第8話
H&Dコーポレーション、社長室。
俺とシュトラとランソとアーサーは屋敷で起こった事を母さんに報告していた。
「そんな事があったのね」
「あぁ。アーサーが切る事が出来なかったって事は相当な手練れだと思う」
「その通りだと思うわ。ランソちゃんの会社と合同捜査チームを編成するわ」
「わかりました。おば様」
「了解致しました」
「あと、回収したソウル・エッグは我が社とランソちゃんの会社で平等に分けるから」
「あ、ありがとうございます」
ランソは驚きを隠せていない。それもそのはずだ。爺ちゃん達の世代までならこんな風に平等に分ける事なんてしなかっただろう。
「言ったでしょ。これからは手を組んでやっていくって」
母さんは優しい口調で言った。
「……はい。よろしくお願いします」
「えぇ。みんなもう今日は帰って休みなさい。ご苦労様」
「お疲れ様です」
「失礼致します」
ランソとアーサーはドアを開けて、外に出て行った。
6日が経った。あの事件以降、屋敷に人影は現れていない。その代わりミロナがこの街に近づいている影響か黒いソウル・エッグが頻繁に現れるようになった。そのソウル・エッグから生まれた生き物達を浄化する為に朝から晩まで働いている。
街の方では明日開催される祭りの準備が最終段階まで進んでいる。そして、今日、ミロナが街に到着する。
俺とシュトラとランソとアーサーは博物館のエントランスでミロナと投資家のミネル・ハントと父さんの後輩で研究員のトレイス・アンデが来るのを待っていた。全ては母さんの指示。だから、何の文句も言えない。ちょっとは休みがほしいのが本音だが。
入り口の自動ドアが開く。
アルテヴィッヒ市長バクノ・ザンネと父さんの後輩のトレイスさんと清潔感のある中年男性が入って来た。
普段偉そうでメタボリックシンドロームなバクノ市長が低姿勢だと言う事はこの清潔感のある中年男性がミネル・ハントさんなのだろう。
「はじめまして、ミネル・ハントです。よろしく」
ミネルさんは握手を求めてきた。俺はその握手に応じた。
「どうも、テルロ・ロレンツです」
「今日から数日間頼んだよ」
ミネルさんは笑顔で言った。……なんだか、胡散臭い気がする。口角などは上がっている
が目の奥が笑っていない。ちょっと、苦手なタイプかもしれない。でも、この状況だ。バクノ市長の顔と母さん達の顔も立てないといけない。あぁ、めんどくさいな。
「はい。全身全霊をかけて頑張らせていただきます」
全力で真剣な表情を作って、思ってもない事を言った。事実なんだから仕方がない。
「いい心意気だ。他の3人もよろしく」
シュトラとランソとアーサーはミネルに頭を下げた。
「あと、数時間もすればミロナが届くそうだ。君達はそれまで休んでてくれ」
「ありがとうございます」
俺達は休憩室に向かおうと歩き出す。
「ちょっと待ちたまえ」
後方からバクノ市長の声が聞こえる。
……無視したい。あのバクノ市長の事だ。面倒な事しか言ってこないに決まってる。でも、聞かないといけない立場だ。
俺は立ち止まり、振り向いた。
「なんでしょうか?」
「絶対にへまはするなよ。私の今後がかかっているんだ」
バクノ市長は俺の耳元で囁いた。
「分かってますよ。俺達は市長の為に頑張りますから」
「分かってるじゃないか。全力で頑張れ」
「はい。では、失礼します」
バクノ市長は機嫌よく、俺の肩を叩いた。三年前の市長選挙でこのおっさんに票を入れた奴見る目なさすぎだぞ。こんな自分の事しか考えていないおっさんを支持するなんて。
博物館の休憩室。
飲料水や食べ物が部屋中央の長いテーブルの上に置かれている。そして、両側にソファが一つずつある。
俺とシュトラはソファに座っていた。
アーサーは剣を俺達の向かい側のソファに置いて、腕立てをしている。ランソはアーサーの背中に乗って、考えごとをしている。
ドアをノックする音が聞こえる。
「はーい。どうぞ」
俺は外に居る人に向かって、言った。
ドアが開き、トレイスさんが部屋に入って来た。
「トレイスさん」
「こんにちは。ちょっと、テルロ君来てくれないかな」
「俺だけですか」
「あぁ、1人で済むから」
「わ、分かりました」
俺はソファから立ち上がった。そして、トレイスさんと一緒に休憩室から廊下に出た。
「用はなんですか」
「ちょっと伝えたい事があってね。私の部屋に来て欲しいんだ」
「了解です」
俺はトレイスさんのあとについて行く。
伝えたい事ってなんだ。他の三人に聞かれたくない事なのか。なんだろう。気になる。
トレイスさんの部屋の前に着いた。
トレイスさんが部屋のドアを開けた。
「さぁ、入ってくれ」
「……分かりました」
俺とトレイスさんは部屋の中に入った。部屋の中は旅行かばんが二つとテーブル。そして、折りたたみのパイプ椅子が数脚壁にもたれかかっている。
トレイスさんは部屋のドアを閉めた。
「伝えたい事ってなんですか?」
「……黒いソウル・エッグから生まれる生き物達は知ってるよね」
「それは知ってますよ。だって、その生き物達を浄化させる事が俺らの仕事の一つですから」
「……そうだよね、ごめん」
「それで本題は何ですか?」
「……その生き物達を服従させる手錠や鎖が闇市場で取引されているんだ」
「服従させる手錠や鎖?」
「あぁ。その鎖や手錠を付けられた生き物達は感情を完全に奪い、冷酷な生物兵器になる」
「そ、そんなの酷すぎだよ」
そんな事はあってはいけない。命を持った生き物なんだ。兵器じゃない。
「僕や君のお父さん・ジャンさんは今その手錠や鎖について研究をしているんだ」
「……そうなんですか」
「まだその手錠や鎖の全容は解明出来ていない。未知数な事ばかりなんだ。だから、他の三人には言えない。けど、君には伝えてくれとジャンさんに言われてね」
「は、はぁ……」
父さんは俺に何を期待しているんだ。俺にとっては、父さんが一番の謎だ。
「ごめんね」
「いや、謝る事ないですよ」
「ありがとう。テルロ君」
「はい。祭りの間よろしくお願いします」
「こちらこそ。よろしく」
トレイスさんはニコッと笑った。
俺達はミネルさんに呼ばれて、ミロナの展示スペースに来た。
ミロナが置かれる台座には赤い布が掛けられている。その前でミネルさんとバクノ市長
が待っていた。
「すいません。遅くなりました」
俺達はミネルさんとバクノ市長に頭を下げた。
「別に大丈夫だよ。君達にも見てほしくてね」
ミネルさんは台座に掛けられた赤い布を引っ張った。すると、台座の上に飾られたミロ
ナの姿が露わになった。
「……おぉ」
ミロナは今まで見た事ある人形のどれよりも美しい。ブロンドの髪は鮮やか。瞳はコバルトブルーでサファイアのように輝いている。そして、顔の左右の比率は黄金比率。着せられている白いドレスも全く汚れていない。全てが完璧だ。
俺はふと、周りに視線を向けた。みんな俺と同じようにミロナに心奪われている。
「どうだい。凄いだろ。もし、重要文化財じゃなかったら、私はいくらでも出して手に入れようとするだろう。その価値がこのミロナにはある」
ミネルさんは興奮気味に言った。
「はい。なんていうか。人を魅了する美しさがありますね」
「そうだろ。君はよくわかってるじゃないか」
ミネルさんは嬉しそうに俺の肩を叩いた。
……ちょっと痛い。
このミロナがソウル・エッグ達を黒くする力を持っているとは俄かには信じがたい。理由があるのかもしれない。
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