凄腕の泥棒〜初仕事の現場は町の大豪邸、盗みの才能が開花した⁉〜

赤坂英二

第1話 男は泥棒



 男は泥棒である。



 しかし、まだ盗みに入ったことはない。



 それでも男は泥棒である。



 どうして泥棒になろうとしたのかは、この際語らないことにしよう。



 今まさに「初仕事」に挑もうとしている。



 獲物は以前より吟味を重ね、決めたある家に決めた。



 そこはその町で一番立派に見える屋敷に目を付けた。



 男は電柱の影からひっそりと屋敷の様子をうかがった。



 家主がお昼のこの時間いないことは調査済みである。



 家主が何をしているかはよくわからない。



 だが、あれだけ立派な家だ、きっと中には価値のあるものが何個かあるだろうと考えた。



 歩いて屋敷に近づいていく。



 勿論男には知り合いに泥棒などはいない。



 本屋に行っても「盗み方 入門」、「泥棒ノウハウ」といった文字はどこにも存在しない。



 泥棒養成所もなければ師匠、先生もいないのだ。



 つまり、男は自分で考えなければならず、全部男の思い付きでやっている。



 まず迷ったのは「どう自然に侵入するか」だ。



 昼に侵入するなら表から堂々と入っていった方が自然である。



 とすると、どんな「人物になるか」を考えなければならない。



 様々な格好を鏡の前で試してみた。



 かっちりとしたスーツのセールスマン、近所に越してきた風の人間など衣装を試した。



 結局、作業員「らしい」服装をして侵入することに決めた。



 家の調査に来た人間を装うのだ。



 そうすれば周りの住人からの目をごまかしやすいと考えた。



 建設現場の職人が利用する店で、一番安い作業服を買った。



 より作業員感を出すために、無駄に汚れを作ったのが細かいポイントである。



 念のために偽の名刺も作ってある。



 人は名刺に弱いと聞いたことがあるからだ。



(誰もいない、よな……?)



 きょろきょろと視線のみを動かし、誰もいないことを確認して、敷地内に踏み入れる。



 入り口を撮影するカメラがないことは知っている。



 自然にしていれば怪しまれるはずなどない、そう男は信じている。



 しかし、

 バクバクと強く打つ心臓。


 震える足。


 ぶれる一歩。


 手汗。


 寒気。



 あきらかに不自然だ。



 しかし外目には自然に見えるようにいつも以上に足に力を入れて歩いた。



 敷地に入るまでの数歩がこんなに長く感じるとは思わなかった。



 敷地に入った。

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