第10話 分からせてやりたい

 ここ最近やられたばかりと感じる事が多いい。その元凶も誰かはっきりしている。椿稀と陽菜である。陽菜に関してはしっかりと制裁を与えているが椿稀には未だ与えることが出来ていない。長座体前屈でやり返そうと策を立てたが効果は陽菜にしかなかった。私だけの力では無理があった。


「って事でメイド。何か策はないかしら?」


 メイドの口は少し開き、呆れ切った表情を隠しきれていない。確かに重要性は全くない。しかしこの名に懸けてやられているばかりのこの状況を打破しなければならない。それを伝えてもメイドの呆れ顔は続いた。


「旦那様におっしゃってはいかがです? 誘拐も簡単にこなして見せます」


 期待していた答えとは大きく異なり、しかもやたらバイオレンスなやり方に少し引きつつ他の案を聞く。どれも確実だが下手したらメイドが捕まってしまう内容のものばかりだ。


「では、お嬢様がされた事を同じようにやり返してあげてください」


「確かにそれなら完璧な仕返しですね。で、どうするんですか?」


「私は何されたのか知りません。まずはお話しください」


 一年次からされてきた事を選びながら話す。今まで椿稀がしてきた悪行をつらつらと鬱憤を晴らすようにメイドに伝える。ずっとされてきてムカついていたはずだが、口調に怒りの感情がちっとも混ざらない。


 話している自分が恥ずかしくなっていき顔を隠したくなる。そんな学校の日常をメイドは笑顔で聞いてくれる。けれど片隅の男子の話題が出ると鬼のような形相でお父様に報告を入れに行こうとする。なだめつつ粗方全てを伝える。


「楽しそうな学校生活を送られているようで何よりです。仕返しのポイントも分かりました」


 その日は何度も計画を見直し、協力者を一人だけ見つけ念密に頭に叩き込ませた。あっという間に就寝時間となり楽しみな明日に向けて布団に入った。


 ***


「準備は出来ております。没収もされる事もないでしょう」


「よく準備してくれたわ。今日の帰りは遅くなるかもしれないから」


 朝も一言で布団から顔を出し、普段より凛々しい顔で学校へと向かう。姿が見えなくなるたった数十歩の距離を見ただけでも足取りが軽い事が分かる。


「さよっち~準備してきたよ」


『果たし状』と書かれた紙を振り回しながら突進してくる陽菜を避け、毎朝の恒例行事を終わらせる。少し足早に登校し椿稀の机の上に果たし状を置いておく。ここから放課後まで私達からのものだとバレないようにしなければならない。


 いつもの時間帯に登校してきた椿稀が机の上の果たし状を見つめ固まる。そして視線の映る先は勿論二人だ。視線を感じ取りチラ見していた目線を遠くの太陽へと移す。


 中身を確認し案の定こちらへ向かってくる。段々と大きくなっていく足音はいつもより強く地面を踏んでいるような気さえする。


「おはよう。所でこんなものがあったんだけど知ってる?」


 迷わずにこちらに寄り、単刀直入に聞かれ焦ったのか陽菜が話題を変えようと頭を回し始める。けれど何も思いつかない。


「い、いい天気だね? な、なんか鳥が澄んで見えるねー」


「……え? は、話聞いてた?」


 話題を変える事に失敗し逃げられなくなった陽菜の冷や汗が止まらない。何とか助けてあげたいが視線を太陽へとずらしてから一度も首が回らない。


 まだボロは出していないそう信じ続ける二人だが椿稀はバカではない。誰がこの果たし状を書いたのか見当は筆記から分かっていた。しかし椿稀はこれを楽しむ。あえて分からないふりをし、呼び出された部屋にもしっかりと行くつもりだ。


 限界を迎えた陽菜の目線は泳ぎに泳ぎ外の風景などまともに見えていないだろう。きっちり九十度に曲がった紗夜の首がそろそろ痛みを訴える頃合いだろう。全てを見透かしながらオーバーキルは止まらない。


「ねぇ、陽菜この字どこかで見た事ない? ほらこの特徴的な書き方とか見覚えがあるんだよね」


「ぜ、全然ないなぁー!」


 噛みながら一目もくれずに答えるその姿はもはや隠す気の無いようにも見える。悩んでいるような仕草を見せると口笛まで吹き始める始末である。


「どうしたの紗夜? ボクの方を向いてよ?」


 顔を覗き込むと必死に横を向き続け、無理な体勢方がピクピクと震えている。首の痛みを耐えようとしている苦痛の表情が簡単に伺える。


「ねぇ、紗夜?」


 鳴りやまない口笛、これ以上回らない首を回そうとする紗夜。反応が無いのはいささかつまらない。頬を突き柔らかな弾力を指の腹で味わう。それでも反応は帰ってこずに少し唸る。


 もう一度指の腹で柔らかな弾力を堪能する。けれどその弾みは頬とは比べ物にならない程のハリを持ち深く沈み込む。


 押し戻された指をもう一度深く沈めようとし時には真っすぐとこちらを見ている。少し膨らませた頬を片手で挟む。


「やっと目が合った」


「それが何か……?」


 隠し事がとても苦手だがこうして少し怒らせてあげれば物事をはっきり言ってくれる。分かりやすくて扱いやすいチョロいお嬢様。


「……そっか、じゃあ誰が書いたんだろう」


 やっと陽菜の口笛も止まった。

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