第24話
あの日以来、私は毎朝風菜の家に行って髪をまとめてもらっている。赤いリボンのついたおさげは可愛いけれど、ちょっと子供っぽい気がする。とはいえお揃いの赤いリボンを結んでいるんだって思うと、悪くない気分だった。
「いただきまーす」
「いただきます」
あれから数週間経った後の昼休み。
私たちは並木道のベンチに並んで座りながら、弁当箱を開けていた。今日のお弁当は風菜じゃなくて私が作ったものだ。毎朝髪を結ってもらっているお礼ということで、最近はこうしてお弁当を作っていくことが多いのだが。
今日も風菜は楽しそうにお弁当を食べている。
料理を作るのはそれなりに得意な方だ。風菜を本気にさせるために色んな分野を勉強してきたおかげで、私も人並み以上にできることが多い。
私は風菜の横顔を見て、思わず笑った。
ほんと、子供みたい。
お弁当食べてるだけでこんなに楽しそうなの、風菜くらいだと思うけど。
私はくすくす笑いながら、彼女の頬に触れた。
「もー。ご飯粒、ついてます。もっと落ち着いて食べてください」
「だって、美味しいんだもん。りんねの作るお弁当、ふうな好きだなー」
「す……そうですか。それはよかったです」
「これからも毎日作ってねー」
「毎日は嫌です。疲れるので」
「ぶー。ふうなは毎日りんねの髪整えてあげてるのに」
「お弁当作る方が労力かかりますし」
くだらない会話をしながらお弁当を食べる。そんな何気ない時間が、幸せだった。
お弁当を食べていると、他のベンチで男子生徒と女子生徒が並んでごはんを食べているのが見えた。どうやらカップルらしく、お互いにものを食べさせ合ったり、肩を触れさせあったりしている。
なんかちょっと、気まずいかも。
ちらと風菜の方を見ると、彼女も私を見ていた。
「ふうなたちもああいうのやる?」
「やりませんから。早く食べちゃってください」
「はーい」
彼女はくすくす笑う。
変なからかい方するの、やめてほしいんですけど。
私はため息をつきながら、料理を口に運んだ。
でも、どうなんだろう。私も風菜と、あのカップルの人たちみたいなことができたら。想像してみると、ドキドキする。一度してみたら楽しいかもって思うけれど、変になってしまいそうで怖い。
じっと彼女の唇を見ていると、彼女はにこりと笑った。
私は曖昧に笑う。いつの間にかお弁当は食べ終わっていた。楽しいけど、集中できない食事だった。私は弁当箱に蓋をして、そっとベンチの端っこに置いた。
「ねえ、りんね。……キスする?」
「はい!?」
「だって、さっきからすごい熱い視線を感じるんだもん。したいのかなーって」
「そ、そんなことありませんけど! ただちゃんと噛んで食べてるか気になって見てただけです!」
「したそうな顔だったのに」
「したかったとしてもこんなとこでしませんよ。見られるじゃないですか」
「見せつけちゃおうよ」
「……ばか」
キスを見せつけるとか、意味わかんないし。
私がため息をつくと、彼女は笑う。
私たちの関係はこれまでと同じようで、変化している。その変化が悪いものでないことを願うしかないのがもどかしいけど。
私はもう一度、ため息をついた。
そして、放課後になる。
風菜は今日予定があるらしく、HRが終わってすぐに友達とどこかに行ってしまった。私も友達と遊ぼうかと思ったのだが、そろそろ期末テストの勉強を本格的にやらないとまずいから、図書室に向かった。
ずっと前からテストでは一位を取れているし、維持したいよなぁ。
可愛くて頭も良くて最高の優等生だって思われたいし。承認欲求を満たしたいし。愚民どもを見下したいし。
……というのはともかくとして。
私は廊下を歩きながら、窓の外を眺めた。前に風菜が退屈そうに外の景色を見ていたことを思い出して、どうしたものかなって気持ちになる。最近もちょいちょい風菜に本気を出させるために、色んなことをやらせてみていた。
将棋とか、お散歩とか、カフェ巡りとか。
どれもやっぱり、いまいち風菜には刺さっていない様子だった。
本気になれるものが見つかったら、きっと彼女も心の底から笑えるだろうし、楽しい毎日を送れるはず。ずーっと前からそう信じてきたけれど、最近は本当にそれでいいのかな、とも思うのだ。
もし彼女が本気を出さないまま、ずっと怠けて生きていれば。
彼女が私の隣からいなくなることもないのだ。それなら、このままでいいんじゃないかって思ったりもする。
「……いやいや」
そんなの彼女のためにならないだろう。ずっとあの冷たい目をしたまま生きていかなきゃいけないって、きっと辛いだろうし。
……よし!
夏休みはもっと頑張って、彼女に色んなことをしてもらおう!
まず手始めに何してもらおっかな。水泳とかどうだろう。授業ではやっていたけど、本格的にはやっていかなったはずだし。
色々考えていたら、ちょっと楽しくなってきた。
今回も頑張って一位を取って、いい夏休みを迎えるとしよう。
私は図書室の扉を開いた。
「ここはね、この構文が使われてて……」
「ふむふむ……」
図書室には、声を出していいコーナーがある。見れば、そこには私のよく知る人がいた。風菜と、その友達だ。
二人は肩を寄せ合って勉強をしている。
風菜が人に勉強を教えるのなんて珍しいな。彼女も勉強の楽しさに目覚めたんだろうか。
……あれ。
なんか、胸が痛い。
なんで私、こんな気持ちに?
私は重い足を引きずるように、本棚の影に隠れた。そして、二人の様子を眺めてみる。
「風菜って教えるの上手いね。これなら次のテストで赤点取らずに済みそう!」
「でしょ。ふうな将来は先生になっちゃおっかなー」
「絶対向いてるわ。じゃあ私は将来風菜の生徒になっちゃお!」
「えー、生徒になるのは難しくない?」
「そこはまあ、気合で!」
「何それ」
二人は肩を触れ合わせながら、くすくすと笑っている。
その横顔を見て、私は愕然とした。
風菜が笑っているのは、いつも通り。でもその笑顔は、これまで見たことがないくらい楽しそうだった。二人はそのまま、勉強を続ける。風菜はとても熱心に勉強を教えていた。いつもの怠けた姿なんて微塵も感じさせないくらい、本気で。
おかしい。
胸が変だ。
痛いというか、ぐるぐるするというか、とにかく私らしくない。
私はバッグをぎゅっと抱き寄せた。その時、風菜がこちらを向く気配がした。私は咄嗟に、別の本棚に隠れる。
ばくばくと心臓が鼓動を鳴らしていた。
私はその場にしゃがみ込んだ。
私、何してたんだろ。
私が知らなかっただけで、風菜はとっくに本気になれることを見つけていたのか。あんなに楽しそうな風菜も、本気で勉強を教える風菜も、私は知らなかった。このままでいれば風菜は私の隣にずっといてくれる、なんて思ってたけれど、それも間違いだったのだ。
風菜はすでに、私の隣にいてくれるような子じゃなくなっている。
あの笑顔で、それがわかってしまった。
必死になって彼女から隠れてしゃがみ込んでいる自分がひどく馬鹿らしく思えて、私は立ち上がった。今日は図書室じゃなくて、どこかの図書館で勉強しよう。科目は何がいいだろう。やっぱり一番得意な英語からやった方がいいかな。
「……うぇ。何これ」
本気を出したら風菜はすごい。初めからそれがわかっていたはずなのに、彼女の本気の姿を見て苦しくなるのはどうしてなのか。
妙に目の奥が熱いのは、なんなのか。
……やだ。
私の隣から、いなくなったらやだ。私以外の人に本気の顔を見せるのも、やなのに。
「ああ、もう」
私は手の甲でごしごしと涙を拭う。
指で優しく涙を拭いてくれる人なんて隣にいないから、子供みたいに涙を拭ってみるけれど。目の周りが痛くなるばかりで、涙が引く気配がない。
私、ばかだ。
私の好きは、風菜を独り占めしたい好きだったのに。家族にも恋人にも友達にも、どんな関係にもなりたいって、欲張りに思っていたのに。今更それに気づいてしまった。彼女はもう、本気になってしまっているのに。
本当に、これまで私は一体何をしていたんだろう。
もっと自分の心に、素直になればよかった。
……私の、ばか。
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