なずなの花弁

大場景

1.出会いはあの河川敷で

 新年度。桜咲き誇る校庭に目新しい学校。すべてが刺激に満ちていた、そんな朝。

 運命の出会いをした。


 一目惚れだった。


 面食いと言われれば返す言葉もないが、それだけじゃなかった。優しい性格も、ちょっと大人っぽいハスキーな声も、好きになってしまったのだ。

 こんなこと、初めてだった。


 名前は、雀野なずな。歳は、僕の一つ上の16歳。高校二年生である。


 登校中に見かけると、思わず見つめてしまう。そんな日々がしばらく続いた。

 もどかしかった。それでもたまにちらと目が合うと、やっぱり嬉しかった。

 でも、めちゃめちゃ恥ずかしかった。甘酸っぱい思い出。


 ある日、ついに僕は人生を賭けた一大決心をする。

 放課後、河川敷に向かう。夕暮れに、川を眺めている彼女をよく見かけるのだ。

 今日も彼女は、いつもの場所で腰かけていた。

 一歩、一歩と近づく毎に、心臓がバクバク高鳴っていく。

 ああ、血吐きそう…。


「雀野、先輩ですよね」


 思わず声が裏返る。やべ。手足はガチガチに震えている。


撫養むやくん、だったっけ。何か用?」


 雀野先輩はそう言って首をかしげると、やさしく微笑む。

 可愛い…。

 っと、そうではなく。


「え、名前しってるんですか……?」

「ああうん、苗字が特徴的だからね」


 この時ばかりは、この難読苗字に感謝した。


「キミ、なんかすごい緊張してるけど、大丈夫?」

「ダ、ダダダダいじょぶでふ」

「はは、それ大丈夫じゃないって。お隣どうぞ」


 促されるがまま、隣に座る。そして座ってから気づく。

 好きな人の隣に座ってる僕。


「え、ほんとに大丈夫?震えてるよ、手」

「いえいえいえほんとに大丈夫です!!……あの」


 急に真顔になって心配するものだから、慌てて弁明する。

 そうじゃなくて。早く本題に入らねば。


「……僕、どうしても先輩に伝えてたいこと、ありまして」

「え、そうなの?」


 先輩はにっこり笑うと、無垢な瞳をこちらに覗かせる。

 ああやめて!そんな目で見つめないで!恥ずかしいから…!!


 ……でも、そう。伝えなきゃ。

 今伝えなきゃ、一生後悔する。

 そんな気がしたから。

 僕は両頬をペンと叩くと、一心に先輩の顔を見つめる。


「あの……」


 春の風が鼻をくすぐる。髪が揺れる。髪をすくい、耳にかけ、目を細める。

 彼女の動作一つひとつに、魔性の魅力がこれでもかと詰まっている。


 やっぱり、僕は雀野先輩が好きなんだって思った。


「僕と……つきあってください」


 静寂。川のせせらぎがよく聞こえる。

 車が一台、後ろの道路を横切る。

 小鳥が、ぴちぴち──


「えっっえっえ?わたし?!」


 先輩は自らの顔を指さすと、あからさまにきょどる。

 ──いや、先輩以外に誰がいるんですか!!


「先輩です!雀野なずな先輩に言っています!」

「あ、あーそうかそうだよねそりゃ、そだよね」


 先輩はポッと顔を赤らめると、スッと目線を落として頬に手を当てる。

 しかしふっと上目遣いに僕を見たかと思うと、少し困り顔で、その唇を動かす。


「はい。よろしくお願いします」


 ん。


 あれ、僕……






 今僕、OKもらった?


「ほんとうですか!!!」


 思わず身を乗り出し、彼女の手を取る。

 瞬間、僕の頭の中には大量のドーパミンが分泌され、視界がバラ色に染まる。

 ドバドバ出てくる。


 鼻血が。


「えっえっ鼻血出てるっ」


 先輩は慌てて制服のポケットからハンカチを取り出すと、鼻元を抑えてくれる。


「ごめんなさい、ありがとうございます……」


 ああ、先輩の匂いがする。幸せかも……。

 あれ、これ変態発言かな。


「ふふふっ」


 先輩はもう片方の手で口元を抑えると、くすくすと笑いだす。

 それにつられて、僕もハハと笑ってしまう。




「あの、さ」


 ふいに彼女は僕を見上げ、語り掛ける。


「実は私、文通が大好きでね。もしよければ、だけど、お手紙のやりとりをしたいなぁ、なんて思うんだけど、どうかな」


 上目遣いで両人差し指同士をつんつんする雀野先輩。

 僕の返事など、決まっている。


「もちろんです!」

「よかったっ!」


 雀野先輩は嬉々とした声をあげると、ニコとはにかみ笑う。


「じゃあ……これからよろしくね、こうき君」


 ────────*─*─*─*────────


 塩チョコにレモン。

 かくして、僕と雀野先輩の文通交流は始まった。

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