夢魔の花園 第二案

後半2


 私、サユ・ナイトメールはとある事情で人間界へとやってきた女夢魔サキュバスで、今は内藤ないとう咲由さゆと名乗っています。郊外にある一軒家に暮らしながら中学校へと通っている……と、いっても今日が転入初日なのですが、それでもごく普通の少女です。

 

「ぅー、げっぷぅ」

 

 そんな私は抱いて寝ていた使い魔で友達のクゥちゃんから可愛らしいゲップ音が聞こえて目を覚ましました。

 

「んー! おはよう、クゥちゃん! 今日も夢をありがとっ♡」

「くぅくぅ~っ♪」


 上半身を起こして腕を上へと伸ばします。今日も快眠、絶好調! この子は夢喰いバクで、こうして一緒に寝ることで夢の中でも一緒にいられるのです。お腹の上に乗った、といっても重量がほとんどないクゥちゃんをお礼を言いながら撫でてあげると嬉しそうにその丸い体を揺らしました。

 

「私が夢魔女だとわかると目つきが変わって怖かったもんね。ほんと、クゥちゃんがいてくれてよかったよー」

「くぅ~~っ♪」 


 夢魔は寝ている間に他人の夢へと侵入します。それは種族としての強制的なものでそこに私の意思は関係ないのです。そして、夢魔女は男性に夢の中で快楽を与えて虜にするために存在している……のですが、私はそれがどうしてもダメで夢魔女教育課程も欠席、悪魔学校を退学になり魔界を追放されました。


 そんな私と幼い時から一緒にいてくれるクゥちゃんは、私の嫌いな男性の欲望から守てくれる騎士ナイトです。私が見たくない人の夢を悪夢と認識した場合、この子は餌として悪夢を食べて私にとって幸せな夢へと変えてくれます。今日も怖いおじさんは私に姪っ子を重ねた優しいおじさんに変わり、楽しい遊園地に連れて行ってくれる夢になりました。なので私は夢見がいいのです。

 

「ぐへへ、今日もとてもお可愛いですね。ええ、本当に寝顔も寝起き姿も可愛くて、私が夢魔男インキュバスなら夢の中でなくても襲っているところです」

「ひっ! ……だ、だれ?」


 ですが、そんな穏やかな時間はすぐに終わりました。部屋のどこからか変態的な発言が聞こえてきたのです。私は恐怖心を抱いて急いで布団を抱き寄せ、無駄だと思っていても不審者に体を許したくない。そんな一心で身を固めます。

 

「失礼。心の声が駄々洩れになっていたようです。それはそうとサユお嬢様、おはようございます」

「マ、マイヤー!? あなた、一体どこに――」

「くぅ~?」


 朝の挨拶をされてようやく、侍女であるマイヤーの声とわかりキョロキョロと周囲を見渡しました。けれど部屋には彼女の姿が見つかりま……せんでしたが、クゥちゃんがベッドの下から伸びた棒とその先端に取り付けられたスマートホンを見つけて鼻でつつき覗き込みます。


「ばっくぅーーーっ!」

「っく、ペット風情が……私が見せているお嬢様の夢を書き換え――」


 っぽんっ!


「ぅ~~~♪」

 



 

 どうやらこれはマイヤーが見せていたのようです。クゥちゃんがお腹いっぱいで苦しみながらも嬉しそうなのでマイヤーは無事に書き換えられたのでしょう。


 私は伸びた棒の持ち手側、ベットの下を覗き込みました。


「……おはよう、マイヤー。えっと、自撮り棒は盗撮のために使いものではないと思うのだけど」

「それはもちろん存じております。しかし、お嬢様の成長の記録をご両親へと報告するのが私の仕事……であるなら! 最高に可愛いサユお嬢様の寝顔や寝起き姿を撮影する責任があるのです!」


 確かに過保護なお父様とお母様は魔界を追放された私に住む場所、お金、使用人まで付けてくれました。代わりに近況連絡は定期的にすることを条件にです。なのでマイヤーの行動は確かに職務の一環なのですが……。


「とりあえずその自撮り棒とベット下に潜ることは禁止します。それと罰として最高に可愛く身嗜みを整えてください」

「っく、罰は素直に受けます。ですがお嬢様、そんなに意気込んでも女学院ですよ?」

「だからこそです!」


 華夢希ハナユメキ女学院は中高大一貫のお嬢様学校、そこで私は夢を叶えるのです。


「夢魔女だからと汚らわしい目を向けられない楽園……私はこの学院で友達を作るのよ!」


 人間界に来た時に抱いていた夢と共に拳を振り上げた――ところで景色が霧に包まれだし……意識が途切れた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 目覚めた私は眠い目を擦りながらベットの横を見るとマイヤーが立っていました。

 

「おはようございます、お嬢様」

「おはよう、マイヤー。また私の夢に侵入していたのね?」


 夢魔は獏同様に触れた対象者の夢に入ることができます。力が強いマイヤーは欲望に染まった夢を私の手を握り見せることができるのです。


「ええ、この国には”初心忘るべからず”ということわざもあります。確かに友人は出来たかもしれませんが――」

「ありがとう、マイヤー。私が夢魔だってまだバレていないけど……貴方から聞いた夢の内容も含めて気を付けないとだね」

「では、朝食の用意をしてまいります。制服はそちらに。失礼します」

 

 マイヤーの退室を見届けて、クゥちゃんとさきほどの夢のように体を少し伸ばしてから顔を洗い、着替えをします。華夢希女学園の制服に身を包むといつも別人のように可愛くてびっくりです。それから朝ご飯を食べて身だしなみを整えてもらます。


「お嬢様のアホ……跳ね毛は可愛らしいのですから直す必要もないですよ?」

「いやよ。それよりも今日の予定を教えて」


 ぴょこんっと跳ねていたアホ毛を念入りに直してきた私に彼女は不服そうですが、説得を諦めて胸元の青いリボンを綺麗に直してから手帳を取り出します。


「朝はいつも通り。昼は棗様とそのご友人方との昼食ですね。お嬢様の好きなプチトマトを入れた可愛らしいお弁当を人数分届けさせいただきます」

「ありがとう。楽しみにしているわ」


 お金持ちの多いお嬢様学校で舐められないようにと、マイヤーに豪華な手作りのお弁当を持ってきてもらったところ、効果がありすぎてたくさんの友人ができました。


「それで、今日はどなたと接触すればよろしいのでしょうか?」

「足立さんの想い人、田中茂と言う方をお願いします」

 

 さらに、友達を作るために夢魔女の力で他人の夢を有効に活用します。マイヤーの夢で繋がる男性をえんがあれば選んで侵入できる力で、クラスメイトの父、兄弟や想い人から当人やその子の趣味や好物をリサーチしているのです。


「かしこまりました。いってらっしゃいませ、サユお嬢様」

「行ってきます」

 

 頭を下げたマイヤーに見送られ、玄関を開けて最寄りのスクールバスが停まる場所まで移動すると、恵と千夏が既に待っていました。


「「咲由様、ごきげんよう」」

「ごきげんよう。恵さん、千夏さん」


 たわいない会話をしながらすぐにやってきたバスへの乗り込みます。停車の度に乗り込む生徒たちで満席になったバスは学校へと到着しました。


「「「咲由様、ごきげんよう」」」

「ごきげんよう。皆さん」


 私がバスを降りると校門へ向けて並んだ10人ほどの生徒たちから一斉に挨拶を受けて返します。やりすぎたと思いながら、転入三ヶ月で恋愛含め、数多の困り事を解決したことで崇拝された私は、今日も友達作りのために華夢希女学園の校門を――。


「貴女が内藤咲由さんね?」

「はい、そうですけど?」

「貴方とお話したいの。少しお時間よろしいかしら?」


 潜ろとしたところ、見知らぬ人から声をかけられました。リボンの色は二年生を表す緑色、上級生で――


 これが新上あらかみ真央まおお姉様との出会いでした。

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