第3話 転生したらモブだった
今日は
祝福の儀――それは、人々に神の加護を授け、才ある者には<スキル>を贈る神聖な儀式だ。
スキルを授かるとは、すなわち神に才能を認められるということ。
貴族は代々、スキルを得られる“血”を継いできた者たちだ。
だからこそ、貴族の子がスキルを得るのは当然のこととされ、実際これまで例外はなかった。
だが、彼らはそれを“信仰の結果”とも捉えている。
血と才に恵まれていても、神への祈りを怠ればスキルは授からない――そう信じているのだ。
貴族の生まれならスキルを得るのは当然のことだが、慢心せずに神に祈れ。……両親に何度も言われた言葉だ。
(……スキル?……ゲーム、か?……)
そして今、祝福の儀が始まろうとしている。
礼拝堂の天井は高く、石造りの壁には古びたタペストリーが掛かっていた。
中央には、大理石でできた祭壇。
その奥に、天を包むように両手を広げた女神像が静かに佇んでいる。
ステンドグラス越しの光が床に色を落とし、堂内の空気はぴんと張りつめていた。
僕は、その真ん中にひとりで
膝をつき、うつむき、目を閉じる。
そして言われたとおりに、祈る。
神官の低い祈りの声が、礼拝堂に反響する。
やがて、その声が一度すっと
僕は顔を上げる。
天井から、淡い光が降りてきた。
(……まるで……シャワーみたいだ……)
光は、すうっと肌を通り抜けていく。
何かが体中に染み込んでいくような、微かな感覚だけが残った。
……だが、それだけだった。
女神像が輝くこともなければ、脳内に力の使い方が刻まれることもない。
祈りの中で、ただ時間だけが過ぎていく。
――聞いていた話と
しばらくして、祈りの声が止む。
礼拝堂が静まり返る。
神官は顔を青くしながら沈黙し、両親も言葉を失っている。
誰も何も言わない。
(……お通夜みたい……だな……)
そんな重苦しい沈黙の中、父が前に出てきて、しゃがみこむ。
「気分転換に、町の外へ出てみよう」
そう提案され、黙ってうなずく。
差し伸べられた手を取ると、少し震えているのが伝わって来た。顔色も少し悪い。だが、目の光はまだ失っていかった。
僕が町の外に出るのはこれが初めてになる。外は危険だからと、覗き見る事すら禁止されていた。
外に出て、何かが変わるのだろうか?
疑問に思いつつ、父についていく。
そして門が開き、外の世界が視界いっぱいに広がる。
風に揺れる草。耕された畑。町を囲うように置かれた柵。
――その遥か向こうに広がる、濃い影を落とす不気味な森。
奥から、何かが、こちらを見ていた。
鋭く光る
動けない。
心臓が冷たく握り潰されるような錯覚。
大気が震え、呼吸が止まる。
(……あれは、まさか……)
死そのものが
「――ッッ!! うっ、ごほっ、ごほっ……! はあっ、はあっ……」
締めつけられていた心臓が、今にも破れそうなほど激しく脈を打つ。
脳に直接叩き込まれた“死”の感覚。
恐怖という感情が駆け巡り、体が震えて止まらない。
……いや、そんなはずがない。俺は、あの魔王ですら倒したんだぞ……? それに俺にはアイツが……。
頭では理解している。分かっているはずなのに――体が言うことを聞いてくれない。
文字通り、体が自分のものじゃないような、
「はあ、はあっ……ふう……」
呼吸に意識を向けると、徐々に落ち着きを取り戻していく。
だが、震えだけはまだ止まりそうにない。
……まずは、今の状況を整理しよう。
たしか俺は――そう、事故にあったんだ。
トラックに轢かれて意識を失って――
気づけば、この体だった。
……転生か。それとも憑依ってやつか?
戸惑いながらも視線をゆっくり巡らせる。
俺が寝ているベッドのほかには、石の机と椅子、縦に積まれた収納用の箱。どれも無骨な造りで、飾り気はまったくない。
壁も天井も、灰色がかった石材で統一されていた。隙間ひとつ見当たらないその造りは、冷たく、そしてやけに堅牢だ。
電球は見当たらず、窓の隙間から差し込む自然光だけが、室内をうっすら照らしている。
日本じゃまず見ないタイプの建物だ。けれど何故か、ここが“自分の部屋”という感覚はある。
そして――俺の体。
……小さいな。手が、こんなにも小さくなってる。
恐る恐る触れて確かめる。
柔らかく、頼りない、子どもの手だ。
それに……この体には、
……これはもう転生で確定、かなぁ。
一体何でこんなことになっちまったんだろう。
まぁ、明らかにあの時油断してた俺が悪いんだけどさぁ。
はぁぁぁ~~……。
深く、長いため息をついた。
そのときだった。ドアの向こうから、誰かの声がした。
「……クロウちゃん。もう起きてる……か、な……?」
戸が開き、声の主と視線が合う。
長いホワイトブロンドの髪、やわらかな目元、そして二つの大きなふくらみが特徴的で――って、それは今はどうでもいい。
俺の母さん、シシガルド・レオニル・フェリア、だ。
記憶が少し曖昧だけど、間違いないはず。
それに、彼女の後ろには――
「うっ、ううっ、よかったよぉーーっ!!」
次の瞬間、涙目の母さんが勢いよく胸に飛び込んできた。
いや、むしろ胸を押し付けられてるというか――ちょっ、く、苦しい!
「あーもう、こらこら。落ち着いてってば。強く抱きしめすぎたらまた倒れちゃうだろ」
そう言いながら、母さんの背をなだめるように撫でる男がひとり。
メガネ越しの理知的な黒い瞳。ダークブラウンの髪。
俺の父さん――シシガルド・レオニル・シェルヴァン、だな。
その手がやさしく母さんを落ち着かせ、やがて、拘束は緩まっていく。
た、助かった……。
そして父さんも、母さんごと俺をそっと抱きしめる。腕から伝わる二人の想いが、じんわりと心まで染みていく。
――ああ。あったかいな。
気づけば、さっきまで震えていた体はすっかり落ち着いていた。
そのまま温もりに包まれて――俺はもう一度、眠りへと落ちていった。
◇◇◇
夜。
俺はふと目を覚ました。
部屋の灯りはなく外も真っ暗。けれど、微かに声が聞こえる。
……こんな時間に何を話してるんだ?
布団を抜け出し、そっとドアの前へ。
感覚を鋭く尖らせ、耳を澄ませる。
「……クロウちゃんが祝福の儀で、スキルが現れなかったのって……」
「……やはり、貴族の子としては異例か……」
「……体が弱いのかしら。外に出た途端に倒れたって聞いて。……もう、心配で、心配で……」
「……あの子には、もう無理はさせたくない。家の中で静かに過ごしてもらおう。……“病弱”ということにしても、いいかもしれないね」
――その言葉が、胸に刺さった。
俺を守るために、外の世界から遠ざける。
つまり、鳥籠の中に閉じ込めておくって話なんだろう。
正直、怒ってもいい内容だ。
だが、不思議と腹は立たなかった。むしろ、納得している。
……この世界は残酷で、危険に満ち溢れているからな。
クロウとして過ごした時間、記憶。蓄えられた知識。
そして、あの黒いライオンの正体。
それら全てを繋ぎ合わせたとき、浮かび上がるのはたったひとつの真実。
ここは〈ユニファン〉
――俺が何百時間も遊んだ、あのゲームの
そして、ここ“レオニルの町”。
地図の端に位置する辺境の街で、ゲームの後半にようやく訪れる高難度エリアのひとつだ。
しかも、そばに存在するのは最難関ダンジョン――<獣王の黒牢森>。
黒きライオンが徘徊し、高レベルの魔物がうようよいる森だ。
もし魔王の復活に合わせて、最難関ダンジョンで
もちろん、必ず起こるとは限らない。だが、ひとたび発生すれば、まず助からない。
つまり――この町ごと、みんな全滅してしまう可能性が高いってことだ。
……でも、今の俺にはどうすることもできない。
この体――シシガルド・レオニル・クロウ、か。
もちろん、“シシガルド家”という貴族名には覚えがある。
だけど、こんな名前のキャラなんて聞いたこともない。
ゲーム的に言えば、完全なモブキャラだ。
……今の、
かつて、俺は世界を救った。
剣を振るい、敵を殺し、魔王を討った。
――でも今は? スキルすら持たない、ただの子どもだ。
拳を握る。けれど、力は入らない。
……俺は、一体どうすればいいんだ?
答えの出ない苦悩が、いつまでも頭の中で反響していた。
異世界帰りの勇者、RPG世界でモブ転生 ヒカリ @hikari1023214
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