異世界帰りの勇者、RPG世界でモブ転生

ヒカリ

序章 異世界帰勇者、転生したらモブだった

第1話 異世界勇者の魔王討伐


 ……


 ――そろそろか。


 決戦の時が迫るのを予感し、ゆっくりとまぶたを開く。


 目に映るのは、月明かりに染まった夜の森だ。

 銀色の光が木々の輪郭をなぞり、冷えきった空気の中で魔力の粒子が淡く揺れている。

 

 永遠に見ていたくなるほど美しい光景――なんだけど、ここって魔王の支配下なんだよなぁ。

 

 息を呑むような幻想は表層に過ぎない。この森が隠しているのは、牙を剝いた死の気配だ。

 安らぎも平穏も存在せず、足を踏み入れた瞬間から無数の魔物に命を狙われる。


 そんな場所で、木に背を預けて休んでいる俺。

 自分で言うのもなんだが、正気とは思えない状況だな。


 運良く周囲の魔物を片付けられたから一息つけてるが、死んでてもおかしくなかった。マジで二度とやりたくねぇよ。

 

 ……あいつらがいれば、こんな事になって無いんだろうな……なんて言っても仕方ないか。


 失ったものは戻ってこない。今ある手札で勝負するしかないんだ。


 思考を切り替え、改めて周囲に意識を張り巡らせる。

 

 ……敵の気配は無い。けど、森全体がどこかおかしい。

 

 暗さ、臭い、あるいは温度か――どれとも言い切れないが確実に“何か”がズレている。


 不気味な違和感に反応して無意識が警鐘けいしょうを鳴らす。

 喉元に、見えない刃がそっと置かれるような息苦しい感覚が浮かび上がる。


 ……これは、“兆し”だ。

 きっと魔物何かが、俺を殺すための準備を進めているんだろう。


「まぁ、待ってやるわけ無いんだが」


 このままだと死ぬ? なら逃げるしかねぇだろ!


 体を起こして軽くストレッチ。

 目をつむりながら、逃げ道を探すように感覚を研ぎ澄ませる。


 ……あっちだ。


 危機から抜け出すわずかな隙を見極め、俺は迷いなく駆け出した。


 風が後ろへ抜け、視界を森の緑が塗りつぶしていく。

 木、草、木、地面、木、そして木。


 単調な風景の奥に、いくつもの気配が引っかかる。


 チッ、このままじゃぶつかるな。


 仕方なく速度を落としつつ集中を深める。

 神経を糸のように張り巡らせ、意識の底へと沈む。


 ……捉えた。32、いや、33体か。結構多いな。

 だが、重要なのは数なんかじゃない。


 奴らの“意志”が、肌を突き刺してくる。

 荒々しく、本能むき出しの殺意。重く、鋭く、やけに執念深い。


 それは、言葉すら要らない明確な敵意だった。


「……そうか、お前らは俺の “敵“ か」

 

(――ふふふ。敵は殺さなきゃ、ねぇ?)


 脳の奥、深く沈んだ闇の底から、“何かの声”が囁く。


 その瞬間、頭の芯が凍りついたように冷えていく。

 同時に、臆病な心臓が跳ね、全身に血が巡った。


 世界が遅くなる。


 「ああ、いつも通りだ……殺ってやるよ」


 低く吐き捨て、魔力を練り込む。

 体に循環する魔力を“無属性”に変質させ、身体中へと染み渡らせる。


 細胞の活性化。筋肉の増強。――ひとつひとつ、鮮明にイメージを刻み込む。


「身体強化」


 力がみなぎり、内に猛獣でも飼っているような錯覚がする。

 今にも暴れ出しそうな力を押さえ込みながら、腰の剣を引き抜く――その刹那、敵が迫る。


 木々の間から現れたのは二足歩行の狼――ウェアウルフ。獣の脚で地を蹴り、鋭い爪で俺を裂こうと飛びかかってくる。


「隙だらけだ」


 その爪を紙一重で躱し、胴体を一刀両断。  

 ――さらに刃を切り返し、陰に潜む敵を切り裂く!


「ッ!! GrrKghァアッ!?」


 闇の裂け目から、異形が姿を現す。

 赤黒く濁った眼が見開かれ、驚愕と敵意があらわになっていた。

 

 人の形を模した輪郭、狼の耳と尻尾――だが、全身は禍々しい黒の毛皮に覆われている。

 

 特徴からして狼の魔人、と言ったところか。


 

 魔人――それは人の形をした怪物。理性も言葉も意味をなさず、人を殺すために存在する。

 人類にとっての恐怖の象徴だ。


 まぁ、俺にとっては違うけどな。

 ただの“狩るべき仇”だ。


 

 そんな魔人が今、狼の群れを従えて俺の前に立っている。


「グルル……GRAOOOOoOOooォォ――ン!!」


 焦りを滲ませた遠吠えを残し、森の奥へと逃げていく。

 代わりに、無数の狼たちが現れ、雪崩のように押し寄せてくる。


 ――なるほど。あいつを逃がすための“肉の壁”ってわけか。

 

 だが、射程圏内だ。


「縮地」

 

 無と土属性、つまり身体強化と地面操作による瞬間加速で狼の群れを突っ切り、魔人を追い抜く。


 いや、それだけじゃない。

 すでに俺の剣は、奴を“斬っていた”。


 後方で肉が崩れる鈍い音を聞きながら、振り返らずに走り出す。


 手応えはあった。魔人ですらない狼じゃあ俺には追いつけないだろうし、このまま逃げ――「ッ、何だ……!?」


 爆発にも似た轟音が森を揺らす。

 反射的に顔を向けた瞬間、黒い塊が木々をなぎ倒しながらこちらへ迫ってきた。


 咄嗟とっさに腕で受け止める。だが、めちゃくちゃ重い!

 衝撃とともに骨が軋み、鈍い痛みが走る。


「ぐっ……おらぁぁッ!」


 これは耐えられないと瞬時に判断し、攻撃を受け流すように地面へ転がり出る。

 同時に魔力を“光属性”へ変換。イメージを込めて腕を治す。


 勢いのまま跳ね起き、剣を構えて前を、向……く。


 

 ――……は?



 何も見えない。

 

 前も、横も、上も、下も――ただ、闇しかない。

 世界がまるごと、墨に溶けたみたいだ。

 

 

 ッ、一体何が起きた!?

 気絶か? いや、意識はある……それなら……


 思考がまとまらない中、背後から声をかけられる。


「おやおや、どうしたんだい? 疲れたなら私特製の魔法をかけてあげるよ?」


 懐かしい……あまりにも聞き慣れた、けれど、もう二度と聞こえるはずのない声だった。


 ドクン、と心臓が跳ねる。


 恐る恐る振り向く。

 そこには、悠然と椅子に腰掛ける男の姿があった。

 中性的な顔立ちに、黒と紫が溶け合った長髪。白衣の上でその髪が妙に艶めいて見える。


  ……いや、男だけじゃない。

 円形のテーブルを囲むように、いつもの顔ぶれが揃っていた。

 騎士の鎧を着た女や黒装束の少年、シスター服に身を包んだ少女。


「そんなにすぐ疲れていたら、立派な騎士にはなれんぞ」

「ハッ、手ェ抜かねぇからそうなンだよ」

「ふふ。いつでも一生懸命なのが、勇者様の良いところですから」


「……なんで……お前らが、ここに……? 死んだ、はずじゃ……」


 頭がうまく回らない。止まった思考の奥から、言葉だけがぽろりと零れ落ちた。

 

 その瞬間、空気は一変し、世界は凍てつくような静寂に包まれた。

 あいつらの顔は暗くボヤけて、表情すら分からない。    


「うん、死んだよ。、ねぇ?」


「私を助けられないとは、騎士どころか勇者失格だな」

「チッ、死ぬ気で助けろよ、クソ勇者」

「勇者様のせいで……とっても、とっても苦しかったんですよ?」


 ――お前の、せいだ。

 その言葉が、頭の奥で何度も反響する。

 呪いのようにまとわりつき、耳を塞いでも逃れられない。 


 

 俺のせい……だって?


 


 


 ――ふざけるなよ……!!


 沸騰する怒りが、記憶の底に沈む思い出をかき混ぜて浮かび上がらせる。


 ああ、今でもはっきりと思い出せる。

 アイツらと旅した、あの苦しくて、辛くて、でもどこか充実した日々を――


 



 この世界に呼び出されたのは、本当に唐突だった。


 

 俺、獅子堂黒郎を、一言で表すなら“The・平凡な男”だ。

 短い黒髪、眠たげな黒目の、よくいる日本の高校生。


 身長も平凡、運動能力も学力も平凡。

 きっと将来も平凡な仕事で食っていくんだろうなぁ、と思いつつ過ごした高校三年、夏休みの真っ最中。


 気づけば俺は、見知らぬ石造りの部屋に立っていた。

 

 床には光を帯びた魔法陣。周囲には王冠をかぶった男と、白銀の鎧を纏った兵士たちが並んでおり――すぐに分かった。これ異世界転移とか勇者召喚的なアレだと。


 案の定、俺は“勇者の力”を持っており、流されるままに魔王討伐の旅に出ることになった。

 仲間に加わったのは、曲者ぞろいのメンバーばかり。

 けど当時の俺はまだ気づいていなかった――その“曲者”ぶりが、笑えない程に突き抜けてたってことに。



 俺を隅々まで調べ上げ、知識欲を満たそうとする研究狂いの変態<賢者>。

 

 死ぬことさえ厭わず、神に身も心も捧げる狂信的な<聖女>。

 

 小学生男子の悪意を数十倍に凝縮したような、極悪クソガキ<暗殺者>。

 

 正面から挑まなければ意味がないと、魔物にすら礼を尽くす異端の<騎士>。


 ……これ、体のいい厄介払いじゃね? とは思ったが、全員実力だけはあったようで、(俺の)心が折れかけたり、(俺が)死にかけたりと色々ありつつも意外と旅は順調に進んだ。


 だが――四天王との戦いを境にすべてが崩れた。


 始まりは賢者だった。

 爆破の魔人を倒したその夜、こっそりと魔人の死体で実験して大爆死。肉片しか残らず、聖女ですら「無理」と匙を投げた。


 次に聖女。

 触手の魔人との戦い中、粘り強く再生して殴り倒していたんだが、脳に寄生されてしまった。すでに手遅れで、彼女ごと焼き尽くすしかなかった。


 暗殺者は、大地の魔人相手に油断して落とし穴にハマり、そのまま生き埋めとなった。いくら掘っても死体すら見つからず、無言で土を埋め戻した。


 最後に騎士。

 竜の魔人に真正面からタイマンを挑み、ちりひとつ残らず消し飛ばされた。

 アイツらしい潔い最期だった。



 生き残った俺は、魔王の支配下でひとり寂しく戦い続け、今に至る、と。


 

 ……ふ。ふふ。


 笑えてくるよな。あいつら、本当にふざけた連中だった。


 でもな――

 最期の瞬間まで、自分の信念を貫き通したんだ。


 そんな奴らが、“お前のせいだ”なんて言うわけ無ェだろうが!!

 

 俺の中に渦巻いていた怒りが魔力を呼び起こす。そして光となって、幻を焼き払う。


「ハァァァーーー!!」


 光の奔流が闇を呑み、世界を浄化する。

 

 闇が消え去った後に現れるのは無残な森の姿。広範囲に渡って草木が枯れ、地面が剥き出しとなっている。


 だが見晴らしは良い。おかげで見渡せる。

 

 俺を囲むように魔物の群れが円を描いており、まるで、闘技場の観客のようだ。

 その闘技場の中央、俺の正面には一体の巨影。


 三メートルを超える全身黒ずくめの鎧姿で、闇の魔力を振り撒いている。

 その圧倒的な存在感と言ったら、おそらく魔王軍四天王よりもだろう。

 

「お前が……魔王か」


「……マサカ……我ガ◼️◼️◼️ヲ……破ルトハ……」


 闇が渦巻き、大剣が形を成す。

 魔王はそれを片手で軽々と持ち上げ、振りかぶる。


 ……話す気はないらしい。まぁいいか。

 魔王だろうと、そうでなかろうと――俺のやることは、ひとつだ。


 水と土、二つの魔法を同時に起動。

 水と剣が一体化し、大地と身体が繋がる。

 

 ながれよどみ

 じゅうごう

 矛盾する力を束ね、ただ一つの剣へと昇華させる。

 

 ――行くぞ。 


 踏み込み、魔王へと一直線。

 周囲の魔物が反応するより早く俺の剣が迫る。だが、魔王は即座に応じ、大剣を振り下ろす。


 その一撃を受け止める……と見せかけてた。


 大剣が流れるように剣身を滑り落ち、大地を割る。

 爆風にも似た衝撃が走り、辺りを揺らす。


 だが俺は、山のように重く、揺るがぬ意志で立ち続ける。


 そして剣を振りかざし光の魔力を圧縮――

「一閃ッ!!」



 世界が、白く染まった。


 

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