閑話2 夢うつつ
目線の高さに地面がある。
ただ最初はそう思っただけだった。
ぼんやりする意識の中、『逃げなきゃ』と、それだけを思って前に進もうとしていた事は覚えている。
『逃げなきゃ……』
自分の声の様なそうで無い様な声が頭の中に響いていた。
『いっ!』
思わずそう叫んだのは突然に左腕を貫通するような、ズルっと何かが引き抜かれるような今まで経験した事の無い痛みに襲われたから。
痛みの走った左腕に視線を向けると、涙でぼんやりとした視界のなか真っ黒な自分の右手が折れた矢を投げ捨ててる所だった。
だめ駄目ダメ、痛いのは駄目だ!
自分では無い自分の声がそう頭の中で叫び声が響き、次第にそれは大きくなって行く。
ズキズキと疼く頭の痛みに思考が纏まらない。
「ゲホゲホゲホ」
自分の意志を無視した肺の痙攣で咳き込み、どす黒い血を吐き出したがそれは目の前で何かに吸い込まれるように消える。
「何か……何かあれば……ゲホ」
私の意志を無視して私の口から言葉が吐き出される。
いや、思考が正常じゃないからそう思ってしまうだけなのか?
私の意志なのか無意識なのか、そのどちらでも無い何かなのかは分からないが身体を動かして生き残ろうと必死でいてくれるのは感じたので、何故かそれに任せてしまおうと思ってしまって、私は意識を手放した。
◆
喉が渇いたな。
そう思った気がする。
それからすぐに顔を覆う水に思考が再び持ち上がる。
溺れる!
そう思った次の瞬間には顔を覆う水は流れ落ちて新鮮な空気が再び肺を満たして、僅かに入り込んだ水分を吐き出す為に咳き込んだ。
「ゲホゲホゲホ、もうやだぁ!」
何故自分がこんな目に合わないとダメなんだろう?意味が分からない、もうやめて欲しい、と心の底から願ってしまう。
思考が判然としないまま、えぐえぐと膝を抱えて小さい子供のように泣く事しかできなかった。
『誰か来る!』
心の中で誰かが叫んだので周囲に神経を向けた事で近づく気配に気が付いて、隠れなきゃと慌てて目の前のぽっかりと空いた洞の入り口に手を伸ばす。
ふと思い出すのはとても小さな頃の事、庭に有る大きな木の洞に身を潜めてクスクスと笑いながら目の前に幻の幹で蓋をして、泣きながら追って来る弟をやり過ごした日。
私は親に隠れてこっそりと書庫の魔術書を読んで覚えた魔術を、一度は試して見たいと屋敷を抜け出した所を弟に見つかり、自分もついていくと必死に追って来る姿に抜け出した事が屋敷の者達に見つかると、そう思って鬱陶しいと思いながら隠れた日の遠い思い出。
私が洞を隠さなきゃと幼き日の魔術を行使する。
◆
ふわふわとした中で誰かに体を運んでもらってる夢を見た気がする。
『必ず助けるから……』
そう、何度も誰かに言われた気がしてどこか安心した気持ちになって、再び眠りに落ちた。
◆
どれくらいの時間が経ったのだろう。
唐突に浮上する意識に引っ張られて思考が戻る気配がする。
と、同時に忘れていた呼吸を思い出して口を大きく開いて空気を求めるが、どんなに求めても空気が入ってくる事は無い。
『意識は……?自分の事は……?』
心の中にとぎれとぎれに聞こえる誰かの声に困惑する。
この声は暫く前から聞こえてた気がすると思いながら、だったら誰なんだろうと疑問が浮かんだので聞いて見ようと口を開くが声が出ない。
『心のなかで強く言葉を届けるように喋ってみて!』
心のなかで強く?
どういう意味だろう?
私はそう疑問を浮かべながら、ならばと強く言葉を念じる。
『あなたは誰ですか?』
通じただろうか?
じっと声の様子を伺う。
『俺は……良く分からないとは思うけど君を包んで護っている魔力で出来た存在だよ』
『魔力?ですか?』
私を包んでいると言われて体を見渡そうとして、殆ど首も動かせない事に焦って一気に言いようの無い恐怖が爪先から頭の上までぞわりと襲う。
自分を追いかける者達の姿、転げ落ちる崖、そして全身を襲う激痛がフラッシュバックする。
『嫌!来ないで!死にたくない!!!』
体は動かない。
でも逃げたい!。
その相反する状況に出来ない呼吸が激しくなる。
心臓が早鐘を打ちぐるぐると私を追い詰める者達の顔がニヤついて何人も私を覗き込む。
『落ち着いて、大丈夫。君の命を狙う者は近くには居ないから、もう安全だよ。』
何故か分からないが優しい声と一緒に暖かい感触が背中を撫でてくれている。
それでも抵抗する私に変わらず暖かさを伝えてくれる。
その暖かさに無性に甘えたくなってしまった。
……その後、色々と思い出したく無い事を口走った気がするが忘れる事にしよう。
■
私を包んでくれている魔力が波をうつ。
『これが俺で、実は俺は君が作った魔法なんだよ……』
そう言われて左手でゆっくりと魔力で出来た右顔を撫でる。
『わたしが作った魔法……?』
水面に映る私の顔……の右側そこには黒い靄がある。
撫でる右顔に左の指はあたらないで空をきる。
本当に右顔が存在しないんだなぁっと自分でも不思議な位に当たり前のように受け止められた。
触れない靄は何故か暖かく、そこにあるだけで安心する。
『元の身体に俺が必ず戻すって信じて欲しい』
そんな風に言ってくれる私を包んでくれている暖かい存在。
気にしなくて良いのに。って思う。
このままでも私は全然かまわないと思ってしまったのだから。
『わかりました!それで、神様でないなら何って呼んだらいいですか?』
でも、そう言ってくれるは嬉しくて出来るだけ明るい声に聞こえるように何って呼ばせてくれるのだろう?と少し意地悪を込めて聞いてみる。
『好きに呼んだら良いよ』
そう答えてくれるなら私は既に思い浮かべている名前を言う。
『それならグランってどうですか?』
私の知る神様達の物語の中でも特に仲の良い夫婦で有名な夫婦神の夫の名をよくもじられる名前。
『それで君の名前は?』
私の名前は……サンマリア。
名前は思い出していたけれども記憶や思考が全部グランに伝わってるわけじゃ無いってのはわかったので、どうせなら違う名前で呼ばれたいと思ってしまう。
夫婦神の妻の名前から良く取られる名前……
恥ずかしくて少し言いよどんでしまった。
『それなら私はレスティって名乗らせて頂きます!』
『良い名だね。それはどんな意味が有るだ?』
『えっと……ナイショです!』
顔が赤くなってしまって居ないかとか考えながらそっと微笑んでみた。
――――――――――
こんばんわ
今回の閑話は短めです。
レスティ視点でどう見えて、どう考えていたのかを少し書いてみました。
尚、レスティは名前以外で思い出した事は全てグレンに語ってます。
どうしてもレスティって呼んで欲しかったようですね(*´ω`*)
◇次回 登場人物紹介
明日は一章と閑話で名前が出た登場人物の紹介を入れようと思います。
前話でも書いた通りに二章が全然書けてませんのでそのあとは一旦お休みいたします。早めに再開できるように頑張りますm(__)m
読んでくれる方が増えたり応援していただけたら再開が早くなりますよ?(笑)
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