不義の子と竜王殿下

第45話

「おいっ! これはどういうことだ⁉」


 陶辰の怒鳴り声が桜家の工房内に響き渡る。

 朝からその声を聞いた六孫をはじめとする古参の職人達は嫌悪感を顕わにしていたが、新しく工房にやって来た職人達は六孫達よりもあからさまに顔を顰めた。


 詩兎が家門を追われて十日ほどが過ぎた。

 詩兎と入れ替わるように王都から研磨師達がやって来た。人数は六人ほど。

 安定してから人員の補充があると教えられた。


 しかし、この職人達の腕は目も当てられないほど酷かった。

 宮廷からの派遣であると聞いていたのに、研磨は雑だし、態度はデカい。


『私達の手で桜家を蘇らせましょう』と意気込んでいたというのに、六人中四人が二日で逃げ出してしまった。

 仕事量も多く、高い技術を求められる桜家で彼らの腕はとてもじゃないが使えない。

 それなのに休みもなく、賃金も低いとなれば逃げだしたくなる気持ちも理解できなくはない。


「取引先から研磨の出来が悪いと苦情が来てる! それも一件や二件じゃないんだぞ! それに、明後日までの研磨はどうなっているんだ⁉ 人を増やしたというのに作業が遅れているとは何事だ!」


 陶辰の怒声が工房内に響き渡り、工房内は静まり返る。

 顔を真っ赤にして憤る陶辰を見て六孫は天音と顔を見合わせて溜息をついた。


 六孫達は予想していた事態が遂に起きたか、としか思わない。


 桜家の研磨事業は詩兎によって支えられてきた。

 高い研磨技術と先代から続いて来た信頼関係の維持、新たな顧客の確保、工房全体の品質の維持、それら全てを詩兎が行っていたのだ。

 その詩兎抜けた穴を数で補えるはずがない。


 当然、詩兎の研磨技術に惚れ込んでいた顧客はその品質を求めて依頼をしている。

 お世辞にも上手いとは言えない研磨を見た客は納得できないに決まっている。

 

 苦情が届くのは当然だ。

 それだけでなく、陶辰が大口注文だと言って引き受けてきた大量の研磨が一向に進まないのだ。


 大きくはないがとにかく数が多い上に、納期が早い。

 人数を補充しても間に合わないのが現状だった。


「お言葉ですがご当主。我々は誠心誠意仕事をしております。手は抜いておりません」


 宮廷から派遣された研磨師、菊卯鄭は陶辰を睨みつける。

 彼は不運にもここの責任者に新たに就任した人物である。


「時間ばかり掛かる上に、こんな雑な研磨で仕事をしてるとほざくのか⁉」


「これのどこが不満だというのですか⁉」


 雑に研磨された竜眼石を見せた陶辰に卯鄭は憤る。

 詩兎の研磨ばかりを見てきた陶辰は当然の如く詩兎と同じ質の研磨を求めるが、あれは詩兎だからできる技であり、速さなのだ。


 詩兎だからあの短時間であの輝きを与えるという事実を陶辰は知らないのだ。


 卯鄭は自分の研磨技術に自信があるようだが、これ以上を求めるならそれなりの待遇を望むと強気の姿勢を見せている。

 卯鄭の研磨技術は到底詩兎には及ばない。


 これ以上を望むのは酷な話だ。


「そんなに納得がいかないのであれば、研磨姫にも協力して頂きたい! 華陽様の研磨は他には類を見ない素晴らしさだと聞きます」


「馬鹿なことを言うな! 華陽は竜王の妃になる身だ! 研磨はお前達の仕事だろう!」


 六孫や以前より働いている職人達、それから先代からの顧客は『真の研磨姫』が詩兎であることを知っている。しかし、新しく来た研磨師や陶辰が依頼を受けた顧客の中では『桜家の研磨姫』は華陽ということになっているのだ。


 研磨などろくに出来ない華陽には詩兎の変わりは務まらない。


 竜眼石の扱いに長けていても竜眼石の研磨が優れているわけではない。

 この国では竜眼石を巧みに操れる者は竜血が濃いとされており、それに加えて研磨の技術がある娘は婚姻相手として最高だと言われている。


 前者だけで満足していれば良いものを、欲張って研磨も優れている娘として世間に認知させたのだ。


 研磨などできるわけがないのだから、卯鄭の言葉を聞き入れるわけがない。


 一度として工場に立ったことのない華陽が研磨姫と呼ばれている事実に当然六孫達は納得していないが、広まってしまった噂を正すことは出来なかった。

 

 特に幼い頃から詩兎の努力を間近で見てきた六孫はこの噂に対して悔しくて仕方がなかった。

 先代から『詩兎と桜家を頼む』と言われていたのに六孫はもう先代に合わせる顔がない。

 

 握った拳に無意識に力が籠ってしまう。


「大変よ! お父様!」


 女の高い声が工場内に響き渡る。

 現れた華陽が急ぎ足で陶辰に歩み寄った。


「一体、どうした? お前は竜王殿下の呼び出しに備えていなさい。きっとすぐにまた宮廷に行かなければならないのだから」


 昨日の夕刻に宮廷のお茶会から戻った華陽は陶辰に竜王露火が如何に自分を特別扱いしてくれたかを話していた。

 他の者達との差別化が嬉しくて仕方がないらしかった。


「それが、竜王殿下からこんな文が……!」


 華陽は陶辰と卯鄭の会話に割り込み、悲壮な顔で手にしていた文を見せた。

 それを読んだ陶辰は困惑顔になる。


「なっ……華祭りの研磨師選定に選ばれただと……⁉ しかも、推薦して下さったのは竜王殿下……⁉」


 華祭りの研磨師は集められた研磨師の技術試験によって決められる。

 竜眼石を研磨し、磨き上げたを行い、削り出して一つの作品を作る。

 最終選定で選ばれた者がその年の名誉ある『華の研磨師』となるのだ。



「竜王殿下直々に推薦したということは……断ることはできない」


「でもっ!」


 不安そうな顔で華陽は声を上げた。

 それも当然のことである。


「待て……これはお前の存在を世間に広く周知させる絶好の機会だ! おいっ、あれがあっただろう!」


 陶辰はそう言って研磨済みの竜眼石が収納されている棚を片っ端から開け放つ。

 

「陶辰様! なりませんっ!」


 何をしようとしているのかを察した天音が叫んだ。


 陶辰が取り出したのは詩兎が菖家の当主直々に依頼を受け、一年以上前から当主の孫娘の結婚祝い品として作り上げた竜眼石だ。

 

 幸せを願う青い薔薇の花を模した竜眼石は太い茎の緑を草花の竜眼石を操る孫娘に、その上に水の竜眼石を操る婚約者に見立てている。花を咲かすには養分と水を吸い上げる茎がなくてはならず、美しい大輪には支える者の重要性を示し、それを孫娘に重ねたものだ。

 互いに支え合い、家門の繁栄と祝福を願うために造られた詩兎の傑作だ。

 

 受け渡し間近の作品を詩兎は自らの手で行うことを楽しみしていた。

 新郎新婦の幸せを心より願う祖父からの贈り物が二人の手に渡る日を詩兎は楽しみにしていたのである。


 その大切な作品をこの親子は自分達の作品にしようとしているのだ。


「うるさいことを言うな。少し借りるだけだろう。受け渡しの期日を伸ばしてもらえば問題ない」


「まぁ! 流石だわ、お父様!」


「そのようなことができるわけがありませんっ! きっと、詩兎お嬢様の作品は最終選考まで残ります。この竜眼石の受け渡しは華祭りの翌日なのに間に合うわけがありません!」


「それを可能にするのがお前達の仕事だろうが!」


 天音が陶辰に噛みつくように説得するが、陶辰は聞く耳を持たない。

 陶辰と華陽はそのまま青い薔薇を持って工場を立ち去ってしまい。工場内にはお通夜のような空気が流れる。


「とにかく、先方に連絡をいれなければ」


「くそっ!」


 六孫は悔しがる天音の肩をポンっと叩き、今自分にできることに集中することにした。


 


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