女は、僕の本の表紙に視線を落とし、じっと何かを見ているようだった。


(珍しいな……)


 見本誌を渡すと、すぐに中を確認する人が多い。

 表紙に力を入れているから見て欲しい気持ちはあるけど、そういう人は珍しいんだよね。


 彼女はじっくり表紙を見ながら何度か小さく頷いたあと、ゆっくりと表紙を捲る。

 ――あっ!

 純愛系とはいえ、年齢制限がある本だけど、大丈夫かな……?

 表紙に大きく注意を書いてあるから、見てないはずはないけれど……。


 そんな心配を他所に彼女はゆっくりと読み進めていく。

 その視線の動きから、僕は目を離すことができなかった。


「……うん。それじゃ、とりあえずぜんぶ1冊ずつもらえますか」


 見本誌を僕に返しながら、その少女は並べてあった本をすっと指さした。


「あ、ありがとうございます!」


 僕は慌てて本を重ね、代金と引き換えに少女に手渡すと、持っていた紙袋にそれを仕舞う。

 そして、ほんの小さな会釈のあと、優雅に踵を返した少女は長い尻尾をリズミカルに揺らしながら、ホールの出口のほうに去っていった。


「……な、なんかすげー緊張したなぁ」


 大きく息を吐く。

 それが僕の本音だった。


 ◆◆◆


 ――その夜。

 ベッドに寝転がった私は、今日偶然見つけたサークルの同人誌を目の前に並べる。

 この本の元になったライトノベル――その表紙を描いたのは私だ。

 イラストレーター『彩乃』としてプロデビューした、思い入れの深い作品でもある。


 あれから人気が出て、コミカライズだのアニメ化だの、まさかここまで広がるなんて思ってもみなかったけれど。


「えっと、これが一番古い……のかな?」


 順に手に取る。

 読んでいくと、作品ごとにだんだんと上達してはいる。

 でも正直私と比べたら全然。ま、当たり前だけど。えっへん。


 ただ、誤魔化そうとしてないし、難しい構図にもチャレンジしているのは偉いかな。

 まぁ、そこはいったん置いておいて。


「……ふぅん。やっぱり、ね」


 私が本を買ってまで確かめたかったこと。

 じっくり読んでそれが偶然なんかじゃなかったと確信する。


「……このギミックに気づいた人、初めて見たかも」


 最初見たときは『嘘でしょ?』って思ったくらい。

 それは、ヒロインの腕についているアクセサリだ。

 私がこの原作の挿絵を描いたとき、それこそ小説の著者にすら言わずにこっそりとあるギミックを加えている。


 それは、『ヒロインの気分で模様が変わってる』ってこと。


 誰にも秘密にしていたから、コミックでもアニメでも、そのギミックは存在しない。

 でもこの同人誌じゃ、それがちゃんと原作通りに描かれてる。

 もちろん、衣装や小物のデザインも原作のまま。


 最初ポスターを見たときに『まさか』って思ったけど、間違いなくこの人――たぶん、ブースにいたあの人だよね――はそれに気づいている。

 観察眼、すごすぎない?

 それとも何度も読み返してくれた?


 そんなことを思いながら、どうしても気になって、この本を描いた人のSNSにアクセスしてみた。


「およ、フォローされてる……」


 ありがたいことに私には16万人ほどフォロワーさんがいるから、それ自体は珍しいことじゃないけど。

 向こうのフォロワーさんはまだ1500人くらい。

 そんなに多い数じゃないけど、駆け出し……ってほどでもないか。

 なら――


「ポチっとね」


 ほとんど即決でフォローバックのボタンをクリックする。

 なんとなく応援してもいいかなって思ったのと、どうして気付いたのかいつか聞いてみたいなって。


 でも、まさか将来あんなことになるなんて、想像できるわけ……ないよね?


 ◆◆◆


 (🦊ご挨拶)

 突然カクヨムコンに参戦する、とご主人様が言い出したと思ったら、勢いだけで書き始めたんですよね。

 にしても、なんで私がヒロインなのやら┐(´∀`)┌ヤレヤレ

 でも、抜擢されたなら頑張りますので、続きに興味を持っていただけたら嬉しいです。作品フォロー&★評価をぜひぜひ。お待ちしておりますm(_ _)m

 それでは、引き続き第2話以降もどうぞ。

    作者代理 菰乃

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