第22話 ラバマシー

聖水の入った大量の小瓶をそれぞれ背負ったレミィたち一家ファミリア一行はラバマシーへの行軍を開始した。




 一応「森の家」亭でも同行する冒険者を募ってみたのだが、皆びびって来てくれなかった。




「お前ら、あんなおっかないところに冒険に行くのかよ」


「命がいくつあっても足りないぜ」




 口々に言われた。


 それほどにラバマシーの悪評は広がっているのだ。




 徒歩でラバマシーの入り口に着くと、木製の大きな扉の継ぎ目に何枚もお札が貼ってあるのがわかる。




 マーリ大佐いわく、お札は元に戻した上でラバマシーへの門を閉めて欲しいとのことだ。




 仕方がないので体に聖水を振りまいて、なるべく破らないようにしながらお札を剥がしていき、門を人一人が通れるくらいにだけ開いて滑り込むように中に入る。




 面倒くさかったが、お札は丁寧に門の内側に貼り直した。




 するとまず分かったのは昼間なのに薄暗いことだ。雲もかかっていないいい天気なのにまるで日光が差していない。ただし、天気はどうあれ、空から薄い光は漏れている。夜になっているわけではないようだ。




 太陽の代わりに薄気味悪い赤い月のようなものが空から照らしている。




 ウウウウウ、ウウ……。




 そして、見渡す限りゾンビやスケルトンが徘徊していた。聖水のおかげかこちらには近づいてこない。




 それをいいことに少し進むと、




「オオオ、マクササマノ、ウラーミィ……」




 と声が聞こえた。




 わずかに知性の残っているアンデッド―レブナント―だろう。体も他のゾンビたちより一回り大きい。甲冑を着込んでいるのでおそらく生前はマクサとやらに仕える武者だったのだろう。




 シロー・サダトキ・マクサ。




 ラバマシー一帯の唯一神教教徒を束ねていたとされる大名だ。彼は白皙の美青年であったと伝えられているが、ラバマシーの惨劇を目の当たりにし、天上帝に滅ぼされた当時のナパジェイの支配者、ドゥーエ幕府への呪詛を吐きながら自害したと言う。




 おそらく、そのシロー・サダトキとも事を構えなければならないだろう。強力なアンデッドになっている可能性が高い。




 それもこれもあたりを覆いつくすアンデッドの群れを駆逐してからだ。ボスをやるにしても雑魚敵が多すぎる。




「こいつは俺がやる。レミィも今は杓杖を使わず白兵戦に徹しろ。チェスカのそばを離れるな。全員武器に聖水をかけておけよ」




 ケィンが自分の長剣とソードブレイカーに聖水をかけながら言う。




 女性3人は彼の言葉に倣った。




「突撃!」




 ケィンの放った斬撃がアンデッド武者の胴を裂く。すると、ジュワアアアと音がしてその体が溶け始めた。


 これが聖水の効果か。




 ケィンは目の前の武者を無力化できたと判断してアンデッドの群れへ突貫していく。聖水の効果は凄まじく、10体くらい切り伏せても効果が衰えない。




 ラバマシーの乱は農民一揆の側面もあったので竹槍で武装しているアンデッドも多くいた。そんな連中の大群には対処できないのでケィンは一旦下がった。




 そこへ、レミィは一瞬太陽神の杓杖の出番かと思ったが、




「不浄なる魂よ! 天に滅せよ!」




 聖水がかかった大量の矢をU.N.が天高く射上げた。




 雨あられのようにアンデッドに降り注ぐ矢。食らったアンデッドは矢がかすっただけでも悲鳴を上げて溶けていく。




「かっちょいいです、この技。セイクリッド・アローレインと名づけましょう」


「U.N.、やるぅ! さすがあたしの娘ね!」




 レミィも負けじと聖水の加護を得た杓杖を振り回す。どうやら元々浄化された銀でできているらしい杓杖はスケルトンを一撃で粉々にし、ゾンビの首を刃でもないのに斬り裂いた。




 戦況が有利に運んでいる……と思ったのも束の間、足元から大量のアンデッドが湧いて出た。




「きゃあああ!」




 レミィの足がゾンビに掴まれる。あまりのおぞましさに必死で杓杖を振るった。




 迂闊に攻撃して刺激したせいか、見渡す限りアンデッドだらけになる。




「セイクリッド……」




 自分でつけた技名が気に入ったらしいU.N.がノリノリでまた天に矢を射ようとするが、ケィンが制止した。




「待て、U.N.! この数じゃ矢と聖水の無駄だ。それよりレミィ、今こそ切り札の出番だぜ」


「わ、分かったわ!」




 レミィはA級光の宝石を取り出し、杓杖の先端部分に嵌め、掲げる。




「太陽の光よ、降り注げ! そして邪まなる生命をあるべきところへ!」




 そして、赤い月が月食のように白い光で隠れると、さっきまで夜のようだった薄闇が晴れ、日光がラバマシー中を照らした。




 オオ、オオオオ、アアア……。




 苦悶とも歓喜とも取れるうめき声がアンデッドたちの口から漏れ、次々に浄化されていく。




「すげえ……」




 ケィンがまるで神の御業でも見るように感嘆の声を上げた。




「レミィ!」




 そこへ、レミィの体の陰になって光が当っていなかった地面からスケルトンが生えてくる。


 警告の声とともにチェスカが聖水のかかったモールで一撃し、それは沈黙した。




「なるほど、これがその杓杖の弱点ってわけね。掲げている間、その者は無防備になる」




 とはいえ、あれほどいたアンデッドがほとんど浄化され居なくなった。




 レミィはチェスカに礼を言い、杓杖を改めて見てみる。と、確かに嵌めたはずのA級光の宝石が消え失せていた。




 やはりこれはケィンの言った通り「切り札」のようだ。あと19回使えるといっても油断はできない。




 一行はさらにラバマシーの奥へと進んだ。




 太陽光に耐え抜き、弱っている大柄なアンデッドにケィンが剣でトドメをさしていく。おまけに人がいないのをいいことにここを根城にしていたモンスターたちもいたようだ。




 それらも駆逐していったが、ゴブリンやコボルトの他、トロルやオーガもいたので意外と手こずった。




 更に、アンデッドの中でも腐肉食らいグールは厄介だった。元々人を食らうモンスターがアンデッド化したもので、ゾンビやレブナントの肉を食らって強力な敵となって立ちはだかった。中には魔法を行使する奴までいた。


 そんな連中は聖水をかけた武器で一撃しただけでは倒れてくれない。




 ケィンの剣、チェスカの重いモールでの攻撃、U.N.の破魔矢で心臓と脳を潰すと、ようやく動かなくなった。




「やれやれ、こんなのが後何匹いるんだか」




 スチールアーマーにかかった穢らわしいグールの返り血を拭きながら、ケィンがげんなりと漏らす。




 そんな隙を見逃さないかのように、進んだ先の地面からずぶずぶとゾンビにスケルトン、レブナントが生えてくる。こんな数、一体づつなど相手にしていられない。




「滅せよ!」




 レミィは今度は自分の意思で太陽神の杓杖をかざした。嵌めたのは火の宝石だ。




 まばゆい白い光が天から降り注ぎ、雑魚アンデッドたちは次から次へと焼け爛れて朽ちていく。




 それでも浄化しきれないグールなどは都度倒していった。レミィが炎の魔法を使えない以上、普通の食人鬼より頑丈なこのアンデッドには苦戦を強いられた。




 そうこうしながらへとへとになりつつも、いつ襲われるか分からない敵地で休むわけにもいかないので、なんとか進軍していくと城が見えた。




 ラバマシー城だ。




 髑髏をかたどった薄紫色の瘴気が周りを覆っており、否が応でもあそこがこのラバマシーの穢れの総本山だと解る。




「太陽光を放ってみる? 今のままじゃ近づくのも危険そうよ」




 レミィがケィンに提案すると、




「宝石はいくつ残ってる?」


「赤3個の白2個。5個ね」


「よっしゃ、1個使え」




 ケィンの許可も取れたのでA級のダイヤモンドを杓杖の先端に嵌め、太陽光で城を照らす。この白のダイヤモンドはレミィの自信作で、まぐれでS級ができてしまったのかと思うほど透明度が高かった。




 これで瘴気が晴れてくれればいいのだが……。




 オオオ、オオ、オオオオ……。




 どうやら霧のアンデッドモンスター、ガストが髑髏の姿をとって城の周りにはびこっていたらしく、太陽光を浴びるとうめき声を上げながらまさしく霧散していく。




「やったあ、効き目があったわ」




 思わず歓声を上げてしまう。




「よし、親玉はきっとあの城の天守閣だ。シロー・サダトキ・マクサを討ち取りに行くぞ。ボスは一番上にいると相場が決まっている」


「よっしゃ! この仕事が終わったらまず乾杯よ! ねえU.N.」


「私は先に水浴びをしたく存じます」


「いいわね、余った聖水で水浴びしましょ」




 チェスカとU.N.がそんな会話をできるくらい聖水も充分残っている。




 一行は城へと歩を進めた。

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