癖
コインロッカーに荷物を預けると、近くにレンタル出来るものが置いてあり、そこにはパラソルと浮き輪が置いてある。
「……あれ、レジャーシートとかブルーシートみたいなの、借りれた気がしたんだけどな……」
「なさそうだね、ま、そういうことも多々あるよ」
アンラッキーアンラッキー、とかえでは呑気に笑っている。肩をポンポンと叩かれて、どうやら励ましているつもりらしい。
そのポジティブに救われるけれど、今、本当に今だけはボディタッチ勘弁して。
「なんだ、サンダル現地で売ってんだね」
「長靴、似合ってるからそのままでいいよ」
「そ? 浮き輪は借りてこっか」
「うん」
各々浮き輪を手に取り、これで準備は完了。
来た道を引き返し、再び海へと歩いていく。
道中からでもうみねこの鳴き声が聞こえてくる。
なんの鳴き声だろう、とかえでが口にしていたので、うみねこだね、なんて少し調子に乗って教えてみる。
猫の鳴き声には聞こえないな、なんてかえでは笑っていた。
「すげー透明……」
海をぼんやりと眺めながらかえでが言う。
こうしたふとした瞬間のかえではとても大人びて見えるのに。
実情は服の下に水着を着て、なんならそれを自慢げに見せてくるぐらい危うい女の子だと思うと、ギャップがすごい。
「一応、観光地だからね」
「風情ないなぁ、あきは。なにか悪いことでもあったのかい?」
「どっかで聞いたような言い回しだ……。地元なのに本当に来たことないんだなあ、って思って」
まあね、とかえでが笑う。その笑顔に一瞬影がさしている様に見えたのは気のせいか。
「あんまり外出とかしない家だったし」
「…………あ」
かえでの両親のことを思い出して一気に背筋が凍りつく。
かえでの両親が亡くなった時期をわたしは詳しくは知らないのだけれど、話に聞く限り決して最近の事では無いのだろう。短くない期間、この田舎で一人生きてきた。
余裕も余力もないそんな状況下で、わざわざ外へ遊びに行くかと考えてみたら、そんな訳は無いのだ。
かえではあれでいて甘えたがりなところがあって、悪く言えば、きっとわたしはそこにつけ込んでいる。だから、こんなに仲良くしてくれているのだと思っている。
どんなにわたしが痴態を晒して、から回って、例え火さえ吹いても。見限られていないのは優しさだけでは無いはずなのだ。
「ちょいちょい、変な誤解はしないこと」
また集中モード入ったなっ、とかえでがはにかむ。
頬をつままれてぐいぐい伸ばされた。結構遠慮ない。ぐいぐい伸ばして遊ばれる。
最後に軽く「えいっ」デコピンをくらう。
あきでかいからデコピンしずらいな、とかえでが苦笑した。多分かえでが小さいだけだよ。
「そりゃ、まあ。同年代の子と比べたらものを知らない方だとは自覚してるけどさ。私を可哀想だなんて思うのはやめてよね」
「そ、そんな風には思ってないよ……」
「には? じゃあどんな風に思ってるのさ。この際はっきりしようぜい。裸の付き合いじゃないけど、ほぼ裸の付き合いってことで」
「語弊が凄い……! 別に、本当にそんなこと思ってない……」
「それはそれでショックかも……」
うえーん、なんてわざとらしくかえでが声を上げる。ニヤニヤした目元が隠せてないよ。
「め、めんどくさいなっ!」
すっかり弄ばれている。空気が変わってきているのを肌で感じる。
明らかにかえでが流れを変えてくれていた。気まずい空気を押し流そうとしているのをわかってしまうと、それはそれでまた気まずいのだけれど。
「てっきりあきなら裸の付き合いの方に言及すると思ってたんだけど」
「はっ裸じゃないよ!」
「遅いよ。ナイスツッコミ」
ほら行くよ、と手首を掴まれて、かえでが駆け出していく。小さな体躯に引っ張られて、海へとどんどん近づいていく。迷いの無い足取りだった。
「ちょちょちょ!」
「だいじょぶだって!」
「だいじょばないーーッ!」
どぼん、と派手に水飛沫を上げながら入水。
バシャバシャ、と空に水が舞った。
やがてかえでは腰ほどまで海に入ると、そこでようやく手を離してくれる。こんなにパワフルなかえでは見たことがない。
知らない一面を、毎日わたしは知っていく。
「ひぃー……冷ったい!」
「か、かえで、怖くないんだ……」
「浮き輪あるし」
片手に持っていた浮き輪に器用にハマったかえではぷかぷかクラゲみたいに揺れている。
「あっでも、浮き輪はちゃんと掴んでて? 掴まなくてもいいけど流されたら助けてよね、王子様」
「お、お姫様だい!」
それは自分が白雪姫なんて呼ばれていることを知っている上での発言なのだろうか。
だとするとわたしは白雪姫をキスして起こす王子なのか――いやいや! そんなわけはない、ないんだけど!
促されるまま浮き輪を掴むと、かえでは満足気に空を眺めて呟く。
「ほんとに、変な気はつかわなくていいからね。それはそれとして――どんな風に思ってるかは知りたいけど」
「掘り返すんだ……」
「結構めんどくさい女なんだぜ私は」
「自分で言っちゃうんだ」
「えっめんどくさいなんて思ってたの?!」
「誘導尋問だ! そんなこと思ってないし!」
「わかってるよーい」
ふははは、と何処ぞの魔王様みたいにかえでが笑う。
意外と笑い声のバリエーションが多いんだな。
「それで、どんなふうに思ってるの?」
「め、めんどくさ!」
「はっはっは」
今思えばかえではもとよりこういう人だったな、なんて最初期を思いだす。
教室で一人、静かに寝ている女の子。
裏では白雪姫、なんてコソコソ言われていて、実際ちょっかいをかけられて起こされたりすることもある。
無視を決め込むのかと思いきや、意外と愛想のいい対応をして、驚いたのは記憶に新しい。
これだけの情報であれば、寝不足気味なだけの女の子。ではなぜ孤立してしまったのか。
彼女は一応グループに所属していたこともあったからだ。それもいわゆる明るい女の子たちのグループに。
「ちょいちょい、またまたあきワールドに入ってない?」
「ま、真面目に考えてるから……! に、逃げないよ!」
「ふーん……?」
そう言えばわたしも浮き輪を持ってきていた。
よいしょ、っと海面に浮いたまま放置していた浮き輪の輪っかに入り、真ん中からすぽっと体を出して、また考える。
――閑話休題。
彼女の場合、属していた、という表現は適切では無い。彼女の周りにグループがあった、が正しい。成り行きでいえば、彼女を中心として人が集まって生まれたグループなのだから。
人当たりの良さがかえって悪く働いたのだと思う。それに彼女はお世辞抜きでも容姿が整っているから、それも一因ではあっただろう。
普段寝ぼけていたり、適当だったりでついつい忘れてしまうけれど、彼女は基本的に高水準なのだ。
そのまま周りに合わせていれば、彼女は今頃わたしなんかと海には来ていなかった。
ただかえでは頑固で。自分のやりたいことにとことん正直だった彼女は集団行動に向かなかった。
あっという間に彼女抜きでグループは動くようになる。彼女の周りに集まった人達のグループなのに。皮肉なことだ。
どうして頑なに居眠りに拘り続けるのか。
彼女の譲れない部分がそこなのか。
だとしたらどうしてそうなのか。
その答えをわたしは知らない。
「ずっと難しい顔してる。どう? 答え、出そう?」
「……うん」
「それで私は一体どんな風?」
ふーっ、と深呼吸をしてから思いっきり息を吸う。かえでが首を傾げてこちらを見ていた。
浮き輪から体を抜いて、海に沈む。
オーバーヒート気味だった頭がよく冷える。
目を開けると水が染みて、そういえば水の中で目を開けられなかったな、と染みる目を閉じた。
一瞬見えたのはかえでの白い脚に――嘘、かえでの脚しか見えていなかった。
どうしてわたしはこんなに彼女に狂わされるのか。
「く、くそっ――」
「えっくそ?」
「クソガキ!」
言い切ったと同時に、思いっきり水をかえでにかけてやる。葛藤も、疑問も、迷いも。全て海面へと叩きつける。少々力みすぎて、勢い余ってそのまま前へと倒れてしまった。
抗議の声をあげようと顔を上げたかえでに二の矢が襲う。
「や、やったな! こんにゃろう!」
「こんぐらいなんてことないしっ! 元バレー部の腕力見せてやる!」
遠慮なく水をかえでにばしゃばじゃかけて、水浸しにしてやる。体格の差もあるし、日頃の運動量の差もあって、間もなくしてかえでは白旗をあげた。
「しょ、しょっぱ!」
「ご、ごめん。大丈夫……?」
「平気平気。……というか! く、クソガキって! なにそれ!」
あきからそんな汚い言葉が出てくるとも思ってなかったよ、とかえでがツボにハマったのか、小刻みに震える。
みるみるうちに爆発して今日一の大笑いだ。上機嫌に海面を叩いている。水飛沫が空を舞って、小さな虹が一瞬見える。その笑顔をやっぱりわたしは直視出来なくて。ふと周りを見渡すと、遠くの魚が逃げていくのが透けて見えた。
「私はあきのこと、変な子だと思ってるよ」
「否定はできないな……」
かえでの前でだけこうなってしまう、なんて決して口には出せないけれど。
「これでおあいこ」
ほら、とまた浮き輪にハマったかえでが小指を立ててわたしに向ける。
「……?」
「ほら!」
ほら、と言われてもかえでが一体なにをさしているのかわからない。その小指は約束げんまん的な、指切りげんまん的な類のものに見える。普通、グーで拳を合わせたりするんじゃ――。
「……まぁ、いっか」
なんて誰かさんの口癖みたいなことを小声で呟いて、わたし達は謎に小指を交えたのです。
―あとがき―
これで3日? 4日? まあとにかく連続更新だ!
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