第7話

 結局、料理は彼女が本気になれることではなかった。彼女が鼻歌まじりに作ったクッキーはとても美味しかったけれど。一度作れば満足らしく、彼女はクッキーの粗熱をとっている間にスマホを眺め散らかす怠け者に戻ってしまったのだ。


 料理、いいと思ったんだけどなぁ。

 むしろ彼女があまりやってこなかったことに、本気になれるものが眠っているのかもしれない。そうは思うんだけど、彼女もあれでなかなか色んなことをしているのだ。普段は怠けきっているのに、いきなり何かを始めたりすることも多いし。


 彼女があんまりしないことで、何か面白そうなこと。

 考えた末に、私が出した結論は。


「風菜! 私と一緒にこれ、やりませんか?」


 私はゲーム機を彼女に見せた。

 風菜は意外とゲームをあんまりしないのだ。私もほとんどしたことがないのだけど、両親はゲーム好きだから、家には色んなゲーム機がある。


 もちろん最新機種もあって、たくさんソフトが揃っている。その中には風菜の本気を引き出せるものもあると思ったのだが。


「ふうなゲームきらーい。酔っちゃうもん」

「最近のゲームは酔わないかもしれませんよ!」

「えー」

「ちょっとだけ! 五分だけやりましょう! ね?」

「りんねがそこまで言うならやるけど……」


 風菜はコロコロとソファを転がって、床に落ちてくる。

 そして、コントローラーを手に取った。


 なんたる怠け具体。もうちょっとやる気出してもいいんじゃないかなって思うんだけど。ゲームってこう、楽しいものなんじゃないの? お父さんもお母さんも、休日はゲームでめっちゃ興奮してるし。


 お母さんたちと違って私がゲーム好きにならなかったのは、間違いなく風菜が原因だ。風菜がいつもいつも本気を出さないでだらけきっているから、風菜を本気にさせるために頑張らざるをえなかった。そのせいで私の時間はこれまで奪われてきたのだけど。


 いや、そんなのりんねが勝手にやってるだけでしょって言われたらそうなんだけど。


 でも違うじゃん。

 ずーっと無気力でつまらなそうな姿を隣で見せられたら、本気で楽しめることを見つけてあげたいって思うじゃん。風菜のばか。


 ……脳内風菜に怒っている場合じゃない。

 落ち着こう、私。


 最近の私は、風菜を本気にさせることに全力を注いでいる。これまでみたいに風菜の本気が見たいな〜、なんて甘い心構えではないのだ。絶対本気にさせる。死んでも本気にさせる。

 それができなきゃ天笠りんねの名が廃るって話である。


「やりたいゲームあります? 二人でやれるゲームでお願いしますね!」

「ふうなゲームにそんな詳しくないんだけど……。これでいいんじゃない?」


 風菜は有名なレースゲームを選択する。

 私はにこりと笑った。


「いいですね! じゃあ早速やりましょ! 楽しみですねー」

「なんかりんね、テンションおかしくない? どしたの?」

「どうもしてません」


 ちょっと寝不足なだけだ。その原因は、昨日の夜、風菜が選びそうなゲームを死ぬほど練習したことだ。せっかくやるなら私がそれなりにうまかった方が風菜も楽しめると思ったのだけど、二時まで起きてたのはさすがにやりすぎだった。


 普段はもっと早く寝るのに。

 寝る時間は小学生の頃からずっと変わっていない。それを言ったら風菜に絶対「寝る子は育つって言うけどりんねは育たなかったね」ってからかわれそうだから言わないけど。


「さ、やりましょう風菜! 負けませんよ」

「んー……」


 今日の風菜はいつにも増してやる気がない。

 そんなにゲーム、興味ないですか?


 いや、こういうのは始めてみると意外に楽しかったりするのだ。私はコントローラーを手に取って、ゲームをスタートさせた。


「あっ……ん、ちょっ! これ滑りすぎじゃないですか? 摩擦係数どうなってるんですか!?」

「はぁ……」

「ちょ、ちょっと風菜! 私ばっかり狙わないでください!」

「あー……」

「ふ、う、な! 逆走しないでください!」

「そうだねぇ……」

「風菜!」


 だめだ。

 風菜は恐ろしいまでにやる気がない。てっきりもうちょっと興味を示してくれると思ってたんだけど、よくよく考えたら風菜って全然負けず嫌いじゃないしなぁ。


 こういう順位が決まる系のゲーム、好きじゃないのかも。

 でも、お母さんとお父さんはバトル大好き人間だから対戦系のゲームが多いのだ。普段からあの人たち、プリンを争ってじゃんけんばっかしてるし。二つ買えばいいのに、なんで一つだけ買ってじゃんけんするんだろう。あれが夫婦円満のコツ……とか? 逆に仲悪くなりそうだけど。


 しかし、私にも確かに二人の血が流れているわけで、競うのは嫌いじゃなかったりする。


 ……仕方ない。

 この手段は使わないつもりだったけど、そうも言っていられないか。

 馬が走るにはニンジンがいるのだ、きっと。


「風菜。次のレースは、勝負をしませんか?」

「勝負?」

「はい! 負けた方は勝った方の言うこと、なんでも聞くって勝負です!」


 すんごい安直なルールだけど、これならさすがの風菜も乗ってくるだろう。


 そう、これが私の最終手段。風菜というお馬さんを走らせるためのニンジンである。


 さあさあ走れお馬さん! 本気になったあなたの姿を、私に見せてみるがいいですよ。


「それって、ほんとになんでもいいの?」


 おっと。案の定食いついてきた。

 これじゃ馬ってよりお魚さんって感じだな。

 はっはっは、単純単純。


「なんでもいいですよー。さすがに財力的に叶えられないことはありますけど、私にできることなら」

「じゃあ逆立ちで市内一周とかでも?」

「それ私にできることじゃなくないですか……!?」

「きっとできるよ、りんねなら」


 風菜はにっこり笑って言う。

 ちょっと待って?


 さすがにそんな無理難題を言われると困ってしまうのですが。もっと高校生らしい可愛い感じのお願いにしてほしい。何か奢ってとか、行きたいところがあるから付き合ってとか。

 ……やっぱ勝った方が負けた方に何か奢らせるとかじゃダメですか?


「あの、風菜? やっぱり……」

「始めよ、りんね。ふうなが勝ったら、りんねはふうなの召使ね」

「召使!? ちょ、ちょっと待っ……」

「はい、スタート」


 有無を言わさず、彼女はゲームを再びスタートさせる。

 私は背中に嫌な汗が滲むのを感じた。風菜は学習能力がとても高いのだ。不慣れだったことでもちょっと練習すれば人並み以上に上手くなる。


 しかし。

 最初は風菜も普通の人同様に素人なのだ。今回はまだ二ゲーム目だし、練習なんてできていないはず。そんな風菜に、徹夜で練習した私が負けるはずがない——!





「はい、ふうなの勝ちね」


 はい。

 知ってましたとも。どうせこうなるんだろうなぁって薄々思っていましたとも。


 いや、別に悔しくはないですよ?

 だって私も負けず嫌いってわけじゃないし。うん、全然悔しくなんてないけど。


 うむむ。せめてあと一日練習しておけば負けることはなかったのに。ていうか結局本気にさせることもできなかったし。


 私のことをちらちらと横目で見ながら片手間でやっていた風菜に負けるなんて、私もまだまだである。一体いつになったら、彼女を本気にさせられることやら。


 ……はぁ。

 テンションが非常に下がってまいりました。


「えへへ、負けちゃいました。すごいですね風菜! 普段ゲームしないとは思えないくらい上手です! この調子で、次のゲームしませんか? きっと風菜がハマれるゲームもあると思うんです! 私、風菜と一緒にもっとゲームしたいなぁ」

「可愛いけど、ダメだよ?」

「何がですかぁ?」

「いや、りんねがえへへとか言って甘ったるい声出す時って、何かを誤魔化そうとしてる時だし」

「えー? そんなことないですよぉ」

「ふうな思うんだけど、りんねってそういう時はほんとイキイキしてるよね。……りんね、約束は約束だよ。わかってるよね?」

「うっ。……わ、わかってますよ。私は敗者、風菜は勝者。敗者は這いつくばるのみ……!」

「大袈裟だなぁ、もー。そんなひどいこと言わないから、安心して?」

「風菜……!」


 そうだよね。

 風菜が優しい子だってことは私が一番よく知っている。昔一緒に巣から落ちちゃった雛鳥を手当てしたりしたもんね!

 あの頃から風菜は怠け者だけど優しく——


「じゃあ、りんね。ふうなの服、脱がせて?」


 なかったかもしれない。

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