第11話
春風が髪を撫でる。
私たちは学校を出て、街を歩いていた。結構長い時間勉強していたのもあって、辺りはすっかり暗くなっている。
日が沈んでも暖かいのが春のいいところだ。とはいえそろそろ、じめついててやな時季の梅雨が来るのだけど。私は割と癖っ毛なところがあるから梅雨になると悲惨なことになるのだ。頭が爆発して、普段以上に髪のセットに時間がかかってしまう。
その点風菜はストレートだからいいなってちょっと思う。
「風菜。何色のリボンが欲しいとかありますか?」
「プレゼントなのに、ふうなに聞くの?」
「プレゼントだから聞くんです。変な色だとつけてて楽しくないじゃないですか」
「ダメだよ、りんね」
彼女はふわりと笑う。
相変わらず、柔らかくて甘やかな、可愛らしい笑みだった。
「ふうなに聞くのはカンニングと一緒だよ? 頭がいいりんねなら、ふうなの今欲しいリボン、ちゃんとわかるでしょ?」
「……むぅ」
確かに私はテストの点数がかなりいい方だ。いや、かなりっていうか中学でも毎回学年一位を取っていたし、今回の中間も一位だったんだけど。私は風菜と違ってそこまで出来がいい方じゃないから、めちゃくちゃ勉強しているってだけなのである。
そもそも頭がいいからって人が欲しがるプレゼントを選べるわけじゃないと思う。
私は小さく息を吐いた。
「わかりましたよ。黄土色のリボンとか選んでもちゃんとつけてくださいね」
「そんな色のはあんま売ってないと思うけど……りんねが買ってくれるならつけるよ」
そう言われると責任重大な感じがするのだけど。
本当に変な色のリボンなんて選んだ日には、風菜がダサい子みたいになってしまうではないか。それで周りから馬鹿にされて孤立して、みたいなことになったら困る。最初から変なのを選ぶつもりなんてなかったのだが、気合いを入れないと駄目そうだ。
駅ビルの中にあるお店で、私たちは肩を並べてアクセサリーを眺める。
ヘアアクセサリーも本当に多種多様で、シンプルなのとかモチーフが可愛いのとか、宝石みたいにキラキラしたのとか色々なものがある。
私は普段髪を纏めたりしないから、こういうのを見るのは新鮮で楽しい。
ここの店はリボン系のアクセサリーも充実している。形も色も様々で、目移りしてしまうけれど。最近の風菜は甘い服を着ることが多いから、それに合わせたリボンがいいんだろうなって思う。
となるとヒモみたいなのより蝶みたいなのの方がいいかな。
でもそれは去年プレゼントしたし……。
「……ふふ。これ、りんねに似合うね」
風菜はパステルカラーのシュシュを私の髪に当ててくる。
「私、髪は纏めませんから」
「えー、どうして」
「纏めてもぶわってなっちゃって嫌ですし。それに、窮屈で嫌なんです」
「ぶーぶー。絶対可愛いのに」
「ぶーぶー言わないでください。ぶたさんになっちゃいますよ」
「なったらりんねに飼ってもらっちゃうかな」
「絶対嫌です」
私が真剣にリボンを選んでいてもお構いなしに、風菜はちょっかいをかけてくる。猫みたいにちょいちょいと髪をいじってきたり、肩にもたれかかってきたり。
「もー! 今集中してるんですから、邪魔しないでください」
「ふうながぶたさんならりんねは牛さんだね」
「私はずっと人間です!」
思わずため息をつく。
風菜をその気にさせるためとはいえ、リボンをプレゼントするなんて言わなければよかったかな。
私はちょっと後悔しながら、アクセサリーを手に取った。
それは白くて可愛らしいリボンのついたヘアゴムだった。ちょっと長めなリボンが、今の風菜には合っている気がする。私は直感的にそれを二つ手にとって、レジに向かおうとした。その時、制服の裾に抵抗を感じた。
振り返ると、風菜が私の制服を引っ張っているのが見えた。
「ほんとにそれでいいの?」
彼女は静かな声で問う。
私は彼女をじっと見つめた。
「ゆさぶろうとしないでくださいよ、もー。これでも私、真剣に選んでるんですから」
「あはは、わかってるよ。でもそのリボン、六年前にプレゼントされたのと似てない?」
「えっ」
「ほら、あの透明感のあるやつ」
「あー……」
そう言われるとそうかもしれない。
風菜に似合いそうなものを買っていると、系統が似た感じになってしまうのかもしれない。そもそも十年以上毎年リボンをプレゼントしているのだから、被っても仕方がないというか。
「りんねがいいならいいんだよ? でも、ほんとに昔と似たようなのでいいのかなぁって、ふうな思うんだ」
「……む」
「りんねからもらったリボン、全部大事に取ってあるけど……あとで振り返った時に似たようなのがあるなぁって気づいたらちょっとがっかりしちゃいそう。気持ちが感じられないっていうか」
「むうぅ……!」
手抜きみたいに思われるのは癪だ。毎年どれだけ必死になってリボンを選んでいるのか、風菜は知らないのだ。ネットで見るだけじゃわからないからわざわざ現地のショップに行って、良さそうなのをピックアップして。最終的に何日か経った後にもう一回良さそうなリボンを見て、やっぱりいいって思ったのをプレゼントしているのだ。
毎年リボン選びに合計24時間はかけているに違いない。
丸一日ですよ、丸一日。
選びに選んだ渾身のリボンなんだから感謝してくださいって言いたい気分だ。押し付けがましいから絶対言わないけど。
「わかりました。わかりましたとも! じゃあ今から風菜に本当に合うリボンを探してみせます! その代わり、いいのが見つかるまで付き合ってもらいますからね!」
「いいよ」
「門限破ることになっても知りませんからね!」
「うち、門限ないし。りんねんちもないじゃん」
「細かいことはいいんです! じゃあ、風菜。……行きますよ」
「はーい」
私は商品を戻して、風菜の手を引いた。
このお店のリボンも可愛いんだけど、別のお店も見てみたい。
スマホでお店を調べて、街をふらふら彷徨い歩く。一軒、二軒、三軒とお店を見るたびに、段々何が良くて何が良くないのかわからなくなってきた。
「りんね。ふうなお腹すいたー」
「も、もうちょっとですから!」
「お義母さんにはふうなの方から、ごはん外で食べますーって連絡したからね?」
「あ、はい。ありがとうございます」
もう時刻は八時を回っている。
確かにそろそろごはんを食べないと倒れそうってくらいにお腹が空いている。でも今の私にとって一番大事なのは、風菜へのプレゼントを選ぶことで。
その時ふと、調べた時には出てこなかった小さな雑貨屋さんが目に入った。
私はふらりとそのお店に入って、中を見てみた。ダークブラウンの木を基調にしたお店は、なんというか落ち着く感じがする。アクセサリーも置かれていて、その中にはリボンもある。
赤いリボンのついたヘアゴムが目に入る。
風菜の服やメイクに合うのかはわからないけれど、私はそれを手に取った。
「……それでいいの?」
風菜が問う。私は頷いた。
「はい。これがきっと、一番いいんだと思います。……駄目ですか?」
風菜はくすくす笑った。
「駄目じゃないよ。……りんねって、昔から変わんないよね」
「それは風菜もじゃないですか。……赤、好きですよね?」
「好きだけどねー」
何か含みがあるけど、まあいいだろう。
私は赤いリボンを二つ買って、お店を出た。さっきまではお店選びに夢中で気づかなかったけれど、街に吹く風はすっかり夜のものに変わっていた。冷たくはないけれど、昼とは違う感じ。
「さ、風菜。じっとしててくださいね」
「つけてくれるの?」
「いつもやってるじゃないですか。なんでそんな驚いた顔してるんですか?」
「あれは誕生日限定のサービスなんだと思ってたから」
「そういうわけじゃないですよ」
「ふーん……じゃあ私が頼んだら、いつでもしてくれたり?」
「私の気分次第です」
私は彼女の髪を一度解いて、リボンを付け替えた。
毎年こうやってリボンをプレゼントしているのだ。どうしてこんなやり方をし始めたのかは覚えていないけれど。
あれ、そういえば。
「赤いリボンプレゼントしてくれるの、これで二回目だね」
彼女はそう言って、にこりと笑った。
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