第3話 凄い釣り竿



「あいよ。アンタのお望みの品さ」


「おおっ!? ザーさん、凄いな!」


 奥の炉から吹き出る火の粉が赤々と薄暗い室内を照らす。

 ドワーフの渡り鍛冶師であるザースレッドの店であり、ベシャル村で宿屋以外に唯一機能している店でもある小さな漁村の鍛冶屋である。


 その決して広いとは言えない空間で没落騎士がさる緑の衣を纏う勇者ばりに待ちわびていたそれを頭上に掲げていた。


「ハン! 何だ、そんな顔もできるんじゃないか。いつも辛気臭そうにしてるツラより幾分かマシだよ」


「……余計なお世話だよ。ところで幾らだ?」


 モーンは思わずはしゃいでしまったことを目の前のこの鍛冶屋の主人であり、ズボンにエプロンのみという恰好の女ドワーフ。

 ザースレッドにくさされて珍しく顔を赤くした。


「そうだな。もう金貨三枚頂こうかね」


「え! 前金に別途材料費だの何だの言って払ったものと合わせて……金貨十枚も取るってのか?」


「当り前さね。こんな酔狂に付き合わされたんだぜ? 俺は他の飲んだくれと違って忙しいんだ。お得意先の水産ギルドやらの納品するものより優先してやってんだからよ? 取れるところからは分捕る主義なんだよ、俺は」


「完全に足元を見られてんなあ…」


 渋々、モーンは懐から取り出した財布からなけなしの金貨を取り出して彼女の大きな掌の上に手渡す。


「毎度あり! ところで没落騎士殿よお? そんな御貴族様も持ってるとは思えねえけったいな釣り竿を俺に作らせてよ。単に趣味かもしれんが、いよいよ漁師に鞍替えする気になったのかい?」


 モーンがザースレッドに依頼し、半年掛かってようやく完成したのはいわゆる彼の前世でよく見知っている釣り竿にほぼ近いものであった。

 この世界の釣り竿と言えば、基本はよくしなる木の枝か竹の先に釣り糸を結わえただけの簡素なもの。

 それに対し、モーンが手にするものは釣り糸を巻き上げるリールが付いている。

 更には弾性と耐久性に優れた魔法金属の合金製のロッド部位は並の金属に比べて遥かに腐食に強い。

 さらにラインに至っても撚った麻の糸ではなく、魔物由来の材料から作られた強靭な半透明の代物。


 モーンは依頼した品の金額に唸るが、実際には彼が支払った金貨では全く足りぬほどの価値がある代物であり、無骨なザースレッドの厚意の賜物に他ならない。

 モーンは夢中になって釣り竿を弄る手を止めて答える。


「半分は、そうかな。ただ、温情でこんな俺でも騎士の末席に置いてもらってる身なんでね? そう簡単に…はい、辞めます。とはいかないんだよ…」


「へぇ~。騎士様ってのも面倒なもんだな」


「それにしても、いつもながらザーさんは見事な仕事だな? 特にこのリールとか」


「…褒めたって値引きしないよ? だが、当然だろ!俺様はドワーフだぜ? そんじょそこらの鍛冶屋と一緒にしなさんなってんだ。つっても、俺が生まれた鉱山にゃ巻き上げ装置ウインチを使った昇降機があったからな。その応用さね」


(流石は古代の機械文明とやらを築いたドワーフの末裔だな…)


 モーンは流石だなと改めて釣り竿を見てそう頷いた。

 いわゆるドワーフと呼ばれる者達は他のエルフなどと同様、人間とは容姿や身体能力、そして文明と寿命の差などから“亜人”とこの世界では呼ばれ、区別される。

 しかし、そんな元々卓越した鍛冶技術を誇るドワーフ達がこの大陸で一強であった時代は遥か昔の話であり、ドワーフ帝国の滅亡と共に有用なドワーフ達は各地で受け入れられて散っていったのである。

 結果として、人間との混血化が進んで伝説の矮躯で大髭という姿形から大きくその在り様を変えている。

 現にモーンの前でニヤニヤと笑うザースレッドなどに至っては身の丈二メートルに迫る筋肉質な身体。

 燃えるような紅髪と赤褐色の肌を持つ大女である。


「あ。モーンさん! いつもお魚を分けて下さってありがとうございます」


「ん? ああ、スカーレット。気にしないでくれ」


 そこへ工房の裾から顔を出したのは木桶を持ったドワーフの少女であった。

 少女と言っても種族的な特徴から幼い顔立ちに見えるだけでモーンとは同年代ではるのだが。

 村娘然とした恰好をした彼女の名前はスカーレット。

 ザースレッドの一人娘である。

 因みに妙齢に見えるザースレッドに至っては既に半世紀以上は生きている。


 可愛い一人娘が嬉しそうに手にする木桶の中を遠慮なしにまじまじと覗き込むザースレッド。


「何だい、手土産がたった魚の三尾だけかい。しけってんねぇ~」


「お母さん失礼でしょ!」


「何言ってんだい! 魚獲りしか能がないんだぞコイツは。季節天候に関係なく好きなだけ手に入れられるんだぞ? 出し惜しみしないで、今度はひと樽分くらいの魚か俺の家くらいデカイ大物でも持ってきなっ!」


 そう言ってバシィン!っとモーンの背中を笑いながら叩く女傑ドワーフ。

 哀れにも彼女の娘スカーレットよりも遥かに脆弱な騎士であるモーンはその衝撃で木っ端の如く吹っ飛び、勢い余って鍛冶屋の薄い土壁をブチ抜いて外へと放り出されるという惨事が起きたが…まあ、この小さな漁村では割と日常茶飯事の光景であった。



 

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釣り上手の没落騎士殿 森山沼島 @sanosuke0018

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