第15話

「りんねー。そろそろ機嫌、直したら?」

「はい? 私、別に機嫌は全く悪くないですしむしろいい方ですよ?」


 放課後。私は風菜と一緒に駅ビルの中を歩いていた。

 機嫌がいい、というのは嘘ではない。実際これから風菜を処刑できるのだから、それはもう機嫌がいいとも。ようやく仕返しができる機会が訪れたのだ。あとはもう煮るなり焼くなり、やりたい放題である。


 何をしようかな。

 死刑というのは冗談だけど、実際迷う。

 美味しいものでも奢ってもらう?


 それとも毎日お弁当を作ってもらう?

 やってもらいたいことは無数にある。

 へっへっへ、どうしてくれようか。


「怖いし。実刑って、結局何するつもりなの?」

「それは今考え中です。震えて待っててください」

「えー」


 鬱憤は溜まりに溜まっている。

 私は辺りを見回した。いっそ高いチョコとか買ってもらっちゃおうかな。一度痛い目を見れば、私をからかったり授業をサボったりしようだなんて思わなくなるに違いない。


 そう思ったのだけど。

 ふと、雑貨屋さんに置かれた木彫りのフラミンゴが目に入る。

 私はふらりと雑貨屋さんに入って、フラミンゴを手に取った。


「りんねって、そういうの好きだよね」

「可愛いじゃないですか、木彫り。味があって」

「ふわふわの人形の方がよくない?」

「ふわふわもいいですけど、こう、趣が違いますし」

「趣かー」


 部屋にもいくつか木彫りの人形を飾っているのだけど、ぬいぐるみとかの類は持っていない。いつも傍にいる風菜がふわふわだから、これ以上ふわふわしたものはいらないよって心が叫んでいるのだろう。

 私はフラミンゴの値札を確認した。


「に、二千円……」

「木彫りだしね。それくらいするよねー」

「確かにそうですね……」


 私はバイトをしていない。高校はバイトが禁止されているから。

 バイトを勝手にやっている友達もいるにはいるんだけど、私は真面目な生徒なのだ。校則を無視するわけにはいかないのである。


 私はそっとフラミンゴを元の場所に戻した。

 ごめんなさい。今の私にはあなたを受け入れられるだけの力がない……!


「風菜はふわふわのぬいぐるみ好きですよね」

「まあね。可愛いもん、ふわふわのものって」

「なるほどなるほど……」


 ぬいぐるみキットとか渡したら、案外本気になってくれるのでは。手芸、結構いい選択肢かもしれない。風菜って器用だし、その気になったらどんなものだって作ることができそうだ。


 そうと決まれば雑貨屋さんの中にある手芸コーナーに行こう。

 そこに彼女が本気になれる何かがあるかもしれない。


「風菜。ちょっと手芸コーナー見ていきませんか?」

「その前に、ちょっといい? ふうな、もしかしたら本気になれるもの見つけたかも」

「え。ほ、ほんとですか!?」


 思わず声が大きくなってしまって、周りの人に怪訝な目で見られる。

 おっと、つい。

 いや、それはいいんだけど!


「なんですか? 教えてほしいです!」

「そんなに知りたい?」

「はい! それはもう!」

「じゃあついてきて。体験させてあげるから」

「……? わかりました!」


 私が見つけられなかったのは残念だけど、彼女が本気になってくれるなら別にそれでいいのだ。

 私は風菜に手を引かれて、ビルの中を歩いた。





「やっぱりふうなの思った通りだ。最高だよ、りんね!」

「……」

「次はこっちかなー。いや、それともこっち……?」

「あの、風菜」

「なあに?」

「なんで私、こんな服着せられてるんですか?」


 私は服屋さんに連れてこられていた。この前家で着せ替え人形にされた時は、直接服を脱がされたり着せられたりしたけれど。今回は渡された服を着るだけだから、まだマシだ。


 ……いや、ちょっと嘘。

 あんまりマシじゃないっていうか、前よりもっと恥ずかしいかもしれない。

 だって。


「ふうな思ったんだよね。ふわふわで可愛いぬいぐるみを抱きしめてると幸せだし、楽しいなーって」

「はぁ……それで?」

「で、りんねにぎゅっとされた時もなんか楽しいなーって思ったの」

「そーですか」


 あんま嬉しくないけど。別に。

 私に抱きしめられて風菜が喜んでいようといまいと、どうだっていいのだ。


 どうだっていいのに。なんでこんな些細な言葉で、鼓動が速くなっているんだ。


「じゃあ、ふわふわのりんねを抱きしめたらもっと幸せなんじゃない? って」

「……むぅ」


 そう。私は今、ふわふわの服をたくさん着せられている。

 今の私はさながらテディベア。愛らしいもこもこさんなのである。


 女の子ーって感じのフリフリの服を着せられるのも大概恥ずかしかったけど。こういう子供っぽいというか、ふわっふわな服を着せられるのもまた違った恥ずかしさがある。私はもっとこう、落ち着いた服の方が好きなのに。


 私はただでさえ子供と間違われたりするのだ。

 それなのにこんな服なんて着た日には、お子様に間違われること間違いなしって話で。


 間違われること間違いなし……。

 なんだかこんがらがってきた。


「ね、ね。ぎゅってしていい? いいよね?」

「もう好きにすればいいじゃないですか」

「じゃ、遠慮なく」


 風菜はいつになく高いテンションで、私をきつく抱きしめてくる。

 すっぽりとその腕に収まると、ちょっと苦しくなるけれど。


 風菜がこれで満足するなら別にいいとも。つまらなそうな顔じゃなくなれば、ひとまずはよしとする。本気になれることが見つかればなおいいんだけど、これはきっと本気とはまた違うんだろうなって思う。


「んふふー。ふわふわだぁ……」


 なんか、ほんと。

 ここまで幸せそうな風菜を見るのって久しぶりかも。

 普段怠けてばっかだし、退屈そうな顔ばっかしているしなぁ。


 私は仕方なく、体から力を抜いた。強く抱きしめられているせいで、ちょっと体が痛いけど。今の私は風菜のぬいぐるみだ。風菜を癒し、彼女を幸せにするのが私の目的なのである。


「可愛い。ほんと、可愛いりんねにふわふわの服着せたら、可愛いの掛け算で大変なことになっちゃうね」

「風菜は着ないんですか? ふわふわの服」

「今日はいいや。ふうながふわふわになるより、ふわふわのりんねをもっと見たい」


 ここまで喜んでくれるなら、着た甲斐があったというものである。

 私は胸がちょっと温かくなるのを感じて、笑った。


「……よし! この服は堪能したから、次は別の服着てね!」

「はいはい」


 ほんとしょうがない子だよなぁ、風菜は。

 やれやれ。


 私は風菜から離れて、試着室のカーテンを引いた。

 ふー……。

 ……いや、おかしくない?


 もっとこう、私が風菜を振り回して困らせて赤面させて、ごめんなさいって言わせるのが目的じゃなかったっけ?


 なんで私は風菜の言うことを平然と受け入れているんだ。

 ああもう、ほんとに。


 私の人の良さとか性格の良さとか長所の部分がつい出てしまっている。それはとてもいいことだし私ってやっぱり最高だなって思うんだけど。だけど!


 違うじゃん。こうじゃないじゃん。なんでこうなるんだ。

 私はふわふわの服を脱いで、カーテンから手を少し伸ばした。


 そして、そのまま風菜の手を掴んで、試着室に引きずり込む。

 目を丸くしている風菜に、私は微笑みかけた。


「風菜。服、脱いでください」

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