第四十三話

 トーゴとロスで別れてからは、本当に嫌な仕事が待っていた。そもそもメキシコってスペイン語が公用語じゃなかったか? 俺スペイン語なんか知らねえぞ。

 玄関のところで躊躇していると美人(制服はパッツンパッツンだが)のお姉さんがやって来て「Hola! トモナガね、私は今回の担当のガブリエラ、よろしく」

 と英語で言ってくれた。スペイン語がペラペラの東洋人なんてそうそういるもんじゃないからね。

「とっ、友永です、よろしくお願いします」

 美人の凄い圧で友永は思わず腰が引けた。俺、これでも公安なんだけど。

「案内するわ。ついて来てちょうだい」

 後ろを歩きながら、身長百六十七センチ、体重六十九キロ、バスト九十八、ウエスト七十二、ヒップ百六、髪の長さは肩甲骨の上だけど一つに編み上げているから首の下くらい、などと彼女を分析する。

 次回の制服はXLサイズにした方がいいよなんて言おうもんなら自分が死体になりそうだ。

「どうする? 初日の死体見る? あれ半分腐乱し始めてたから、一昨日の活きのいい死体を見た方がいいと思うけど」

 活きのいい死体って何だよ、と心の中でツッコみながらも腐乱の始まったようなのよりはやっぱり活きのいい奴の方が見ていて気持ちいい。いや、気持ち良くはないけど。

「活きのいいやつで」

「オーケー。こっちよ。もう大変なのよ、遺体安置室モルグが満タンで。五日も前のなんか山に置いて来て鳥に食わせりゃいいのに。鳥葬ってのがあんのよ、場所によっては」

 さすがメキシコ、言うことがいちいち凄い。いや、これは彼女の個人的な性質によるものかもしれないが。

「この部屋がエル・ファミリアね。隣がカルテル・デ・アグレス。一昨日のは……」

「いえ、昨日の遺体だけで十分です」

「そうよね、どれ見たって大して変わんないから。はい、どうぞ」

 彼女がドアを開けてくれた部屋には二十人くらいの遺体が並んでいた。

「これがエル・ファミリアのメンバーか」

 中南米の典型的な骨格、肌の色、顔立ち、そしてヒゲ。日本人はこんなにひげを残さない。

「体に傷がないでしょ。そりゃあこういう連中だから多少はあるけど、どれも新しい傷じゃないの。この人見てちょうだい、明らかに喉を折られてる。だけど何かで殴った跡がないのね。素手だと思うのよ。首を絞めたとかそういう時間をかけてないのね。時間かけると跡が残るでしょ。だから多分一瞬」

 素手で一瞬。それで首を折る。空手でできるかもしれないが、タイミングを合わせるのは難しいだろう。

「それでこっちの遺体なんだけどなぜか仙骨が脊椎からずれてるの、その上頸椎もずれてる。トモナガちょっといい?」

 彼女は俺の横から腹部に膝蹴りを入れる恰好をした。

「これで仙骨をずらして、膝から崩れたところを」

 と言われたので膝から崩れてやると、いきなり首の後ろにポンと手を乗せられた。これで彼女が空手をちょっとかじっていることも判明した。

「こうして頸椎に一発。やっぱり素手。もう一人凄いのがいるわ。あんまり見たくないと思うけど」

 司法解剖されたらしい遺体があった。内臓がメチャメチャで、腹の中に小型の爆弾でも入れられたのかという感じだった。

「なんでこの人が解剖されちゃったかってやつね。見た目が綺麗でなんで死んだかわからなかったの。それで解剖してみたらこの通り。外部からの打撃によって内臓が破裂するってのはよくあるけどね、例えば鉄パイプで腹部を思いっきり殴って腸管破裂とかね。だけどこれちがうのよ。エネルギーの中心点がみぞおちの辺りなの、みぞおちの皮膚近くじゃなくて内部なの。意味わかる?」

「何らかのエネルギーが外から与えられて内部で爆発的な力に変換された、と?」

「そ。さすがハポンの警察は優秀ね。ここの連中なんか、わたしがそう言ったら笑ったのよ。バカばっかりで嫌になるわ」

 ごめん、俺もそんなことができると思って言ってるわけじゃない。でも、もしもそんなことができるヤツがいるとしたらそれこそ本物の亡霊た。

「体に銃創も刺創もないっていうのがファンタジーだな。普通マフィアつったら銃かナイフくらいは装備してるだろ、どんな下っ端でもさ」

 ガブリエラはちょっと大きすぎる胸の前で腕を組むと、「そうよねぇ」とため息をついた。

「そもそも事務所で弾が一発も発射されてないとこ見ると、銃を使う暇も無かったのかもしれないわ」

「そんな化け物いますかね」

「十七、八年前なら王九龍ワンガウロンっていう凄い暗殺拳の遣い手が中国にいたけど、亡くなったから……今は大したのはいないわね。それこそ幽霊だわ」

「メール。見せて貰えますか」

「いいわよ、ついて来て」

 ふたたびXLサイズの方が良さそうな制服の後ろをついて行くと、事務所から押収したものが雑多に積んである部屋に入った。その部屋のすみっこで、他の警察官がパソコンをいじっている。

「彼はカルロス。ねえ、ちょっとカルロス、この人わざわざ日本から来てくれたの。例のフジワラメール出してくれない?」

「ちょっと待ってくださいね」

 一分ほど待たされて「これです」と呼ばれた。

『御社と取引したい フジワラ』

「これだけですか?」

「そうです。ロス・チェレス、ロス・エペス、イグナシオ・カルテル、ギジェルモ・カルテル、ガルシア・カルテル、エル・ファミリア、カルテル・デ・アグレス全部同じ文面です。メキシコに先立ってアメリカのシンジケートがいくつか襲撃された事件でも、同じ文面のメールが犯行予告のように来ていたそうです」

「発信場所は」

「全てそれぞれの事務所です」

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