魔王に転生した世界最強のママ。世界を巻き込んで喧嘩している娘達を”めっ”する

@namari600

ママ、魔王になる。

ママ、神様と出会う

「ヘル様。お時間でございます」


「分かった。すぐに向かおう」


 私は椅子から立ち上がり、壁に立てかけてある黒い杖を手に取った。

 黒薔薇を模した杖に、蛇が巻き付いた特注品だ。

 前世の私なら木の枝のような杖で我慢していただろう。だが今の私は違う。地位も力もあるのだから、見た目だけでも“王”らしく——ね。


「扉を開け」


「「御意」」


 魔王城二階、大扉の前に佇む二対のゴーレムが、音を立てて重厚な鉄の扉を開いた。

 私の姿を認めたのか、広場に集う群衆のざわめきが一段と大きくなる。

 ……それにしても、この土地も随分と再生したものだ。

 かつては荒れ果てた大地しかなかったこの国も、今では誰もが栄光を疑わない。

 それほどまでに、私はこの国を、世界を、変えてきた。


   *


 私——ヴィナは死んだ。

 殺されたわけではない。ただの寿命だ。

 見た目こそ若く保てても、老いは確実に身体を蝕んでいく。


 後悔はない。

 愛する娘たちに囲まれて死ねたのだから。

 ……もっとも、「世界最強」などと呼ばれた私には、結婚相手など現れなかったが。


 娘たち七人は全員養子。だが血の繋がりなんて関係なかった。仲は良かったよ、あの頃は。


「で? 神様が私に何の用ですか?」


『こ、怖いです……特に目が……』


 死んだはずの私は、真っ白な空間に呼び出されていた。

 そこで出会ったのは、金髪ロングの若い女。自称・神様。

 彼女は懐から一冊の本を取り出し、ページをパラパラと捲りながら言った。


『この……「世界最強の女」って本、本当なんですか?』


「……何が書いてあるのか、言ってみなさい」


『数多の武闘大会で生涯無敗』


「はい」


『一つの魔法で反乱軍を壊滅』


「帝国の革命軍のことですかね」


『武器に属性を付与する画期的な発明』


「最初に付与したのは椅子でした」


『冬でも収穫できる作物を開発』


「寒さに強い芋と混ぜた結果ですね」


『独裁国家を一月で善政の国に変えた』


「教育方針を少し変えただけです」


『呪死者の街を再生し、人が住めるようにした』


「娘たちの部屋掃除の方がよほど大変でした」


『数百の病気の治療法を発見』


「……本題に入りませんか? おしゃべりが目的なら帰りますよ」


 私は本を取り上げ、紅の炎で焼き払った。

 灰となった残骸が床に落ちる中、神様がボソリと呟いた。


『……それ、高かったんですよ?』


「知りません。何かを隠してるあなたが悪いのでは?」


 私が睨むと、神様はびくりと震え、やがて床に額を擦りつけて語り始めた。


『実は……貴方様の娘様たちが……』


 話を聞く限り、私の死後、あれだけ仲の良かった娘たちの間に争いが起きたらしい。

 「誰が最も私の後継者に相応しいか」——その議論が泥沼化した結果、彼女たちはそれぞれ大陸各地の国に散り、十年間の停戦期間を定めたという。


 そして、十年後。最も発展させた国の主が“後継者”となる——そう決めたらしい。


『ですから、どうか……その類稀なるお力を貸していただけませんか』


「嫌です」


『な、なぜっ!?』


 神様は倒れ込み、短いスカートがひらりと舞った。白か。

 女の私は特に反応せず、淡々と告げる。


「私はもう死んだ身。死者が現世に干渉するなんて、あなたが許しても私は許しません」


『そ、そんなぁ……』


 神様の瞳に涙がたまり始める。……これがこの世界の神様? 情けなくて見ていられない。

 私はため息をつき、背を向けた——そのとき。


「何ですか?」


『……て』


「はい?」


 振り返ると、鼻水と涙でぐしゃぐしゃの神様がそこにいた。

 ……怖い、いや、それより気持ち悪い。


 離れようとしたその瞬間、神様が飛びついてきた。


『だずげでぇぇぇぇっ!!』


「ぎゃっ!? 来るなっ!」


『わだしに、あの子たちはむりっ!むりなのぉぉっ!』


「ちょ、鼻水がっ! ズボンに鼻水がついてるぅっ!!」


『うわぁぁぁん!!!』


 泣きじゃくる神様をあやすのは、かなり骨が折れた。

 そしてその場の勢いで、「娘たちをどうにかする」という大役を引き受けてしまった。


 ……さて、これからどうしようか。

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