第24話

飛行船の中から闇が溢れ出す。その闇が飛行船を覆い尽くし、心臓の鼓動の様な大きな音が鳴り始める。

 ほ、本当にこのタイミングで孵化するのか。最悪だ。戦力が整っていなさすぎる。

 卵の殻が割れるような音がする。

「み、みんな逃げろ。ミロナが孵化する」

 周りに居る全員に向けて大声で指示を出す。しかし、皆はサラエとの戦闘で負傷している。動ける人間の方が少ない。どうする。どうすればいい。

「無駄だ。お前達の終わりだ。俺の勝ちって事だ。哀れな者共よ」

 ミネルはズボンのポケットからサラエがつけられていた手錠と同じものを取り出して、掲げた。あの手錠をミロナに付けられたら、もうなにも打つ手がない。

 卵の殻が割れる音が終わった。その直後に悲鳴の様な産声が響き渡る。飛行船を覆いつくした闇は飛行船の中へ吸収されていく。

 突如、飛行船の表面を黒い炎が焼く。焼けた部分から女性が外に出て来た。その女性は地面につきそうな程のロングヘアー。髪色は基本黒で金色のアッシュが至る箇所に入っている。身に纏っている布は黒い。

 ……このおぞましい姿をした女性がミロナなのか。でも、それしか考えられない。信じたくない現実だが事実だ。

 あの飛行船の表面を一瞬にして焼き尽くした黒い炎に触れるだけで人生が終わってしまうだろう。

「その力を私の為に使ってくれ。ミロナよ」

 ミネルがミロナに近づいて行く。

 ミロナが真っ赤な瞳でミネルを睨む。そして、次の瞬間ミネルは衝撃波を喰らい、吹き飛ばされて、地面に倒れた。

 ……近づけない。何通りものプランをシュミレーションしても近づける可能性はほぼゼロ。格が違う。本当に終わりかもしれない。

「我が仲間達よ、集え」

 ミロナは大声で言った。すると、街の方から大量のソウル・エッグがこちらに向かって飛んで来る。白いソウル・エッグも虹色のソウル・エッグもどんどん黒くなっていく。

 ミロナの頭上に大量の黒いソウル・エッグが浮かんでいる。何が起ころうとしているんだ。

「テルロ、聞こえる?」

 無線から母さんの声が聞こえてきた。

「聞こえるよ」

「そっちにラルカさんと一緒に向かってるんだけど何が起こってるの?大量のソウル・エッグが貴方達の方へ飛んで行くのが見えたんただけど」

「……ミ、ミロナが孵化したんだ」

「え?ミロナが孵化したの?」

「うん。そのミロナのもとへソウル・エッグ達が集まりだしたんだ」

「それは事実なのね」

「あぁ。信じたくないけど事実だよ」

「分かった。急いで向かうわ。それまでどうにか持ちこたえて」

「……うん。努力するよ」

 無線が切れた。

 努力するとは言ったが、どう考えても持ち堪えられそうにない。それに今から起こる事次第で努力する事さえできないかもしれない。

「宴の時間よ、目覚めよ」

 ミロナは不敵な笑みを浮かべながら指を鳴らした。

 宙に浮いている黒いソウル・エッグが次々と割れ出す。そして、禍々しい姿をした生き物達が生まれた。

 ……終わった。分が悪いって言う話では済まされない。打開案など浮かばない。どう足掻いても負ける事以外あり得ない。……もう1人でも多くの命を救う為にどうすればいいか考えるしかない。

「私達は負けません」

 シュトラは叫びながらスナイパーライフルの引き金を引いた。銃口から放たれた弾丸はミロナへ向かっていく。

「……愚かだな」

 ミロナは弾丸を衝撃波で弾いた。

「……噓」

 シュトラは目の前で起こった事実に絶望している。

「まずはお前からにしよう」

 ミロナが掌をシュトラに向ける。掌の前に黒い炎が出て来た。そのサイズはどんどん大きくなっていく。……もしかして、これでシュトラを焼き消すつもりか。

「シュトラ、逃げろ」

 俺は黒い炎が通るであろうコースを予想した。そして、シュトラを守る為にそのコースへ飛び込む。

「終わりだ」

 ミロナの声が後方から聞こえる。ここで死ぬのか、俺は。誰かに聞いた通り、死ぬ時ってあっけないんだな。映画とかの劇的な死に方はあり得ないのか。まだやり残した事いっぱいあるのにな。

 シュトラは俺を見て、涙を流している。泣かないでくれよ。笑っている姿が一番素敵なのによ。最後は笑顔が見たかったな。

 俺はゆっくりと目を閉じた。最後の瞬間は誰かが苦しんでいる姿を見たくない。

 ……もう黒い炎に当たったはず。あれ、意識があるぞ。なんでだ。

「人間。お前は信用できる奴みたいだな」

 背後からコクラの声が聞こえる。

「……コクラなのか」

「あぁ、そうだ。お前と一緒に戦おう。ミロナを救う為にな」

 俺は恐る恐る目を開けた。目の前には涙顔のシュトラが居る。これって、もしかして、生きているのか。いや、生きているんだ。

 俺は振り向いた。そこにはコクラが立っていた。そして、バリアーが俺達を覆って守ってくれている。

「……助けてくれたのか」

「それしかないだろ」

「……ありがとう」

「礼はいらない。お前の名前を教えろ」

「テルロ。テルロ・ロレンツ」

「……テルロか。よろしくな」

 コクラはたしかに俺の名前を言った。これは俺の事を認めてくれていると受け取ってよさそうだ。

「よろしく」

「早速だがこの物語にピリオドを打ちたい」

「……それはバットエンドか?」

「いや、ハッピーエンドだ。でも、それにはあの暴れている姫を救うアイテムが必要なんだ。お前達はそれを持って来てるだろう」

 コクラは訊ねて来た。

 キザな奴だ。だけど、嫌いじゃない。俺もコクラも目的は同じ。どっちが主演俳優になるかって事だ。今回の物語の主役は俺じゃない。コクラだ。だから、俺は脇役に徹しよう。

「あぁ、持って来てるよ。シュトラ、袋からオルゴールと櫛を出してくれ」

「は、はい」

 シュトラは袋からオルゴールと櫛を取り出した。

 俺はシュトラのもとへ駆け寄り、オルゴールと櫛を受け取る。そして、コクラのもとに戻り、櫛を手渡す。

「ありがとう。オルゴールはそこで鳴らしてくれないか」

「……わかった」

 俺はオルゴールの蓋を開いた。すると、中のぜんまいが動き、音楽を奏で始める。

「……懐かしい曲だ。そこで居てくれ。その中なら安全だ」

 コクラはバリアーから出て、ミロナのもとへ向かう。

「そ、その音楽を止めろ。あぁ、頭が痛い。私は……私は」

 ミロナは苦しみながら叫んだ。それと同時に宙に浮いている黒いソウル・エッグから生まれた者達がこの場に居る者全員を襲い始めた。

「コクラ、仲間達が」

「分かっている」

 コクラは左手を天に掲げた。その瞬間、この場に居る者達全員がバリアーに覆われた。

 黒いソウル・エッグから生まれた者達の攻撃はバリアーに弾かれた。

 たった一人でこんな事が出来るなんて。本当に仲間になってくれてよかった。もし、敵だったら手も足も出ないまま街ごと破壊されていたはず。

「凄いですね。コクラさん」

「あぁ、ここまで出来る人とは思っていなかった」

 コクラがミロナの前に着いた。

「もう終わりにしよう。なぁ、ミロナ」

 コクラの優しい声が聞こえてくる。本当は心優しい人なんだろう。でも、ここまで来るまでに色々な事を経験して、人間を信じられないようになったに違いない。それは分かるとは言わない。人間として彼に謝らないといけない。ごめんって。人間が君達を傷つけてしまったって。

「私は壊すのよ。この世界を」

「君がそんな事するはずない」

 コクラはミロナを抱き締めた。

「やめて。離して」

 ミロナは必死に抵抗する。

「やめないよ。ずっと、君を待っていたんだから」

「知らないわ。そんなの知らない。離せって言ってるでしょ」

 ミロナはコクラを思いっきり手で突き飛ばした。コクラはバランスを崩して、その場で膝を着いた。

「何度でも抱き締めるさ。君がもとに戻るまでは」

 コクラは立ち上がった。執念を感じる。それは俺達には分からないほどに強い意志であり、ミロナへの愛情なのだろう。

「うるさい。アンタも消してあげる」

 ミロナは左手を天に掲げる。すると、今までとは比にならない速度で強大な黒い炎が生み出された。さすがにコクラでもこれを喰らえばひとたまりもない。

「やめなさい。ミロナ」

 背後からラルカさんの声が聞こえた。

 俺は振り向く。そこには母さんと車椅子に座ったラルカさんが居た。

「母さん。ラルカさん」

「どうやら間に合ったようね」

 母さんは言った。

「……ラルカちゃん?」

 ミロナを見る。先程まであった巨大な黒い炎は消えて、その場で立ち尽くしている。

 今がチャンスだ。いや、今しかチャンスがない。

 俺はバリアーから出て、ラルカさんのもとへ駆け寄る。

「ラルカさん。一緒にあの二人のところへ行ってくれませんか」

「危ないわ。そんな事ラルカさんにさせる事はできない」

 母さんは俺の発言に反対した。そんな事は分かっている。でも、それしかないんだ。

「……させてください」

 ラルカさんは力強く言った。並々ならぬ意志を感じる。この意志は簡単には折れない。

腹を括った人じゃないとこれほど言葉に力を込める事はできない。

「でも、危険なんですよ」

「それは承知です。でも、この残りわずかの人生をあの子達と過ごせるかもしれないなら、私はどんな危険の中でも行きます」

「……ラルカさん。分かりました。テルロ、絶対にラルカさんを守るのよ」

「あぁ、分かってるよ」

 俺はラルカさんに背中を向けて、膝を着いた。

「乗ってください」

「ごめんなさいね。乗せてもらうわ」

 ラルカさんは俺の背中に乗った。それを確認して、立ち上がる。そして、両手を後ろに回して、ラルカさんが落ちないようにした。

「じゃあ、行きますよ」

 俺はコクラとミロナのもとへ走って向かう。頼む。ミロナ、何もせずに居てくれ。あと、こけてくれるなよ、俺の足。俺がこければラルカさんにも多大なダメージを与えてしまう。

「コクラ、連れて来たよ」

 一度もこけずにコクラ達のもとへ着いた。よかった。本当によかった。これで俺の仕事は終わった。あとは頼むよ。コクラとラルカさん。

「……すまないな」

「君がコクラなのね」

 背中に乗っているラルカさんはコクラに訊ねた。

「……はい。長い間会いに行かなくてすいません」

「いいのよ。テルロくん、下ろしてくれないかしら」

「でも、足が」

「少しぐらいの距離なら大丈夫よ」

「……分かりました」

 俺はその場で膝を着き、背中に乗っているラルカさんを下ろした。

 ラルカさんはおぼつかない足取りで、ミロナの前に行く。

「ミロナ。私の事が分かる?だいぶ老けちゃったけど」

「……分か……る。分かるに決まってる。ラルカちゃん」

 ミロナは涙を流した。その涙は頬を伝い、地面に落ちていく。そして、ミロナの赤い目は少しずつ普通の色に変化していく。

「よかった。分かってくれて。愛してるわ。ミロナ」

 ラルカさんはミロナを抱き締めた。

「…………うん。私も……愛してる」

 ミロナはラルカを抱き締め返した。髪の毛色が艶のあるブロンドに変わっていく。

「許されるなら、三人で暮らしましょう」

「いいの?」

 ミロナは弱弱しく訊ねる。

「いいのよ。ねぇ、コクラ」

「はい。三人で暮らしましょう」

「……ありがとう。ごめんね、酷い事言って」

「いいんだよ。ミロナ」

 コクラはラルカさんとミロナを抱き締める。……この夢を叶える為にどれほどの歳月をコクラは待ったのだろう。どれだけ辛い思いをしたのだろう。どれだけ諦めずにもがいてきたのだろう。俺にはその全てを知る事はできない。でも、言える言葉が一つある気がする。

「……よかったね」

 俺は誰にも聞こえないぐらい小さな声で言った。

「ラルカさん。これでミロナの髪を梳いてやってください」

 コクラがラルカさん達から手を離した。ラルカさんとミロナも手を離す。

 コクラがラルカさんに櫛を手渡した。

「わかったわ。ミロナ後ろを向いて」

「……うん」

 ミロナはラルカさんに背中を向けた。

 ラルカさんはミロナの髪を梳き始めた。ラルカさんもコクラもミロナも全員幸せそうな表情をしている。こっちまで幸せな気持ちになってくる。

 突然、ミロナの身体が光り始める。これは……。

「なに、これは」

「大丈夫です。浄化です」

 コクラはラルカさんに説明している。

 ミロナの全身の光がどんどん明るくなっていく。

 俺は明るさに耐えられなくなり目を閉じた。もう大丈夫だ。心配する事はない。光が落ち着くのを待つだけだ。

「……テルロ、目を開けてもいいぞ」

 コクラの声が聞こえる。

 俺はゆっくり目を開けた。目の前には人形と同様に美しいミロナが立っていた。

「……浄化成功か」

「あぁ、お前のおかげだ」

「いや、君の執念の賜物だよ」

「ハハハ、そうかもしれないな」

 コクラは豪快に笑った。こう言う風に笑うんだ。これからはずっと笑える日々をラルカさんやミロナと過ごせたらいいな。

「そうだよ」

「今度、礼をさせてくれ」

「いいよ、そんなの。仕事だし」

「でも、俺の気がすまない」

「うーん、それは困ったな」

 俺は上を向いた。宙には黒いソウル・エッグから生まれた生物達が浮いてる。

「あのさ、それって今でもいい?」

「あぁ、いいさ」

「じゃあ、この子達どうにかしてくれない」

 俺は宙に浮いている黒いソウル・エッグから生まれた生物達を指差した。

「朝飯前だ」

「私も手伝うわ。私のせいだし」

「じゃあ、頼む」

 コクラとミロナは手を繋いだ。そして、二人は繋いでない方の手を天に掲げた。

「二人とも目を閉じててくれ」

「目を閉じればいいのね」

「分かった」

 俺とラルカさんは目を閉じた。

「浄化を始めるぞ」

「えぇ、ここに居る子達全員を」

 目を閉じていても分かる程の光だ。なんだか温かくて、抱き締められている感じがする。不快感は全くない。ずっと、この温もりに触れたいと思うほどに心地よい。

「二人とも目を開けてもいいぞ」

 コクラの声が聞こえる。

 俺は目を開けた。そして、上を向く。先程まで居た黒いソウル・エッグから生まれた生物達の姿はない。

「どこに行ったんだ」

「周りを見てみろ」

「……周り?」

 コクラに言われた通り周りを確認する。周りには今まで居なかった生物達が倒れている。これはもしかして浄化した生物達なのか。

「これって」

「あぁ、全員浄化したんだ」

「すごい。こんな事できるなんて。あ、あれ。身体が言う事聞かない」

 身体から突然力が抜け、そのまま倒れてしまった。身体を動かそうとしても、まったく反応してくれない。どうしたんだ、俺の身体。

「だ、大丈夫か」

「大丈夫ですか」

「テルロくん?」

 コクラ達の声がどんどん遠くなっていく。そして、視界が暗くなっていく。意識が薄くなっている。こ、これは……。

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