第2話 勇者の帰還、次は転生


「はぁ……はぁ……終わった、か?」


 最後の魔物が倒れ伏すのを油断なく見届けてから、荒くなった呼吸を整えつつ周囲を確認する。


 森だった場所はもはや見る影もなく、辺り一面、魔物の死骸で埋め尽くされていた。

 折り重なる屍は地平線まで連なり、その果てに、朝日が滲むように昇る。


 だが、光を浴びる大地に立っているのは俺だけだ。

 何度確認しても、もう敵の気配は感じない。

 

 本当に、終わったんだ。


「……はぁぁ〜〜まったく。まさか朝まで掛かるとはなぁ」

 

 ふらつく頭で、あの決戦のことを思い出す。


 あの時――魔王と対峙した俺は、最初の一振りに全てを注いだ。

 光属性の魔力を剣に込めて放った一撃。

 

 それは、溢れた光が天をくほどの高火力であり――結果、魔王はあっけないほど簡単に消し飛んだ。……鎧だけ、ぽつんと残して。


 しかし、問題はその後だった。


 魔王さえ倒せば、残りは瓦解した軍勢を蹴散らすだけ。……そんなふうに考えていた俺が甘かった。

 むしろ逆。魔王軍は戦意を失うどころか、殺意マシマシで襲いかかってきやがった。


 しかも、どこから湧いたのかってくらい際限なく増えていきやがって……!! 


 もう既に戦いの記憶が曖昧あいまいだ。


 だが、もう全部終わった事だ。


 魔王は倒し、残りの敵も全滅させた。

 後はさっさと帰るだけ。それだけ……。

 




 

 ……帰るって、どこに?


 

 信頼できる仲間達はもういない。

 俺と仲良くなった良い人ほど、みんな早死にした。

 

 俺は誰の元に帰ればいい?

 

 俺を“勇者”として送り出しただけの王に?

 俺の“力”だけを頼りにしていた国に?


 

 …………帰りたい。


 

 元の世界に……。

 

 所詮、俺はただの日本の高校生でしかないんだ。魔王を倒せたって結局、根っこの部分は変わって無い。


 この五年間、心を押し殺しながら戦い続け、仲間を失なっても独りで頑張った。でも、もう俺の心も体もボロボロだ。


 

 

 ――元の世界に帰りたい。そう強く思った時、背後から強烈な魔力反応を感じた。

 

 「なッ、なんだ!?」


 即座に振り向き、剣を構える。

 目に飛び込んできたのは、巨大な魔法陣だった。


 地面を這うように刻まれた複雑な紋様――そこに、魔物たちの死骸が粒子となって吸い込まれていく。

 光が脈打つように強まり、視界がじわじわと白く塗り潰されていく。


 ……あれ? この魔法陣、どこかで見た気が……

 揺らぐ記憶の断片に、指先が触れかけた――その瞬間、光が、弾けた。


 





 

 

 ――眩しさに潰されていた視界が、じわじわと戻ってくる。


 そして気づいた。

 俺が今立っている場所が、森の跡地じゃないことに。


 ……ここは……。


 どこか見覚えのある光景だった。

 

 白い壁が続く狭い玄関に、整然と並ぶ靴。棚の上には小さな鏡。

 そこに映っていたのは――だった。

 

 制服姿の俺。鍛え上げた筋肉も、戦いの傷も一切ない。

 細くて頼りなかった、普通の高校生の姿。



 

「は……ははは、本当に帰ってきたんだな。……いや、のか……?」


 異世界に転移する前、すべての始まりの瞬間へ――


 っと、そういや今は何年だ? おそらく転移前と変わらないとは思うが、一応調べないと。


 確か、スマホがポケットに……おっ、あった。

 

 ズボンのポケットをまさぐり、発見した長方形の物体を取り出そうと――


 バキッ


 ――……バキッ??


 思わず固まる。

 恐る恐る確認してみると、俺の手の中には無惨にも押し潰された姿のスマホがあった。

 


――スマホ壊しちゃった

      修理代……お金って持ってたっけ

 というか何でこんな事が

      勇者の力?

   巻き戻ったんじゃ

        この体は一体

 何でこんな事に――


 思考が渦巻く混乱の中、不意に脳裏に浮かんだのは俺が夢中になっていたソシャゲのことだった。


 無課金石をかき集め、限定ガチャで祈り、手に入れた推しキャラたち。

 長年の結晶、俺の青春の1ページ。

 

 …………データ直るかな?



 


 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 あのスマホバキバキ事件(ちなみにデータは残ってた。良かった)から数年経ち、今では俺も22歳になった。


 そして――ゲームをしていた。


 仕事? 無い。というか、定職にすら就いてない。フリーターってやつだ。


 魔法とか異世界の力使えば金なんて簡単に稼げるし――

 なにより、何もかもやる気が出ないんだ。仕事も勉強も、食事すら面倒で、娯楽にすら心が動かない。


 まったく、社会不適合者まっしぐらだな……。


 けど、そんな俺にも一つだけ、趣味と呼べるものがある。


 それが、このゲーム。

 通称<ユニファン>――正式名称は<ユニオン・ファンタジア〜復活の魔王と選ばれし勇者〜>。


 RPG系のゲームであり、一つの大陸……と言うよりかは巨大な島? そこに栄える王国が、このゲームの舞台だ。


 主人公プレイヤーは学園で仲間を集め、卒業後は各地を巡って魔王復活への備えを整える。

 そして最終的に復活した魔王を倒すのが、このゲームの目的だ。


 ――で、今はその魔王と戦っている最中。

 ストーリーもいよいよ最終局面ってわけだ。


 残るボスは一体、魔王エンズディウムのみ。

 漆黒の筋肉装甲に紫の毛皮、真紅の大角を持つ、まるで悪夢のようなゴリラ……。


 そんなバケモノのHPはあと3割。ただし、こちらも残り2人しか居ねぇからな。削り切れるかどうか微妙なところだ。


 でも、切り札はまだ残してある……!


 火力を諦め、サポート特化構成ビルドに進化した主人公による最大のバフ。


『遺物解放:魔法増幅。

〈火力支援〉マジックブースト。

〈特攻付与〉エンチャントホーリー。

《創造》。

 ――天輪、創造』


 金属の杖が開き、蒼色の宝石が剥き出しになる。 杖を起点とした魔法陣が展開されて光が立ち昇る。


 その先に居るのは、ふわふわと空に浮かぶ女性。

 光が天使の輪っかとなり、頭上で輝く。

 

 さぁ、決めろ。真の切り札を見せてやれ……!!


『スキル・ユニオン《天空一極》』


 女性が右手を前に出し、掌をゆっくり閉じる。

 空気が、大気が、世界が……一点に凝縮される。


 そして――そのを握りしめたまま、軽く投げるように手を振り抜いた。


 パァァァン!!


 軽快な音と共に、魔王の腹にぽっかりと穴が開く。

 HPゼロ。撃破成功だ。


 魔王が消滅し、エンディングが流れる。


 でも、今さらクリアで喜びはしない。何回も見てるんだしそりゃそうだ。


 気になるのはその後――エンディングムービーの後日談だ。

 

 主人公たちが凱旋し、国中が喜びに包まれる。

 その中に崩壊した街があった。すべては瓦礫と化し、泣き崩れる子供と母親。

 

 

 3つだ。

 今回もまた、3つの街を守れなかった。


 「……クソッ、またかよ……」


 これ以上の結果なんて本当に出せるのか?

 だが、諦めたくはない。まだ、試してないルートがあるはずだ。


 向かった先は掲示板。ここは、<ユニファン>プレイヤーたちの集会所。

 人数は少ないが、その分みんな本気だ。


 そのおかげで色々な派閥がある。RTA勢、最強パーティ厨、検証班……等々。

 ちなみに俺は、“完全攻略”を目指している。


 完全攻略――要は、一つも街を壊されずにエンディングを迎えるってことだ。シンプルだけど、クッソ難しい。


 強い仲間を引き連れていくほど街の防衛は手薄になる。だが、魔王が倒せないのは本末転倒。

 戦力と防衛のバランス。そこが最大の壁だ。


 さて、参考にするならRTA勢の記録かな? 計画を立ててみるか。

 そう考え、早速情報取集に向かった。


 

 ……3時間後。俺は頭を抱えていた。


 「くそぉ〜……これじゃあダメか……」


 このまま続けても成果が出ない気がするな~。

 腹も減ったし、ちょっと休憩するか。今日もカップラーメンを……あ、そういや切らしてたっけ……。


 買いに行くしかなさそうだ。面倒だが仕方ない。

 部屋着から着替えもせず、さっさと外に出た。






 さーて、どうするべきなのか……。

 王家と仲良くなるルートも悪くないが、あれは時間がかかるし、魔王討伐の難易度も上がるから厳しそうなんだよなぁ


 ん〜……でも、やっぱり一度くらいは――


「ッ!?」


 考え事をしつつ横断歩道を渡っていると、急に身に迫る危険を感知した。

 

 反射的に魔力を体中に巡らせる。

 身体を、目を、脳を、一瞬で活性化させて、――世界がスローモーションに変わった。


 ッ、おいおい……今は青信号だぞ!?


 なのに、いつの間にかトラックがすぐ隣まで迫って来ていた。 

 この至近距離じゃ、もうけれそうにない。


 「……はぁ」


 一気に全身の力を抜き、衝撃を受け流す構えを取る。


 今の強化状態ならかれて死ぬ心配は無い。むしろ本気でぶつかればトラック側がブッ壊れてしまうだろう。


 まぁ別に壊しちゃってもいいと思うが、俺も流石に気を抜きすぎてたからな。車体が少しヘコむくらいで許してやろう。


 轢くのが俺で良かったな、と窓の反射で顔が見えない運転手への皮肉を考えながら衝撃の瞬間を待つ。



 ――そして


 俺は


 宙を舞った。


 ――は? なんでこんなに


 ……クソっ……意識が……薄れて……


 視界がぐるぐると回る。音が遠のく。息が、詰まる。

 意識が暗闇に沈んでいく。


 

 その闇が明け、目が覚めた時には……俺は異世界に転生していた。


 

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